■社会の共有こそよりよい未来へ
今回の大震災のように、想像をはるかに上回るような大惨事に直面すると、誰もが強い不安や恐怖を感じ、無力感にさいなまれる。感情が表出できなくなったり、感情をうまくコントロールできなくなって、激しい怒りを感じる場合もある。
あるいは、強い孤独を感じたり、被災体験をフラッシュバックする人もいる。食欲がない、よく眠れない、どんなに寝ても眠くなるなど、ふだんとは違うさまざまな身体的変化も現れる。
このような反応は、「自分だけ」ではなく、大きな災害を経験した人ならば、「誰にでも」起きることなのである。このことを知っておくだけでも、自分の状態を客観的にみることができ、被災後のストレス軽減に役に立つ。
被災直後の精神的なストレスは少しずつ治まるが、1カ月以上もストレス状態が続き、日常生活に支障が出ると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)となる。
今回のような大災害のあとでは、かなり多くの人々がPTSDになることが懸念されている。2004年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波では、地域によって数%から数十%の被災者がPTSDと診断されている。
また、災害によって自分の家族を亡くした遺族たちは、特にPTSDになりやすい。なぜ自分は助かり、自分ではない家族が悲惨な運命をたどったのか、もしかしたら、その人を助けることができたのではないかなど、自分が生き残ったことに対し、罪の意識を抱く。被災によるストレスに加え、家族との死別という大きなストレスにも同時に直面することになる。
子供たちも心理的、身体的なバランスを大きく崩す。恐怖心は強く残り、悪夢を見たり、睡眠障害などを引き起こしやすい。親のそばを離れることができず、学校に行くのを嫌がったり、学校に行ったとしても、無気力だったり、授業に集中できないなどさまざまな症状が現れる。
◇
災害によって非常に強いストレスを受けた被災者に対する支援というと、専門家による電話相談や面接などによる「心のケア」が思い浮かぶが、ストレス軽減に必要なのは専門家による個別の支援だけではない。
むしろ、家族や友人、近所の人たち、職場の同僚、学校のクラスメートなど、身近な人たちによる共感的な支えが不可欠である。
身近で安心できる人たちと一緒にいる時間を作り、寄り添い、体験を語り合い、自分たちの感情を共有することが、ストレス軽減やPTSDの予防には非常に有効となるのである。
例えば、災害時の職業的な救援者である、消防署員や警察官は救援活動に際し、死傷者と直面し、自らも強いストレスを感じ傷つく。
救援者のストレスを軽減するにあたり、専門家の指示のもと、職場の同僚や上司とともに、自分たちが経験した出来事を整理し、お互いを理解し合うデフュージングやデブリーフィングと呼ばれるグループ活動が行われる。
また最近、学校で悲惨な出来事や災害が起きた後、クラスで話し合ったり、絵を描いたりして、体験や感情を共有し、気持ちが楽になるようにするといった支援プログラムを提供する取り組みも行われるようになってきた。
被災者のストレスは計り知れないほどに大きい。
しかし、人間は本来、悲劇から立ち直り、回復する強い力を持っており、被災経験を成長のきっかけとすることさえできるものだ。
そのためには、被災者が専門家の力を借りて、災害後のストレスに関する正しい知識を持ち、家族や友人、身近な知人たちと、自分の経験したことについて、無理なく安心して話せる時間や環境をつくり、周りのフィードバックやサポートを継続的に受けることができる態勢を整えていくことが大切である。
ところで復興に向けた論議が盛んになってきた。
阪神大震災以降学んできたことであるが、悲嘆を十分に社会が共有してこそ、よりよい未来を実現することができることを、今いちどわれわれは想起すべきであろう。
◇
【プロフィル】元吉忠寛
もとよし・ただひろ 関西大社会安全学部・大学院社会安全研究科准教授。昭和47年生まれ。名古屋大大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育心理学)。専門は教育心理学、社会心理学。独立行政法人防災科学技術研究所特別研究員などを経て現職。
今回の大震災のように、想像をはるかに上回るような大惨事に直面すると、誰もが強い不安や恐怖を感じ、無力感にさいなまれる。感情が表出できなくなったり、感情をうまくコントロールできなくなって、激しい怒りを感じる場合もある。
あるいは、強い孤独を感じたり、被災体験をフラッシュバックする人もいる。食欲がない、よく眠れない、どんなに寝ても眠くなるなど、ふだんとは違うさまざまな身体的変化も現れる。
このような反応は、「自分だけ」ではなく、大きな災害を経験した人ならば、「誰にでも」起きることなのである。このことを知っておくだけでも、自分の状態を客観的にみることができ、被災後のストレス軽減に役に立つ。
被災直後の精神的なストレスは少しずつ治まるが、1カ月以上もストレス状態が続き、日常生活に支障が出ると、心的外傷後ストレス障害(PTSD)となる。
今回のような大災害のあとでは、かなり多くの人々がPTSDになることが懸念されている。2004年のスマトラ島沖地震・インド洋大津波では、地域によって数%から数十%の被災者がPTSDと診断されている。
また、災害によって自分の家族を亡くした遺族たちは、特にPTSDになりやすい。なぜ自分は助かり、自分ではない家族が悲惨な運命をたどったのか、もしかしたら、その人を助けることができたのではないかなど、自分が生き残ったことに対し、罪の意識を抱く。被災によるストレスに加え、家族との死別という大きなストレスにも同時に直面することになる。
子供たちも心理的、身体的なバランスを大きく崩す。恐怖心は強く残り、悪夢を見たり、睡眠障害などを引き起こしやすい。親のそばを離れることができず、学校に行くのを嫌がったり、学校に行ったとしても、無気力だったり、授業に集中できないなどさまざまな症状が現れる。
◇
災害によって非常に強いストレスを受けた被災者に対する支援というと、専門家による電話相談や面接などによる「心のケア」が思い浮かぶが、ストレス軽減に必要なのは専門家による個別の支援だけではない。
むしろ、家族や友人、近所の人たち、職場の同僚、学校のクラスメートなど、身近な人たちによる共感的な支えが不可欠である。
身近で安心できる人たちと一緒にいる時間を作り、寄り添い、体験を語り合い、自分たちの感情を共有することが、ストレス軽減やPTSDの予防には非常に有効となるのである。
例えば、災害時の職業的な救援者である、消防署員や警察官は救援活動に際し、死傷者と直面し、自らも強いストレスを感じ傷つく。
救援者のストレスを軽減するにあたり、専門家の指示のもと、職場の同僚や上司とともに、自分たちが経験した出来事を整理し、お互いを理解し合うデフュージングやデブリーフィングと呼ばれるグループ活動が行われる。
また最近、学校で悲惨な出来事や災害が起きた後、クラスで話し合ったり、絵を描いたりして、体験や感情を共有し、気持ちが楽になるようにするといった支援プログラムを提供する取り組みも行われるようになってきた。
被災者のストレスは計り知れないほどに大きい。
しかし、人間は本来、悲劇から立ち直り、回復する強い力を持っており、被災経験を成長のきっかけとすることさえできるものだ。
そのためには、被災者が専門家の力を借りて、災害後のストレスに関する正しい知識を持ち、家族や友人、身近な知人たちと、自分の経験したことについて、無理なく安心して話せる時間や環境をつくり、周りのフィードバックやサポートを継続的に受けることができる態勢を整えていくことが大切である。
ところで復興に向けた論議が盛んになってきた。
阪神大震災以降学んできたことであるが、悲嘆を十分に社会が共有してこそ、よりよい未来を実現することができることを、今いちどわれわれは想起すべきであろう。
◇
【プロフィル】元吉忠寛
もとよし・ただひろ 関西大社会安全学部・大学院社会安全研究科准教授。昭和47年生まれ。名古屋大大学院教育学研究科博士課程修了。博士(教育心理学)。専門は教育心理学、社会心理学。独立行政法人防災科学技術研究所特別研究員などを経て現職。