漢方薬剤師の日々・自然の恵みと共に

漢方家ファインエンドー薬局(千葉県)
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椋鳩十(むくはとじゅう)著「鷲の唄」・生き物として

2020-10-17 | 

梨木香歩さんの「不思議な羅針盤」を読み返していたら、椋鳩十という名がでてきて、だいぶ前に友人に教わった名前だったのを思い出した。さっそく図書館で借りてみた「鷲の唄」。

「山窩調」「鷲の唄」「夏の日抄」の3部からなり、1983年に発刊されたものだが、「山窩調」は昭和8年の作品。

山窩とは山を転々としながら暮らす無籍者。彼らの暮らしをショートストーリーで詞調につづる。

法律も何もない山の中で「生き物」として「素」で生きるのは、非情だったり残酷だったりするが、考えてみれば、今の他人との関係だったり国と国との取引も、これと大差がない。結局人間らしさなんてうわべのことで、人も生き物だということだろう。

これを読むと、今の、言葉を飾り理屈をこねた様々な本が、なんだが味気ないものにさえ思えてくるほど、後を引いた。

本を開いたら、30年前のしおりが褪せることなく折り目もなく挟まれていた。

今はカードでピッとやるだけ。返還日が書かれたレシートみたいなものを挟んでくれる。


上田早夕里著・深紅の碑文

2020-09-17 | 

破滅の王」以来、上田早夕里さんの作品にはまり、

「魚舟、獣舟」「華竜の宮」「リリエンタールの末裔」そして「深紅の碑文」まできました。

これらは内容がつながっていて「オーシャンクロニクルシリーズ」と呼ばれています

地球が異変を起こして海底が盛り上がり、海面が今よりも260mも上昇した25世紀。

陸地が減った人間は、海で生活できる人間を遺伝子操作で作っていた。

陸に生きる人間と海に生きる人間もどき。

そしてさらに数十年後には、「大異変」が起こるという予想が・・・

それはマグマが広範囲に吹き出しその後太陽が見えない暗闇と化し、一機に氷河期に入りほとんどの生き物が死滅するという。

少しでも生活物資を確保しようと焦る人々に争いが絶えない。

政府は人口を減らそうと考え、争いを抑えない、出産を制御する、悪質な生物兵器、殺戮AI・・・

企業を起こして人を救おうとする人、家族や仲間のために敵を殺しつくそうとする人、ノアの箱舟的な宇宙船を飛ばして未来に希望をつなごうとする人・・・

いろんな人々の思いが詳細に描かれ、長編です。

戦争、難民、救助団体、病気の蔓延、政府の思惑、兵器の開発、宗教支援、遺伝子操作、AI、

いつになってもそれらが人間という生き物の性みたいです。

SF愛好家たちに人気というのも納得です。


上田早夕里著「破滅の王」戦争と科学、人類の道は?圧巻の長編

2020-07-09 | 

世界中が戦争をしていた1930~40年代の物語。関東軍防疫給水部本部、細菌戦...
上海自然科学研究所の細菌学者に、軍の手がのびじわじわと戦争に巻き込まれる。

終わりの見えない戦争をどう終わらせるか?

ある細菌学者は、強毒性の細菌を見いだし、まんまと菌株を複数の外国に分けた。
きっと誰かが菌を撒く、抗菌対策がないままに敵味方なく感染死者が増えれば、世界は戦争を止めて協力するだろう、戦争を終わらせるための死人は、仕方のないことだと。

フィクションだが、登場する実在した人物たちが、上田早夕里さんの圧倒的な筆力を借りて物語りを紡ぐ。 
巻末の参考文献は、日中の戦争からナチス、細菌学まで6ページに及んでいた。

圧巻の長編でした。

そして驚くべきことに、細菌R2v(キング)はまだ世界にあって、
その感染者は、1943年に見いだされてからこの物語が書かれた2017年で6億人以上、死者は5億人以上、
いくつかの抗菌剤が開発されたが未だに対策はない。

戦争の暗部まで端折ることなく書き尽くす上田早夕里、きっと気持ちの熱い人だと思う。 

昔読んだパティスリーの物語も菓子知識と菓子職人の現場の厳しさが凄かった。


一條次郎著「レプリカたちの夜」人間もDNAをコピーし続けるレプリカ

2020-03-12 | 

動物のレプリカ工場に働く主人公は不可解な事件に巻き込まれ、

こりゃ死んだなと思ったら、次の章ではいつも通り暮らしていて、

前に何がおこったか記憶はあるがそのうち考えるのが面倒になって忘れてしまう。まわりの人々もそんな感じ。

いろんな事件事故が次々と押し寄せるが幾度もこれを繰り返す。

面白すぎて読むのが止まらないほどだが、いったいこの話はどこに着地するんだろうと不安になっていたら、

最後にわかった。

人を構成している細胞の新陳代謝はまさにこの物語だ。

「ぷるぷる音頭で震えながら人が溶けていく」描写は寿命が尽きた細胞が死滅する姿だ。

人間は自我や魂を持つ高等生物だと思いあがって一人で生きている気になっているが、

人間もDNAをコピーし続けているレプリカに過ぎないという衝撃的な物語。

生物学的な知識がすごい人だなと感心したら、巻末の参考文献がすごかった

稲垣さんの「生き物の死にざま」の後にこの本に巡り合うなんて運命だ!いやそう思うのも人間の思い上がりか。

どこにも行けない雨の日曜日は読書が進みます~


稲垣栄洋著「生き物の死にざま」

2020-03-11 | 

すべての生き物は遺伝子を伝えるべく最良の仕事をするために死へ向かっている

これは自明のことらしい

だから、なぜ生きるか、どう生きるか、なぜこんなに不幸なんだ、なんて悩まない

しかし死はいつも隣にあり、天寿を全うすることなんてめったにできない

自然を生きようとするものを邪魔するのは傲慢な人間か、はたまた人間をそうさせているのも自然の摂理か。

だけど、最後に稲垣さんは、死はただただ悲しいと述べておられ、胸が熱くなった

稲垣栄洋 1968年生まれ 農学博士 「身近な雑草のゆかいな生き方」など多数

やっと雨が上がり日差しがまぶしい今日、上を見上げたらコブシが満開だった。

 

 


上橋菜穂子著「風と行く者」なんと児童文学、民族間の根深い紛争にも解決の道

2019-10-17 | 

守り人シリーズの外伝として昨年11月に発表されたもの
本屋の中を探しても見つからないので店員さんに尋ねたら、なんと児童文学コーナーに!
確かに本を開くと、ことごとく漢字にルビが施されており、これまで読めない漢字は飛ばしていたので、正直とても助かる。


しかし内容は、政治的なやりとりやら人の生き方やら、相変わらず奥深くて、これを「児童」がどれだけ理解してくれるだろうか、と不安はあるが、それでもこのことを少しずつでも理解してくれたら、きっと読んだ子供は豊かな生き方ができるだろうと思う。

先の見えない民族同士の争いに昔、ひとりの賢者が相手国に出向いて結んだ和平同盟だったが、相手国で命を落とす。しかし和平実現のためにその死因は伏された。にもかかわらず数百年たった今、再び争いがぶり返そうとしている。
民族間の争いは根深く、戦いは恨みしか生まず、民の生活は豊かにならない。平和を維持するためにどのような政治的駆け引きをするか。
このあたりは上橋さんらしい広い視野で物語は展開する。

これを書いた時、上橋さんはお母さまを亡くされたそうで、物語の後半には、言葉で伝えられなかったことでも、その人に育てられたことによってすでに体の中にあって、ふとしたことで知ることができる、というような描写があり胸が熱くなった。

 


上橋菜穂子著「精霊の木」30年前のデビュー作

2019-10-04 | 

上橋菜穂子さんの30年前のデビュー作だそうで、30周年を記念してこの文庫本が発売された。
上橋さんは30年も前からやっぱり精霊だったんだなあ。

とても初々しさの感じられる作品。これを書いた時の上橋さんは大学院生。

地球人が移住するために在来民族を虐殺し、それを隠蔽してきれいごとの歴史に書き換えていたのだが、精霊の木の種子を求めて何百年かぶりに在来民族の母たちが異次元からやってくる。
征服者が隠蔽捏造した事実を明らかにしようと立ち向かうのが、在来民族の血を引く若い二人。

地球環境をすっかり壊してしまった地球人、にもかかわらず移住先の星の希少資源を求めてその環境をまた平気で破壊する。

30年前の作品でありながら、最近の問題が満載のようなストーリー。これは環境問題が当時からまったく解決されていないことを意味する。

そろそろ人間も「精霊」を感じて、自然と調和する生活にめざめるべきだなあ。

 


梨木香歩著「やがて満ちてくる光の」たとえば鳥の強い決意

2019-08-30 | 

これまで書かれた物語にまつわることや、人との出会い、野草や野鳥・・・
過去15年くらいからのエッセイをまとめたもの。

そのなかのひとつ、豊後水道にある小さな水の子島灯台の鳥の話。
地図でみると近そうだが、ひとまたぎという距離ではない。それを嵐の夜に越えようとする鳥がいるそう。それも渡り鳥だけでなく、たとえばカワセミやコジュケイまでも。渡り切る鳥のほうが多いのだろうが、暗闇の中あえなく水の子島の灯台の光に激突して息絶え、朝には落ちた鳥が累々とする。それを集めて剥製にしている資料館があるとのこと。

何の目的があってそんな行動をとるのか。渡らなければという強い決意に圧倒される。

「ときどき、ぜんたいの成り行きにすっかり弱気になると、そういう鳥たちのことを思い出したりしている」と梨木さんの言葉。

鳥に励まされる。

 

 


津村記久子著「この世にたやすい仕事はない」妙な仕事熱にサスペンス感も

2019-08-24 | 

仕事がたやすいわけないじゃないか。それなのにわざわざこんな題名の本を買ってしまった。
だが仕事が困難という話ではなく、仕事がつい、面白くなってしまう物語だった。

「コラーゲンの抽出をじっと見守るような仕事」を職安で希望する主人公「私」は
物語の後半で判明するが36歳女性。

前職で燃え尽き症候群状態になったらしい「私」だが、
いくつかの紹介された仕事ごとに少しずつ、のめりこむというかハイになるというか、
「私」自身、この仕事に向いているという感想を言うのだが、
その積極性にどんどん加速度がついてきて、なんだかサスペンス的な臨場感さえ漂ってきて不思議な面白さだ。

ポスターを張り替える仕事の話が、特に気に入った。

津村記久子 1978年大阪市生まれ 初めて読んだ作家なので今後読んでみたい

 


ケン・リュウ著「草を結びて環を銜えん」非業の死を遂げた遊女は小鳥に

2019-08-03 | 

短編集です。作者は幼いころに中国からアメリカに渡った中国系アメリカ人ですが、すべての作品に中国の悠久の歴史を感じました。

「草を結びて環を銜えん」は、美しく鳥好きだがいけずな遊女「緑鶸(みどりのまひわ)」の物語

虐殺時代の中で、彼女の機転によって何人かを救ったのに結局、味方の逆恨みをかって殺される。

小鳥に生まれ変われればいいとつぶやいていた緑鶸は、その後たくさんの小鳥となってさせずり

その中の1羽のマヒワが、生前大事にしていた翡翠の指輪を銜えていたという。

歴史の残酷な真実をたとえ歌で紡ぐという当時のやり方も印象的だった。

ちなみに生まれ変わった小鳥の中には、オウチュウ、ガビチョウなどもいて、オウチュウは日本ではめったに見られないので図鑑で調べた。

ケン・リュウ:中国系アメリカ人 1976年中国蘭州生まれ


上橋菜穂子著「鹿の王 水底の橋」西洋医学と東洋医学はおだやかに共存する

2019-05-30 | 

細胞レベルで病理を追及して治療法を考えるのが西洋医学的発想で、現代医学の中心となっており

一方東洋医学は、体全体をみて経験的にその原因と対策を考察するのですが、

この物語に登場するいくつかの医術(オタワルの医術、清心教医術の新派と古流、花部流医術など)の中には

東洋医学的な発想に加えて、人の寿命は不公平とも思えるほど一律ではないが、それを否定せず、あるがままの人の体を尊重する

命が長らえるために何でもするという治療を良しとしない、心が幸せに死ぬための治療を優先するときもある

 

どの流派の医療従事者も、患者をなんとかしたいという純粋な気持ちに変わりはない。

物語は、どちらの医療を支持する者が皇帝となるか、そんな政治の駆け引きの中で起こった食中毒事件。

暗殺かそれとももっと複雑な策略か?

上橋さんの策略はすごく深く頭がこんがらがりそうですが、上橋さんの卓越した文章力で乗り越えられます。

そして、見えない水底に橋がつながるようにこれらの医療は、おだやかに共存する。

「部分が組み合わさって全体になっても、見えないものがすでに私たちにはぼんやりと感じられる」という言葉が印象的

私たちの体は、部分の集合体であると同時に、人と人のつながり、自然とのつながりなどから成り立っている

「鹿の王」の続編ですが、それを未読でも十分楽しめます。


春口裕子著「行方」人間の多様な本性をえぐりだす

2018-12-06 | 
公園から忽然と姿を消した三歳の琴美。
パートで迎えが遅れた母親、親しいと思ったご近所のママ、琴美を預かったのに放置したママ、
保育園の先生、義母、同じ職場のパートたち・・・
手がかりを探して尋ね歩く両親だが、どれもこれも拉致の開かない会話の中で、
人間の防衛本能とか変えようのない性格とか残酷さとかが、噴出する。
読んでいてイライラするが、人の世はそんなものだろうと思う

手がかりもなく過ぎた22年後、事態はめまぐるしく急変し事件が明らかにされていく
ハッピーという怯える迷い犬を登場させ、琴美の心情を重ねあわせているところは切ない
結末はなんとかハッピーエンド。
映画にしても面白いかも

春口 裕子1970年生まれ 神奈川県出身

櫻部由美子著「フェルメールの街」色鮮やかに絵画の人物が物語る

2018-10-24 | 
フェルメールが絵を描くシーンはほとんどないのですが、
あの名作の人物たちが、オランダの街を歩き、フェルメールと出会い、
彼の眼を通した色や表情が、鮮やかに文章で表現されています。

彼らが紡ぎだす物語はスリルも満点で、どんどん引き込まれました。
櫻部由美子さん、デビュー後2作目だそうですがなかなかうまい。

櫻部由美子 大阪生まれ 2015年 「シンデレラの告白」でデビュー

村田沙耶香著「コンビニ人間」スリリングな会話が圧巻

2018-10-24 | 
文庫本がでた。狭すぎる背にやっと題名が入っているといった薄い本。
これで芥川賞か~と訝ったけど・・・

根性なしで理屈っぽい男(私なら真っ向から拒否するタイプ)を、
とても理解できない論法ですんなり受け入れてみるコンビニ的発想?の女

二人の会話の展開が「ふつう」とかなり異なり、しかもすごいペースで進む
無駄がない、うだうだしたところがない、圧巻だ
このページ数で、すごい充実度

正直、この男とどうか離れてくれ、とずっと願いながら読んでいたが、
主人公の女を取り巻く他の「ふつう」の人たちも、急に煩わしい存在に豹変したりで、
ああ、ひとりじゃ生きられないのに、人との関係を保つのも大変だとじみじみ思った

篠原悠希著「幻宮は漠野に誘う」金椛国春秋

2018-09-10 | 
金椛国春秋の第四話。
やっと女装の後宮暮らしから解放された星遊圭だったが、
今度は、何か月もかかる遠くの西アジアの国へ日蝕の資料を求めて旅することに。
それも西の国に輿入れする麗華公主に同行する女官として。
さらにスリルが増して手に汗握る展開です。

相変わらず、喘息もちで体力不足の星遊圭。
険しい山岳地帯を大急ぎで越えなければならない事態となり
そこで用意した漢方が生脈散(麦味参顆粒のこと)と沙棘の実とそのオイル

わが薬局の漢方をご利用のみなさんはおなじみのアイテムですね。
漢方好きにはたまらない金椛国春秋シリーズです

金椛国春秋シリーズ
後宮に星は宿る
後宮に月は満ちる
後宮に日輪は蝕す
幻宮は漠野に誘う
青春は探花を志す(9/25)