■先日、島々をアウトリガーカヌーで渡り、
ハワイアンから学んだその精神性に強く惹かれたデューク金子さんのお話を聞く機会がありました。
僕は彼の話に感激しっぱなしでした(*^_^*)
なんて深く素晴らしい世界なのだろう…
デュークさんは今回の父島、母島に6人乗りのアウトリガーカヌーが来ることにも尽力して頂いたことはもちろん、
小笠原のカヌー文化に以前から深く関わってくれていた方でした。
僕がお会いできたのは今回が初めてです。
以前から僕が少し持っていた気持ちの空白の部分をことごとく埋めてもらった感があります。
バラバラでぼやけていたピースが急にハッキリして、繋がった感触です。
ここに来て、まさかそうなるとは!!
そう、カヌーは神輿と同じだったのです!!
先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。
■僕にとって小笠原でカヌーを漕ぐという事は、
石器時代に自由に太平洋の島々を行き来していた世界と繋がる事だと思っていました。
フラを踊るという事は、
島の自然の神様と繋がることだと思っていました。
南洋踊りを踊るという事は、
太平洋の島々の文化と繋がることだと思っていました。
デュークさんが日本の海をカヌーで渡るという事は、
古代の先祖のルーツを辿ることだったというのです。
キャプテンクックでカヌー部のメンバーとデュークさんとの懇親会。
各国を巡ってカヌーやポリネシア、ハワイの文化に深く関わった中で、
ハワイ人の複数あるルーツのひとつとして、日本が挙がったというのです。
ハワイ人曰く、
「自分たちは新しい先住民。
新しいからこそ、今も文化が残っている。
しかし、そのルーツは今その文化があまり残っていない地域から来ている。
日本がその一つなのだ。
ポリネシアを旅するハワイのホクレア号がなぜ日本を目指したのか。
その意味を考えてほしい」
と。
デュークさんが目指す、
日本本土から小笠原に向かってカヌーで漕ぐという壮大なプロジェクト。
それは私達の先祖が辿ってきた道を辿るということだと言います。
この大海原をGPSも携帯もない時代に、
スターナビゲーションと言われる伝統航海術で自由に海を行き来していた時代。
きっとその頃のヒトは今とは違う言葉を使っていたと思うのです。
それは、ヒトが動物や自然と会話できた言葉だったと思うのです。
現代ではそれが祈りであったり、神事として残っている気がしています。
とある日の畑で見る朝焼け。古代の小笠原に住んだ人々も同じ景色を見ていたと思うのです。
■10年前、とあるフラの先生と海を見ながら話している時にハッとさせられたことがあります。
「小笠原のフラは素晴らしい。
レベルも高い。
オリジナルもあるし、
装飾もハワイと同じものでできている。
でも、ひとつだけないものがある。
それは神様だ。
小笠原のフラには神様がいない。」
そう、私達は正月やお参り、神輿や神社の儀式のときは当たり前に神様を意識し、
ご祈祷し、様々なものを奉納します。
日々の有難いすべてに感謝し、幸せな未来を願い、神様を祀ります。
ではフラはカヌーはどうだっただろうか?
近年、カヌー大会の開会式などでフラが関わり、
その中で本来、フラとカヌーは切っても切れない関係であることが分かって来ました。
そのどちらにも関わって来ていた僕にとって、それはとても大きな気付きでした。
最近の島のフラなどは神様を意識するようになってきていると感じます。
カヌーはデュークさんの教えで痛烈にその精神世界を目覚めさせてくれました。
単なるスポーツとは決定的に違うものを秘めていたのです。
母島で組み上げた6人乗りカヌー(OC6)。
アウトリガーカヌーはスポーツとしても素晴らしいです♪
そのチームとしての一体感。
大海原をエンジンを使わず、自分たちの手だけで進む爽快感。
海や空・風が素晴らしい景色とフィーリングを運んでくれる瞬間。
でも、そのどれもが古代の人々と繋がるものであり、
そして、古代の人たちにとってどれだけ神聖なものであったか。
先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。
デュークさんは「カヌーは日本の神輿と同じ」といいました。
確かに、先日組んだOC6。
紐の結びは神輿と同じとみんなで驚いた記憶があります。
神様が乗る神輿に対して失礼な行いをしないように、
自分たちはカヌーにしてきていただろうか?
カヌーを神聖なものとして扱ってきた人たちは、
どんな関わり合いをしてきたのか?
僕はそれらの世界も知りながら漕いでいきたいと強く思いました。
少しの時間しか話せませんでしたが、
その学びに対して、
謙虚に、真摯に触れるデュークさんの言葉は心底響きました。
僕はこの話を聞きたかった。
話を聞いて鳥肌が立っていました。
逢えて本当に嬉しかった。
デュークさんの見送り。沖港にて
本当に遠路はるばる、来てくれてありがとうございました!!
願わくば、もっと学ばせて欲しいです。
もっともっと、太平洋の海に関わる暮らしをしてきている人の文化を学びたいです(*^_^*)
■そんなデュークさんの話を聞きながら、
最近、不思議と色々なものが点と点が線で繋がることに驚きを覚えています。
僕は仙台出身。
子どもの頃からクジラに興味があり、小学校の頃は広瀬川でカヌーをしていました。
僕のひい爺さんは沖縄本島国頭、辺野古。
僕のルーツは島だったのです。
沖縄に多い、宮城という苗字が物語っています。
そして、北米とハワイ。
母は10年前、カナダで亡くなりました。
最愛のパートナーは今もカナダで健在です。
今年の夏、現地に行ってその繋がりは深いものとなりました。
そしてハワイ。
次女の名付けは色んな円が繋がり、ハワイの祈祷師にお願いした経緯があります。
小笠原にあるアウトリガーカヌーはハワイの形状が伝わってきていると考えられています。
僕が大好きな写真家、星野道夫は北米の自然に惹かれ、
ハワイの伝統航海術を復活させたホクレア号の本体の木は
アラスカのトウヒが使われています。
古の時代、大きなカヌーを作る大木はハワイになく、
流木として北米からハワイに流れ着いたものだったと考えられて、使われています。
先日の文化交流祭で交流した沖縄の「島民ダンス」のルーツはサイパン。
そこから沖縄と小笠原に伝わり、小笠原では南洋踊りに。
ハワイと北米と沖縄と小笠原。
フラとカヌーと南洋踊り。
そしてずっと惹かれてきた先住民の文化。
色々、不思議とバラバラであったものが何故か繋がっていく不思議を感じています。
沖を航海するははじま丸。古代の民もこの海の道を通っていたのだろうか。
■この母島に暮らしていて、
沢山のお金にもならないことに時間と労力を費やしています。
でも、そこに大切なものがあると信じています。
今回、カヌーを通じて学んでいきたいことは、何なのでしょう?
先人たちに対するリスペクトはもちろん、
古の智慧に触れたいだけではありません。
美しい夕陽を眺める。きっと何千年も変わらない景色。
未来を不安にさせる物質と大量消費の現代において、
これからの未来を生きる子供たちに笑顔の未来を残す為に必要な
学びと経験が詰まっている気がするのです。
僕はそれに対して何をしていけるのか?
日々、問いかけながら学んで、動いていければと思います。
父島の6人乗りカヌーVa'a は「ike kai」と命名されて、
この度、進水式を執り行ったと聞きました。
ikeは見るや知るという意味。
kaiは海という意味です。
母島はこれから命名、進水式となります。
先祖、現代、未来にリスペクトを込めて、
驕らず、謙虚に決めていければと思います。
そんなことを再確認させてもらう出逢いでした♪
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
デュークさん、どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!!
※この記事の内容はデュークさん自身にも確認してもらっています。ありがとうございます!
ハワイアンから学んだその精神性に強く惹かれたデューク金子さんのお話を聞く機会がありました。
僕は彼の話に感激しっぱなしでした(*^_^*)
なんて深く素晴らしい世界なのだろう…
デュークさんは今回の父島、母島に6人乗りのアウトリガーカヌーが来ることにも尽力して頂いたことはもちろん、
小笠原のカヌー文化に以前から深く関わってくれていた方でした。
僕がお会いできたのは今回が初めてです。
以前から僕が少し持っていた気持ちの空白の部分をことごとく埋めてもらった感があります。
バラバラでぼやけていたピースが急にハッキリして、繋がった感触です。
ここに来て、まさかそうなるとは!!
そう、カヌーは神輿と同じだったのです!!
先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。
■僕にとって小笠原でカヌーを漕ぐという事は、
石器時代に自由に太平洋の島々を行き来していた世界と繋がる事だと思っていました。
フラを踊るという事は、
島の自然の神様と繋がることだと思っていました。
南洋踊りを踊るという事は、
太平洋の島々の文化と繋がることだと思っていました。
デュークさんが日本の海をカヌーで渡るという事は、
古代の先祖のルーツを辿ることだったというのです。
キャプテンクックでカヌー部のメンバーとデュークさんとの懇親会。
各国を巡ってカヌーやポリネシア、ハワイの文化に深く関わった中で、
ハワイ人の複数あるルーツのひとつとして、日本が挙がったというのです。
ハワイ人曰く、
「自分たちは新しい先住民。
新しいからこそ、今も文化が残っている。
しかし、そのルーツは今その文化があまり残っていない地域から来ている。
日本がその一つなのだ。
ポリネシアを旅するハワイのホクレア号がなぜ日本を目指したのか。
その意味を考えてほしい」
と。
デュークさんが目指す、
日本本土から小笠原に向かってカヌーで漕ぐという壮大なプロジェクト。
それは私達の先祖が辿ってきた道を辿るということだと言います。
この大海原をGPSも携帯もない時代に、
スターナビゲーションと言われる伝統航海術で自由に海を行き来していた時代。
きっとその頃のヒトは今とは違う言葉を使っていたと思うのです。
それは、ヒトが動物や自然と会話できた言葉だったと思うのです。
現代ではそれが祈りであったり、神事として残っている気がしています。
とある日の畑で見る朝焼け。古代の小笠原に住んだ人々も同じ景色を見ていたと思うのです。
■10年前、とあるフラの先生と海を見ながら話している時にハッとさせられたことがあります。
「小笠原のフラは素晴らしい。
レベルも高い。
オリジナルもあるし、
装飾もハワイと同じものでできている。
でも、ひとつだけないものがある。
それは神様だ。
小笠原のフラには神様がいない。」
そう、私達は正月やお参り、神輿や神社の儀式のときは当たり前に神様を意識し、
ご祈祷し、様々なものを奉納します。
日々の有難いすべてに感謝し、幸せな未来を願い、神様を祀ります。
ではフラはカヌーはどうだっただろうか?
近年、カヌー大会の開会式などでフラが関わり、
その中で本来、フラとカヌーは切っても切れない関係であることが分かって来ました。
そのどちらにも関わって来ていた僕にとって、それはとても大きな気付きでした。
最近の島のフラなどは神様を意識するようになってきていると感じます。
カヌーはデュークさんの教えで痛烈にその精神世界を目覚めさせてくれました。
単なるスポーツとは決定的に違うものを秘めていたのです。
母島で組み上げた6人乗りカヌー(OC6)。
アウトリガーカヌーはスポーツとしても素晴らしいです♪
そのチームとしての一体感。
大海原をエンジンを使わず、自分たちの手だけで進む爽快感。
海や空・風が素晴らしい景色とフィーリングを運んでくれる瞬間。
でも、そのどれもが古代の人々と繋がるものであり、
そして、古代の人たちにとってどれだけ神聖なものであったか。
先日の月ヶ岡神社例大祭の神輿風景です。
デュークさんは「カヌーは日本の神輿と同じ」といいました。
確かに、先日組んだOC6。
紐の結びは神輿と同じとみんなで驚いた記憶があります。
神様が乗る神輿に対して失礼な行いをしないように、
自分たちはカヌーにしてきていただろうか?
カヌーを神聖なものとして扱ってきた人たちは、
どんな関わり合いをしてきたのか?
僕はそれらの世界も知りながら漕いでいきたいと強く思いました。
少しの時間しか話せませんでしたが、
その学びに対して、
謙虚に、真摯に触れるデュークさんの言葉は心底響きました。
僕はこの話を聞きたかった。
話を聞いて鳥肌が立っていました。
逢えて本当に嬉しかった。
デュークさんの見送り。沖港にて
本当に遠路はるばる、来てくれてありがとうございました!!
願わくば、もっと学ばせて欲しいです。
もっともっと、太平洋の海に関わる暮らしをしてきている人の文化を学びたいです(*^_^*)
■そんなデュークさんの話を聞きながら、
最近、不思議と色々なものが点と点が線で繋がることに驚きを覚えています。
僕は仙台出身。
子どもの頃からクジラに興味があり、小学校の頃は広瀬川でカヌーをしていました。
僕のひい爺さんは沖縄本島国頭、辺野古。
僕のルーツは島だったのです。
沖縄に多い、宮城という苗字が物語っています。
そして、北米とハワイ。
母は10年前、カナダで亡くなりました。
最愛のパートナーは今もカナダで健在です。
今年の夏、現地に行ってその繋がりは深いものとなりました。
そしてハワイ。
次女の名付けは色んな円が繋がり、ハワイの祈祷師にお願いした経緯があります。
小笠原にあるアウトリガーカヌーはハワイの形状が伝わってきていると考えられています。
僕が大好きな写真家、星野道夫は北米の自然に惹かれ、
ハワイの伝統航海術を復活させたホクレア号の本体の木は
アラスカのトウヒが使われています。
古の時代、大きなカヌーを作る大木はハワイになく、
流木として北米からハワイに流れ着いたものだったと考えられて、使われています。
先日の文化交流祭で交流した沖縄の「島民ダンス」のルーツはサイパン。
そこから沖縄と小笠原に伝わり、小笠原では南洋踊りに。
ハワイと北米と沖縄と小笠原。
フラとカヌーと南洋踊り。
そしてずっと惹かれてきた先住民の文化。
色々、不思議とバラバラであったものが何故か繋がっていく不思議を感じています。
沖を航海するははじま丸。古代の民もこの海の道を通っていたのだろうか。
■この母島に暮らしていて、
沢山のお金にもならないことに時間と労力を費やしています。
でも、そこに大切なものがあると信じています。
今回、カヌーを通じて学んでいきたいことは、何なのでしょう?
先人たちに対するリスペクトはもちろん、
古の智慧に触れたいだけではありません。
美しい夕陽を眺める。きっと何千年も変わらない景色。
未来を不安にさせる物質と大量消費の現代において、
これからの未来を生きる子供たちに笑顔の未来を残す為に必要な
学びと経験が詰まっている気がするのです。
僕はそれに対して何をしていけるのか?
日々、問いかけながら学んで、動いていければと思います。
父島の6人乗りカヌーVa'a は「ike kai」と命名されて、
この度、進水式を執り行ったと聞きました。
ikeは見るや知るという意味。
kaiは海という意味です。
母島はこれから命名、進水式となります。
先祖、現代、未来にリスペクトを込めて、
驕らず、謙虚に決めていければと思います。
そんなことを再確認させてもらう出逢いでした♪
本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
デュークさん、どうもありがとうございます。
これからもよろしくお願いします!!
※この記事の内容はデュークさん自身にも確認してもらっています。ありがとうございます!