malaria
感染症の話[マラリア](国立感染症研究所・感染症情報センター)
ハマダラカ
【病原体】
従来、ヒトにマラリアを起こす原因となるのは、
①熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、
②三日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)、
③四日熱マラリア原虫(Plasmodium malariae)、
④卵形マラリア原虫(Plasmodium ovale)
の4種のマラリア原虫とされてきたが、近年、
⑤サルマラリア原虫(Plasmodium knowlesi)
が5種目として大きな注目を集めている。
マラリア原虫は脊椎動物で無性生殖を、昆虫で有性生殖を行う。したがって、ヒトは終宿主ではなく中間宿主である。
ハマダラカで有性生殖を行なって増殖した原虫は、スポロゾイト(胞子が殻の中で分裂して外に出たもの)として唾液腺に集まる性質を持つ。メスのハマダラカは産卵のために吸血を行うが、その際に唾液を注入するので、その中のスポロゾイトがヒト体内に侵入する。
血液中に入ると45分程度で肝細胞に取り付く。肝細胞中で1~3週間かけて成熟増殖し、分裂小体(メロゾイト)が数千個になった段階で肝細胞を破壊し赤血球に侵入する。赤血球内で 8~32個に分裂すると赤血球を破壊して血液中に出る。分裂小体は新たな赤血球に侵入しこのサイクルを繰り返す。これが無性生殖のサイクルである。
三日熱マラリア原虫と卵形マラリア原虫の場合には、肝細胞内で長期間潜伏状態となる休眠原虫も形成され、これが後になって分裂を開始して血中に放出されると、再発を生ずることになる。
無性生殖を繰り返しているうちに、一部の原虫は雌雄の区別がある生殖母体(有性原虫)ヘと分化する。これはヒト体内では合体受精をしないが、ハマダラカに吸われるとその中腸内で合体受精して最終的にオーシストとなり、その中に多数のスポロゾイトが形成され、それらが唾液腺に集積する。
【好発年齢】 特になし
【性差】 なし
【分布】 熱帯アフリカ、インド亜大陸、東南アジア、オセアニア、中南米、その他
【疫学】
・ 世界全体でマラリア罹患は年間3億~5億人、死亡は年間150万~270万人と推定されている。そのほとんどは熱帯アフリカの小児であるが、インド亜大陸、東南アジア、オセアニア、中南米、そのほかにも広く分布する。
・ 疫学的にもマラリア流行は改善どころか悪化している面が大きく、特に熱帯熱マラリアでの薬剤耐性は重要問題である。
・ わが国への輸入例は、最近では年間120例前後であり、死亡例も年間3例程度はあるとみられる。それ以外に日本人の現地での発病や死亡も無視できない。特に、途上国援助、若者の旅行形態の変化などは重要な原因である。
【感染経路】 ハマダラカによる刺咬、まれに輸血や針刺し事故。通常の接触では二次感染はないと考えてよい。
【潜伏期】 熱帯熱マラリアで1~3週間、他のマラリアで10日~4週間であるが、時には数か月~1年以上の場合もある。これは原虫が肝臓に侵入してから増殖して血中に出て、さらに血中で増殖して発病に至る期間に相当する。
【臨床症状】
・ 三日熱マラリア、卵形マラリア、四日熱マラリア:
基本的に良性マラリアであり、発熱とそれによる症状はあっても、生命が危険になることは通常ない。初期には毎日発熱し、悪寒のみならず戦慄を伴うことが多い。
三日熱マラリア、卵形マラリアでは症状は似ており、治療が開始されないと数日後に1日おきの発熱パターンに移行するが、四日熱マラリアでは2日おきの発熱パターンに移行する。四日熱マラリアが慢性化した場合に、ネフローゼ症候群を合併することが知られている。
・ 熱帯熱マラリア:
毎日あるいは1日2~3回不規則に発熱し、悪寒を伴うが戦慄は必ずしも伴わない。発熱に伴う頭痛、倦怠感、筋肉痛、関節痛なども高度で、解熱している時間帯でも健康感はない。時に悪心、嘔吐、下痢などの消化器症状、咳などの呼吸器症状を伴うことがある。
熱帯熱マラリアで診断・治療の開始が遅れた場合、治療が適切でない場合などに種々の臓器あるいは系統の障害をきたす。
脳症では軽度の場合に頭痛、傾眠程度であるが、重症になると錯乱、痙攣、昏睡にまで発展し、死亡の危険もある。
肺水腫では息切れ、呼吸困難、起座呼吸などから呼吸不全で死亡することもある。
急性腎不全では尿毒症症状を起こし、他に重症貧血、出血傾向、代謝性アシドーシスなどがみられる。
黄疸を呈するほどの肝機能障害もみられる。
特に小児や妊婦の場合、あるいはキニーネ使用時などに低血糖を生じることもある。
・ サルマラリア:
サルマラリアは24時間以下の周期で急激に原虫が増加し、他のマラリアと異なりほぼすべての赤血球に侵入するため症状は重篤になることが多い。マレーシア・サラワク州では今日のマラリア症例の70%がサルマラリアによるものであることも報告されている。タイでも報告例がでてきた。当該地域でのマラリアコントロールは新たな手法による対応を迫られている。
【一般検査所見】 血小板減少、LDH上昇、総コレステロール(特にHDLコレステロール)低下、血清アルブミン低下などが高頻度にみられる。貧血は長期化するとみられるが、病初期にはみられないことも多い。
【病原診断】 血液塗抹標本をギムザ染色して光学顕微鏡で検査し、マラリア原虫を検出する。原虫が認められた場合には原虫種の判定を行うが、熱帯熱マラリア原虫とそれ以外のマラリア原虫とを区別することが重要である。
血液塗抹標本で見られる熱帯熱マラリア原虫は通常、輪状体のみであり、数が少ないときなど見逃しやすい。したがって他の検査手段、すなわち抗原検出法やPCR法などを併用することが望ましい。
赤血球内に感染している熱帯熱マラリア原虫の輪状体
(スケールは10μm)
熱帯熱マラリア原虫
(愛媛大学のホームページより)
【治療】 急性期には、クロロキン、キニーネ、スルファドキシン・ピリメタミン合剤(商品名:ファンシダール)、メフロキン(商品名:メファキンエスエス)、ドキシサイクリン(商品名:ビブラマイシン)などが用いられる。クロロキンは他の薬剤よりは副作用が少ないため、予防薬や治療の際最初に試す薬として使われることが多いが、クロロキンに耐性を示す原虫も存在する。
プリマキンは、三日熱マラリア、卵形マラリアでの急性期治療の後に根治療法薬として使用されるが、肝細胞内休眠原虫に対しての効果による。
近年では、漢方薬を由来としたチンハオス系薬剤(アーテミシニン、アーテメーター、アーテエーター、アーテスネート、ジヒドロアーテミシニン)が副作用、薬剤耐性が少ないとされ、マラリア治療の第一選択薬として広く使用されるようになった。
重症熱帯熱マラリアでは、適切な抗マラリア薬療法以外に、合併症の病態に応じた適切な支持療法も重要である。欧米での最近の傾向として交換輸血が積極的に行われている。
【予防の3原則】
1)蚊による刺咬を避けること
2)予防的に抗マラリア薬を服用すること
3)マラリアが疑われるときに、自らの判断で抗マラリア薬を服用すること(スタンバイ治療)
【感染症法における取り扱い】 マラリアは四類感染症であり、診断した医師は直ちに最寄りの保健所に届け出る。
【妊娠中のマラリア感染】
・ マラリア感染は、妊娠第2三半期、第3三半期から分娩後2カ月の間に、通常の3倍から4倍に増える。
・ 妊娠によって熱帯熱マラリアの重症度は増し、特にマラリアに感染したことのない未経産の女性はその傾向が強い。
・ マラリアにより流・早産率は上昇する。
・ 胎盤や胎児への感染により死産が起こることがある。
・ マラリア原虫は脱落膜血管に親和性があるため、胎児には感染していなくても広範囲にわたって胎盤感染を起こすことがある。
・ 新生児感染は少なく、マラリアに抗体のない母体から生まれた新生児で先天性マラリアを発症するのは7%である。
・ 通常用いられる抗マラリア薬は、妊娠中に禁忌ではない。
・ マラリアが流行している地域に旅行する妊婦には、化学的予防が推奨されている。マラリアが蔓延している地域に入る1~2週間前からクロロキン(500mg1週間に1回内服)を開始し、マラリアが流行していない地域に戻ってから4週間はこれを続ける。