川沿いの サンタの道を 走りけり
梅士 Baishi
今日はクリスマス。
サンタは一仕事終えて朝帰りかと思いきや、少子化
にもかかわらず、生活スタイルの変化とかで今日も仕
事だそうである。
まあ、こちらは、おせちの買い出し、気楽なジョギン
グロードである。
お節と言っても、カレーライスの人参とジャガイモな
のであるが、華麗なる正月という縁起物である。
門松代わりにニンジンを立て、ジャガイモを転がすと
いう縁起でもある。
え?何の縁起かって?
だから、華麗なのである。
加齢ではない。
ここを間違えてはいけない。
華麗ライスなのである。
クリスマスでもあるので、思い立って、マザー・テレサ
の霊インタビュー『マザー・テレサの宗教観を伝える』を
日本語で読んだ。
およそ三年間、積んどくのままだった霊言である。
なぜかと言うと、スラムがなければ成り立たない信仰
という印象に違和感があったからである。
もちろん、現在も貧困があり、貧困地帯には紛争が
輪をかけて犠牲を強いる不幸な状況がある。
その大きな原因を作ったのは、キリスト教国の植民
地政策である。
有色人種、軍事力のない民族は、神に愛されている
人間ではないというのが彼らの宗教観だったからである。
もちろん、マザー・テレサはその一派ではない。
ローマ・カトリックに属してはいても、彼らとは違う。
霊言でも、批判的であった。
イエス・キリストは白人ではなかったのに、白人に仕
立てているのだと。
貧困の救済は、与える物の大きさではなく、そこに込
める愛の大きさだとも言われたが、貧者の一灯と言う
意味が良くわかる言葉だ。
その愛の大きさが、救済の資金や人を集める大実業
家的な資質でもあったのだろう。
白人には人種差別の植民地によって世界に砂漠の
ように貧困を広げた罪を謝罪し、贖うべきである。
アメリカが日本を戦争に引きずり出し、最後は焼夷
弾の雨と核兵器で大量殺戮したのも、人種差別による
支配欲からである。
欧米は、キリストの愛の教えに反した者たちである。
日本は、マザー・テレサの救済無くして経済大国へと
復活した。
心の貧しさは広がったが、マザー・テレサには救済
が難しい深刻さがある。
これも、アメリカがもたらしたものである。
世界の貧困国、貧困地域に与えるべき愛は、教育支
援である。
子どもたちを飢えと病気から救う必要もあるが、多少
犠牲があっても、まずは給食付の教育支援こそが大切
である。
食事と教育を与える必要がある。
それがやがて産業の力になってゆく。
自分も教育に関わったものとして、自分のなすべき
信仰を考えたい。
日本独立宣言・神聖九州やまとの国
幸福実現党応援隊・中村梅士党