コメント(私見):
今、周産期医療に従事する者が激減しつつあり、日本中で分娩施設が急激に減っています。医師が集中している東京や大阪などの国の中枢都市でも、分娩施設がどんどん減っています。
本来、人間の分娩は非常に危険なものであり、ほんの数百年前の江戸時代では、産科の最高権威が担当した将軍のお世継ぎの分娩であっても、その多くが母体死亡、死産となっていました。近年の産科学の進歩により、分娩が格段に安全になってきたとは言え、現代においても、人間の分娩が非常に危険なものであることには全く変わりがありません。
分娩では一定確率での不良な結果は絶対に避けられず、分娩での不良な結果のたびごとに、殺人者を厳罰に処すのと全く同じ手法で、助産師や産科医を厳罰に処していたら、すぐにこの国から助産師や産科医は消滅してしまうでしょう。
大野病院事件の教訓は、『今後、日本では、マンパワーや設備の不十分な施設では、産科は絶対にやってはいけない!』ということだと思います。これは、今、全国の産科医が肝に銘じていることです。今後の地域の産科医療が生き残っていくためには、産科施設の重点化・集約化を進めていくことが必要と感じています。
産科施設の重点化・集約化に失敗した地域では、その地域から産科施設が消滅してしまうことは避けられません。いつまでも古い慣習にしがみついていたのではただ滅亡あるのみだと思います。時代の要請に従って、地域の周産期医療システムを根本から変革してゆく必要があると私は考えています。
*** Japan Medicine、じほう、2007年1月29日
緊急特集 揺れる産科医療/
周産期医療の悪循環に警鐘
県立大野病院産科医の公判始まる
福島県立大野病院(福島県大熊町)で、帝王切開の手術中に女性(当時29歳)が死亡した問題をめぐり、業務上過失致死と医師法違反の罪に問われた同病院の産婦人科医、加藤克彦被告の公判が26日、福島地裁で始まった。医療行為の過失を問われて医師が逮捕・起訴されたことで、医療関係者も公判の行方をかたずをのんで見守っている。重要なのは「なぜ起きてしまったのか」という背景。関係者すらも「周産期医療の現場がこんなにひどい状況になっているとは知らなかった」と漏らす。公判は、今後繰り返される「産科医療の悪循環」に警鐘を鳴らしている。
現場の実情を知る者ほど悔しい
「経過をかたずをのんで見守っている。彼も数少ない産科医の1人。身の潔白を証明して早く現場に復帰してほしい」-日本産婦人科医会の関係者は初公判のあった26日、本紙取材に対し、裁判に対する思いをこう語った。
現場の実情を知る者ほど、悔しさをにじませる。
産科では赤ちゃんが正常に生まれることが「当然」と期待されるだけに、事故が起きると訴訟に発展しやすい。さらに昨今の医師不足が加わったことで、労働環境そのものが過酷になり、労働面、医療事故のリスクといった点から分娩の取り扱いを中止する産科医療機関が相次いでいる。
新たに発足した新医師研修制度で初期研修を終えた医師が2006年4月、2年ぶりに大学病院などの産婦人科に勤務することになったが、全国の大学付属病院の産婦人科に入局した医師はおよそ170人で、新研修制度が導入される2年前と比較しておよそ半減したとの報告もある。
「医療訴訟」のイメージが産科医確保の障壁に 無過失保障制度など早期対応必要
日本産婦人科医会が研修医を対象にまとめた産婦人科をめぐる意識調査(05年12月-06年3月)によると、調査対象者約1200人中、産婦人科の専攻を希望する研修医は1割程度にとどまる実態が浮かび上がった。
残り9割の研修医に専攻を希望しなかった理由をたずねたところ(複数回答)、「他にやりたい診療科がある」との回答が全体の9割を占めたものの、「医療訴訟が多い」が24%と2番目の理由として位置付けられており、トラブルに対するマイナスイメージの影響がこうした部分にも現れ始めていた。
こうした見方が医師不足の一因となっている状況を、同医会も深刻に受け止めており、医療対策委員会では、「無過失保障制度などの対応が早急に必要」との認識を示している。なお、同調査で産婦人科専攻を「希望する」と答えた132人中、大学の医局入局を希望した人は53%とおよそ半数で、そのほかは大学以外の研修病院での後期研修を希望していた。
同医会は、大学病院の研修医からの回答が少なかったためとも考えられるが、初期研修を終えて産婦人科を専攻した多くの医師が、後期研修と称して全国各地の病院へ散らばっている様子がうかがえると分析。厚労省は医師不足対策として産科の集約化を今年度中までに検討するよう都道府県に通知を出しているが、「この状況は産婦人科医師への集約化を考える上で、今後大きな問題となりそうだ」との見方を示している。
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業務上過失致死と医師法違反をめぐる裁判の初公判弁護・検察の主張が初公判で対立
「できる限りのことをやった」加藤医師
帝王切開手術中の死亡事故で業務上過失致死、医師法違反に問われた福島県立大野病院の産婦人科・加藤克彦医師の初公判が26日、福島地裁で開かれ、加藤被告は、「切迫した状況で、冷静に、できる限りのことを精いっぱいやった」と述べ、罪状を否認した。それに対し検察側は冒頭陳述で、本来選択すべきだった子宮摘出に移行せず、胎盤剥離を継続したことが失血死を招いたとするなど、両者の主張が真っ向から対立した。
大野病院事件をめぐっては、公判前に論点を整理する公判前整理手続きにより、胎盤剥離を認識した時点で速やかに子宮摘出手術などに移行すべきだったかという点が、最大の争点になっている。
そのほか、胎盤剥離に伴う大量出血の予見可能性、手術用ハサミ(クーパー)使用の妥当性、医師法21条による異状死の届け出義務違反に該当するかどうか?などが争われることになる。
初公判で加藤被告は手術の経過を説明し、「胎盤剥離を継続したのは適切な処置だった」との認識を示した。
死亡した女性には哀悼の意を示して「忸怩(じくじ)たるものがある」とした上で、「切迫した状況で、冷静に、できる限りのことを精いっぱいやった」と話した。弁護側も、「行為の継続はまさしく適切」との見解を提示した。一方で検察側は、「剥離を直ちに中止し、子宮摘出に切り替える必要があることは明らか」と主張した。
弁護側は異状死の定義が不明確と主張
胎盤の癒着部分をクーパーで剥離したことの妥当性では、「(帝王切開のため)十分な視野を確保できており、危険性はなかった」とした加藤被告に対し、「器具を使って剥離するのは極めて危険」(検察側)とするなど、ここでも両者の主張は対立。そのほか、医師法第21条に基づき、異状死として警察に届け出るべきだったかという点をめぐり弁護側は、異状死の定義が厚生労働省や警察庁でも不明確な現状を説明。侵襲を伴う医療行為は常にリスクを伴うとして、「癒着胎盤という疾患に起因する死亡で、異状死には当たらない」と主張した。
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<FOCUS 公判の争点>弁護側は医師の裁量権を主張医師法第21条は基準が不明確
胎盤剥離を継続するか、あるいは中止するかは臨床現場の医師が、現場の状況に即して判断し、最良と信ずる処置を行うしかないのであって、事後的に生じた結果から施術の是非を判断することはできない」-。26日の初公判で弁護側は検察側の冒頭陳述に、真っ向から反論した。
今回の争点は公判前整理手続きにより、<1>子宮と胎盤の癒着の部位と程度<2>手術中の出血の部位と程度<3>女性の死亡と手術との因果関係<4>胎盤剥離に手術用ハサミ(クーパー)を使った方法の妥当性<5>異状死の届け出をめぐる医師法第21条<6>捜査段階の供述の任意性-などに絞られている。
初公判で弁護側はこれら争点を以下(要旨・本紙編集)のように説明した。
胎盤の剥離を継続したことの当否
胎盤の剥離継続したのは、子宮収縮を促すことで、胎盤剥離中に生じた出血を止めることと、止血措置を行うためである。この処置は、<1>癒着の程度が軽かったこと<2>クーパーの使用は子宮と胎盤の構造からして、母体からの大量出血を招く行為でないこと<3>止血のためには胎盤の剥離が不可欠であったこと<4>医学文献等においてもクーパー等による剥離の継続は認められている-ことを挙げ、病理鑑定などの後に判明した事実やその他事情を考慮しても、極めて適切で妥当な処理であったと強調している。
医師法第21条
第164回国会参院厚生労働委員会においても、医師法第21条の解釈指針が問題にされたとき、当時の警察庁幹部も厚生労働大臣も、異状死の範囲を示すのは難しいと答弁している。
第21条は、通常の判断能力を有する一般の医師に対する関係で、禁止される行為とそうでない行為とを識別するための基準たり得ていない。その基準を明確化するはずの各種ガイドラインも混乱を極めており、逆に基準を不明確にしている。したがって第21条は明確性の原則に反しており、憲法第31条に違反し、違憲無効な法律である。
【Japan Medicine、株式会社じほう、2007年1月29日】