ゴエモンのつぶやき

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箕面市における障害者雇用支援策の変遷

2008年10月23日 00時49分49秒 | 障害者の自立
 障害者の雇用を支援する自治体の政策が重要になってきている。大阪府箕面市(人口約12万5千人)の財団法人「箕面市障害者事業団が編集・発行している『障害者事業団だより』(第34号、2008年03月31日)に「調査研究事業をもとに、新たな実践を模索」と題する記事がある。この記事では、箕面市が「障害者事業団」の設立以後、これまで行ってきた障害者雇用に関する調査研究を辿っている。その時々の政策内容を明かにする作業が行われている。他の自治体でも参考になると思う。関係者の了解をえたので、ここに転載する。なお、記事には日本年号と西暦が併記されているが、ここでは西暦に統一した。また、いつもの通り、題名や中見だしも変え、改行も独自の形にするとともに、最後に私の感想をコメントとして付け加えた。

■ アンケート調査における企業の意識と事業団の政策提案
 1990年、事業団設立の年に箕面商工会議所の協力を得て、市内全事業所にアンケート調査を行った。その結果をまとめたのが「箕面市内事業所の障害者雇用についてのアンケート調査 報告書(B5版、55ページ)」だが、地方都市における中小企業の考えの一端が明らかになっている。

 障害者雇用をしていない具体的理由のトップは「適した職種がない」である一方、障害者雇用に関する不安感のうち「仕事をこなせるかどうか」は、雇用後に大きく改善した様子が見てとれた。また、障害者雇用や実習受け入れについては、(障害者)雇用事業所の方が(障害者)未雇用事業所よりも積極的な傾向も分かった。

 これらをもとに、報告書発刊の1991年当時、事業団は次の提案を行っている(以下は提案内容をまとめたもの)。

 1.日本における援助付雇用制度の導入
 2.市町村等、地域に密着した自治体レベルでの障害者雇用の取り組み
 3.国や自治体の制度として、継続した賃金助成制度の検討
 4.短時間労働の障害者雇用に対する助成制度の必要性
 5.実習によって、企業側の不安感を軽減する機会の創出

 (これらの提案のうち)1はジョブコーチ事業、2は障害者雇用支援センターや障害者就業・生活支援センター、4は雇用率へのカウントや助成対象化(一部)、5はトライアル雇用や各種実習制度といった形でその後の国制度で実現されており、事業団自身も1996年から障害者雇用支援センターの運営を担うようになった。まだまだ組織的に未熟な時代に行った調査研究だったが、提案内容の確かさは今読み返しても確認できるものとなっている。

■ 社会的雇用(保護雇用)や就労支援策を提案
 1992年、1993年には、箕面市心身障害者連絡協議会の部会と共同で「障害者雇用促進制度調査研究 最終報告(B5版、55ページ)」を発刊した。この調査研究で、初めて「障害者事業所」という概念を明確にしたが、報告書では「一般企業でもなく、福祉的就労の授産施設・作業所でもない、言わば労働と福祉の谷間にある第三領域」であるとしている。こうした取り組みは国際的には保護雇用といわれ、欧州ではいくつかの国で取り組まれているのだが、日本には制度がない。(なお、この記事の最後に「注」として付けられている説明をここで紹介しようーー大谷の補足)。

 本文中、保護雇用について「日本では制度がない」と記したが、改めて「“保護雇用とは”」とGOOGLEで検索すると、次の資料がヒットした。1981年の厚生白書の一節である。30年近く前の文章なので表現に古い部分はあるが、国際障害者年(1981年)の年に発刊された、しかも分かり易い文章なので参考までに紹介したい。なお、全文は「白書等データベースシステム(厚生労働省ホームページ)」から閲覧でき、大変便利である。

 以下は1981年厚生白書の説明である。「主としてヨーロッパで行われているいわゆる保護雇用とは、働く意志と能力があり、通常の労働時間の就業ができる障害者でありながら、一般的な雇用に結びつかない者を対象として、障害を考慮した勤務体制と指導者の指導、建物構造や工具等作業環境の配慮がなされ、生活を営むのに十分な賃金が保障された特別の雇用形態のことであり、公的機関が経営上の赤字補てん、又は賃金補給を行うとともに、官公需の優先発注などの必要な助成を行う制度である。この制度については、真に社会復帰の効果をもつかどうかなど、その必要性について様々な意見があり、また、福祉・雇用の両政策全体の中にどのように位置付けられるべきものであるか等の問題もあり、長期的視点に立って今後とも検討を進めていくべき課題である(「総論 第3章、第6節、2身体障害者福祉工場」の項から)。

 箕面市の取り組みは、その後、「社会的雇用」と呼称するようになるが、最近では、箕面市だけでなく滋賀県や札幌市でも自治体の制度として類似の事業がスタートしている。

 本報告書では、他にも「障害者雇用応援センター機能の必要性」を提案しているが、これは国制度の障害者雇用支援センターに、障害者事業所への支援策やジョブコーチの派遣なども付加したものだ。実際、現在の事業団は、1993年当時にイメージした「応援センター機能」にだいぶ近づいたと言えるだろう。

■ 今後の障害者事業所の発展のために新たな制度創設や国制度の活用
 また、2006年度には社会的雇用検討委員会を設置、1年間にわたり障害者事業所のあり方を検証し、「箕面市における障害者事業所が行う社会的雇用の今後のあり方についてーー最終報告ーー(A4版、45ページ)」としてまとめた。

 障害者事業所は、自らパンやお菓子の製造を行ったり、花やオリジナルTシャツを販売したりするほか、バザー等で市民の協力を得て障害者の働く場と賃金を生み出している。このことに対し、箕面市が事業団を通じて助成金を交付し支援を行っているが、それは障害者の職業的・社会的自立に役立ち、かつノーマライゼーションの視点からは大きな意義があるからだ。

 検討委員会では、障害者事業所での働き方が、一般就労や福祉的就労に比べ、どのようにメリットがあるかを具体的に確認していった。一方、2006年度は国において障害者自立支援法が始まった年でもあり、こうした背景や市の財政状況の厳しさも踏まえ、障害者事業所、施設・作業所、市行政(障害者福祉課、商工観光課)、学識経験者、事業団という異なる立場同士で大激論が交わされた。結局、今後の方向性を明確なものとして打ち出すことはできなかったが、国制度の活用や新たな事業展開を行うことが障害者事業所の発展に不可欠であるということまでは、共通認識できた。

■ 障害者への賃金助成制度化の模索
 こうして並べてみると、1991年度の「アンケート調査報告」で提案した「3.国や自治体の制度として、継続した賃金助成制度の検討」を、その後の調査研究事業で理論的・実践的に深めてきたことが分かる。実は、障害者自立支援法において障害者就労継続支援A型という制度が、重度障害者の働く場(雇用関係あり)として新たに創設された。

 先の検討会でも、障害者事業所とこのA型との接点を模索しようとしたが、そこには至らなかった。障害者事業所制度では働く障害者の賃金に対する助成が行われるが、A型では国や都道府県・市町村の負担したお金(国の基準額)は障害者の工賃には乗せられないものと理解されている。

 では、仮の話だが、国の制度である障害者就労継続支援A型に、賃金補填や就労奨励等の自治体独自制度を付加し、実質的に工賃への上乗せ支給する仕組みは実現できないだろうか?

■ 賃金助成制度の普遍化への展望
 授産施設等で働く障害者の工賃や、2006年度の全国平均で1万5千円である(2007年10月31日厚生労働省発表)。もちろん、国が提唱する「工賃倍増5か年計画」等、施設の経営改善や職員の意識改革に取り組むことは極めて重要である(むしろ福祉分野では、この部分がおろそかになってきた面が多々あると言わざるを得ない)。また、最終的には、より職業的に重度な障害者が一般就労へ移行でき、就職後のフォローを充実していくシステムを広範に確立していくことが求められる。

 しかし、そうした経営改革や一般就労支援策を推進した先に、なお残る課題として我が国における保護雇用(社会的雇用)の問題、継続した賃金補填制度が見えてくるのではないだろうか。事業団が行ってきた調査研究事業の歴史を振り返ってそのように考えるのだが、様々なご意見、アイディアをいただければ幸甚である。

 以上が財団法人「箕面障害者障害者事業団」の「障害者事業団だより」(第34号、2008年03月31日)に掲載された全文である。若干、順序を入れ替え、省略した部分もある。しかし、記事の本筋は紹介したつもりだ。

■ 政策の変遷を研究活動の成果から明らかにする意義ーー大谷のコメント(1)
 自分たちで歴史を書き残すことは難しい。ましてや政策に関連する変遷については、もっと困難だろう。この記事は自分たちが関わった政策について述べている。中央政府も多くの自治体も、現在の政策だけについて述べがちだ。制度についての歴史的経過は、主に研究者の業績に委ねる場合が多いと思う。

 自治体や関係者も加わった検討会における客観的な報告書を取りまとめている点で優れている。箕面市の障害者雇用政策の変化を知る上で、この記事は大いに役に立つ。と同時に、他の自治体でも政策確立に向けての活動にも、参考になることが多いと思う。

 検討会や審議会などの報告書には、いろいろな記述がある。それに関しても、現実化した、あるいは現実化しなかった具体的な政策と結びつけて述べることは、至難の技だ。政策に強い関心をもっているこの記事の筆者が、具体的な政策にひきつける意志をもっていたからだと思う。障害者雇用の現実的支援とその政策化に関しては、とくに貴重な存在だ。

 やはり調査から始まっている。このことは他のことに関しても大切だ。実態や現実の意識を明らかにすることから、次の政策が打ち出せる。その後、こうした調査は企画され、また実施されたのであろうか。

■ 障害者への賃金助成制度の問題点ーー大谷のコメント(2)
 障害者の雇用支援策に関連して書かれた記事である。たしかに障害者雇用は障害者雇用促進法に定められた法定雇用率も、これまで一度も達成されたことがない。また、本文中にもあるように、授産施設などで働く障害者への工賃は全国平均で月額1万5千円程度と、最低賃金にさえも届かない低さである。

 一方で民間企業が法定雇用率を未達成である。法律が求める最低限度すら障害者数を雇っていない企業が大半である。他方で、多くの障害者たちが働いている授産施設などでは、最低賃金にすら届かない状況がある。現状を変えるためには、なんとかしなくてはと、障害者事業所や社会的雇用・障害者協同組合などへの助成策を考えざるをえない現状が続いている。

 行政の立場からすると、民間企業への賃金補助一般をどう考えるかという難しい問題もある。確かに形式論であろう。ただ、民間企業が形式的平等論を主張した場合に、自治体などはどう対応するか。さらに、民間事業所が自主的な経営のなかで生み出すべきだと考えると、当然に負担すべき賃金や労働コストであるはずだ。助成金を支給すれば、一部の民間企業に特別な利益を与える結果にもなる。

 また、どう支給条件に区別をつけるか。以前であれば、障害者雇用の賃金助成制度を主張していた。あらためて考えてみると悩ましい問題だと思う。障害者に特化した政策を考えるか。ワーキングプアーなどが多く存在する現状を考えると、同じ条件であれば、他の就職困難者や低賃金者にも一般化するか。

 となると、厳しい財政運営のなかで、財源がかなり拡大すると批判されるだろう。企業が障害者雇用を実現していない現状を強調する。そういう状況を踏まえつつ、障害者事業所に対して賃金助成は必要な支援策である。そのために人々の合意を取り付けるには、どういう議論の筋立てをする必要があると見るか。文章の最後にあるとおり、財団法人「箕面市障害者事業団」が表した文章は、さまざまな議論を引き起こす。


小麦粉、乳製品の価格↑障害者パン工房 ため息

2008年10月23日 00時41分49秒 | 障害者の自立
 障害者の手作りの店として昨年10月にオープンし、人気を集めている丸亀市飯山町のパン工房「野の花」が、原材料費値上げのあおりで苦境に立っている。1日1000個近くを販売しながら、小麦粉などの価格上昇で利益が上がらず、工賃は目標を下回っている。関係者は「働いている障害者に、少しでも多くの工賃を渡してあげたいのだが」と心を痛めている。

 「野の花」は、市の社会福祉法人「いいのやま福祉会」が運営し、6台のオーブンと2台の大型発酵機、最新式のミキサーを備える。通所者と職員約20人が、国産の素材で添加物をほとんど使わず、あんパンやメロンパン、サンドイッチなど約60種類を作り、1個50~350円で販売している。

 県内各地から車で訪れ、電話予約でまとめ買いする人もいるほど好評で、開店当初から1日の売り上げ目標(8万円)を達成し、多い日には15万円に上っている。ところが、原料の小麦粉や乳製品などの価格高騰で利益率には反映されず、通所者の1か月の工賃は平均約1万2000円。目標の2万円に届いていない。

 今年5月には、大半の商品を10円値上げしたが、それでも対応しきれず、さらなる値上げを検討せざるを得ないといい、職員は「値段の安さで喜ばれているのだが。みんなが頑張った分だけの工賃にしてあげたい」と口をそろえる。

 同会の篠塚敦子さんは「通所者は楽しくパン作りに励んでいる。今後も多くの人たちの温かい気持ちで施設を支えてほしい」と来客を呼びかけている。

移動介護費削減で都などを提訴 東京・大田区の男性

2008年10月23日 00時40分00秒 | 障害者の自立
 障害者自立支援法に基づく移動時の介護費について、東京都大田区の支給額削減により障害者の権利を侵害されたとして、脳性まひなどで車いす生活をしている同区の鈴木敬治さん(56)が22日、同区や東京都に処分の取り消しなどを求め東京地裁に提訴した。

 大田区は「訴状を見ておらずコメントできない」としている。

 移動時の介護費は、障害者が外出する際、移動を補助する介護者を依頼するための費用。

 鈴木さんは以前にも、この介護費をめぐる訴訟を起こし、2006年の東京地裁判決は、上限を一律に設けて支給を削減した区の処分を違法と判断。当時の制度が廃止されていたため、訴え自体は退けたが「新たに施行された障害者自立支援法では適切な運用を期待する」と付言していた。

 訴状によると、鈴木さんは03年度までマラソンなど社会参加活動のため、移動時の介護費として身体障害者福祉法に基づき、月124時間分が支給されていた。しかし、区は04年に32時間の上限を設けて削減。地裁判決後も、障害者自立支援法による新制度の下で90時間分しか認めず、裁量権を逸脱したとしている。


‘人間勝利’ 視覚障害者が司法試験2次に合格

2008年10月23日 00時36分37秒 | 障害者の自立
 21日、ソウル新林洞(シンリムドン)にあるワンルーム寄宿舎。本立ての参考書は2冊だけだ。それも長い間見ていなかったのか、ホコリがたまっている。この部屋の主人は本が読めない受験生だった。しかし彼はこの日、司法試験2次に合格したという通知を受けた。

‘人間勝利’の主人公はチェ・ヨンさん(27)。視覚障害者が論述試験の司法試験2次まで合格したのは50年の司法試験史上初めて。チェさんは面接試験の3次試験を合格すれば法曹人になる。国内にはまだ視覚障害者の法曹人はいない。しかし米国ではすでに250人、日本では3人が弁護士として活動している。

チェさんは網膜色素変成症で視覚障害‘3級’判定を受けた。ものは形がかすかに見える程度で、本を読んだり一人で外出したりすることはできない。チェさんは高校3年の98年、病名を初めて聞いた。それまで夜盲症だと思っていた。浪人して00年にソウル大法学部に合格した当時、まだ本を読むのに支障はなかった。

04年の司法試験1次で不合格となり、次の試験が間近に迫った頃、チェさんの目は見えにくくなった。すぐに目に入ってくる単語が減り始め、ある瞬間、一つの文字しか見えなくなった。翌年の試験でも苦杯をなめたチェさんは1年間、本を閉じて過ごした。

点字試験制度があったが、チェさんは点字を読もうとは考えなかった。そのとき、音声支援プログラムが設置されたコンピューターを利用して試験を受ける制度が導入された、という情報が入った。試験時間も1次は2倍、2次は1.5倍に延びた。

チェさんはある財団を訪れた。視覚障害者がコンピューターを利用して音声で読めるよう書物を音声ファイルにしてくれるところだった。チェさんは必要な本を1科目当たり2-3冊に減らし、一般の速度の2-3倍の速さで聞く訓練を続けた。

チェさんは「視覚障害は何かを学ぶうえで非常に高い壁だった」と話す。食事時間に友人に会うときを除いて、一日中コンピューターの前でスピーカーに耳を傾けた。耳を酷使したため、音も聞こえにくくなっているという。

そして昨年、チェさんは5転6起で1次試験を通過し、今年、2回目の2次試験で堂々と合格した。チェさんは「視覚障害者の弁護士としてできることを見つけたい」とし「文字を音声に転換する技術が発展しているので、近いうちに視覚障害者も裁判記録を読める日が来ると期待している」と話した。