金沢の出版社・龜鳴屋「
豆腐屋はオカラもつくる 映画監督 小津安二郎のこと」。
同社の本は一般書籍流通に載せてないので、通販で購入します(なので書店やAmazonなどでも買えません)。
限定502部、巻末奥付にはシリアルナンバー(^_^)
著者・田中康義さんは小津監督作「早春」「東京暮色」「彼岸花」に助監督として製作に携わった方...ドキュメンタリー「小津と語る」を監督された方でもあります。
本の装丁は田中さんによるもので、「彼岸花」っぽくドンゴロス調の布張り(糸かがり 麻布クロス装)に黒・白・赤の文字をあしらったデザインがファンの心を擽ってくれます(^_^)
小津さんの有名な言葉「私は豆腐屋だからね。絹や木綿、揚げやガンモまでなら作れるが、ステーキやハンバーグを作れと言われても、それは出来ない」に拘り、主に関わった3作品を軸にして戦前のサイレント作品から、戦争をはさんで最後の「秋刀魚の味」に至る流れを考察し、田中さんの受け止めた印象を真摯な語り口でまとめられ...読んだ感覚としては...田中さんのお宅で静かにジックリとお話しを伺う...そんな雰囲気のある一冊です。
本書は、上述の小津さんの言に対し「豆腐屋ならば、オカラも作れますね」と返した田中さんの一言で始まります。
松竹・大船撮影所正門前にあるファンにとっては伝説的な食堂・月ヶ瀬の奥座敷、「早春」を前にしての打ち合わせの席でのエピソード...この「オカラ」発言に場の空気は一瞬にして凍り付いてしまったと...小津さん51歳、田中さん25歳...親子くらい離れた両者の会話。どのような顛末になったかは是非読んでみてほしいです(^_^)
「オカラ」の別名を関わった作品に例えて展開していくのが面白かった。
「早春」を「卯の花」。
「東京暮色」を「雪花菜」。
そして初のカラー作品「彼岸花」は松竹を「松茸」と置き換え、食材のイメージで展開していきます。
戦前の作品「父ありき」と「彼岸花」を比較して考察していくのも興味深かったです。「父有りき」の現存するバージョンは所々不自然にカットされていて、脚本と比較すればそれが戦争色の強いもので、戦後GHQによる検閲の影響とわかるのですが、本来であればオリジナルに戻しても良いはず。
それが不可能なのは我が国の映画作品に対する杜撰な管理が影響し、多くが失われていると...映像作品はその場だけの商品に過ぎず、キチンと保存して後世に遺産として遺す考え方が稀薄だったんですよね。映画だけじゃなくて昭和の終わる頃まで、TVドラマなどVTR収録の作品なんかも放送後は上書きして使い回し、ほとんどが失われてしまってます。NHKからしてそんな意識で、本当に慚愧に堪えません。
それからモノクロ時代の「東京暮色」までが主に崩壊などの深刻さを描く「家族劇」、カラー化された「彼岸花」からはちょっとした騒動をコメディタッチで描く「家庭劇」へシフトしていったニュアンスの変化という捉え方も、なるほどと感じられ新鮮でした(^_^)
田中さんの先輩でもある
高橋始さんによる「絢爛たる影絵」を読んだ時にも感じましたが、研究者や評論家による著作とは違い、やや曖昧な記憶でも、直接に関わった人の文章は深みや味わいが全く違っていて活き活きとして読感も爽やかなものがあります。
...そして締めくくりは、やはり伝説の女優・原節子さん...そして小津さんとのエピソードです。
お二人は当時のマスコミになかり取り沙汰されていて噂が絶えなかったみたいですが、田中さんが小津さんから聞いた一言が...すごくスパイスになっています。あぁ...この本に出会えて良かったなと感じた次第...(*´艸`*)
部数限定のためか少々お高い本(税・送料込み3,108円)ですが、値段分以上の価値がある一冊だと思いました(^_^)