-前ページからのつづき-
そのクマさん、なかなか肝の据わった楽しい人である。
或るとき、見知らぬ男性からお茶に誘われたという。
「わたし、お腹が空いているから、お茶よりお寿司を食べたい」
そう言って、行きつけのお寿司屋さんに連れて行った。
黙って付いてきたその男性、さすがに寿司屋の中には入いれず、入り口でスゴスゴと帰って行ったそうだ。
ご主人が海外に出かけることが多く、そんな時にはいつもゆっくり遊んでいく。
その日もラストまで遊んで、帰りは夜中、家に帰って寛いでいる僕に彼女から電話があった。
「もしもし、わたし。帰ってきたら家がないの」
落ち着いた声である。
「えっ!どういうこと?」
意味のわからない僕の頭の中は混乱している。
「家が火事で焼けて、ないの」
「・・・・・???」
遊びに出掛けている留守に、家が火事で焼けてしまったというのだ。
あまり動揺もしていない様子。騒いでも返ってこないというのだ。
近くに住む息子さんのところで一時をしのいだが、それからも度々遊びには来てくれた。
或る日ラストまで踊った後、彼女の希望でナイトクラブに行った。
ほの暗い照明に生バンドの演奏、キャンドルの炎にゆれるテーブルには少しのお酒と料理。
そんな中でチークを踊っていると、突然彼女が僕の胸に顔を埋めて泣き出した。
「どうしたの?」
「わたし、このようなところで、こんな風に踊れるとは夢にも思っていなかった」
「・・・」
「ダンスを習ったお陰で、たくさんの想い出ができた。年を取って動けなくなっても、楽しい想い出があるから平気」
そう言って僕との出会いを喜んでくれた。雰囲気にも酔ったのだろう、僕でなくてもできることなのだが。
そんな純で可愛い性格の彼女が、楽しい思い出と、多くのエピソードを残してこの世を去って十数年が経った。
あのスカートの広がった真っ赤なドレスを着た、楽しそうな姿が目に浮かぶ。
2006.04.13