2人乗りの二輪タンデム自転車が公道全般を走行できる地域が増えつつある。7年前までは長野県だけだったが、今年に入って2県が加わり、計10県に。後ろに乗る人はハンドルを操作しなくてすむため、視覚障害者らの行動範囲を広げると期待されるが、安全面を不安視し、「解禁」に慎重な自治体もある。
10月中旬、兵庫県の淡路島。海沿いの道を9台のタンデム自転車が駆け抜けた。NPO法人「サイクルボランティア・ジャパン」が開いたイベント。後部座席に視覚障害者や知的障害者が座り、ペダルを懸命にこいでいた。
全盲の飯田育生(いくお)さん(52)は浜松市から参加した。「風を感じられるのが魅力。1人では行けないところに、みんなで行けるのが楽しい」と声を弾ませる。地元の静岡県では「安定性がある」(県警)として三輪のタンデム自転車なら公道を走れるが、「二輪の方が軽くて乗りやすい」と飯田さん。折りたたみの二輪タンデム自転車を持参し、各地のイベントに足を運んでいる。
タンデム自転車は、道路交通法上は公道を走れるが、都道府県の公安委員会が定める規則で走行できる道路が限定されていたり、三輪に限られたりするケースが多い。警察庁によると8月1日現在で、タンデム自転車が公道全般を走行できるのは、山形▽群馬▽新潟▽長野▽愛知▽兵庫▽広島▽愛媛▽佐賀▽宮崎の10県。いずれも二輪タンデム自転車で走ることができる。
「解禁」が最も早かったのは長野県で、1978年11月から。県警によると、避暑地の軽井沢では早い時期からタンデム自転車がレンタルされており、実態を後追いする形で規則が改正されたようだ。
2例目は、2008年7月の兵庫県。NPO法人「兵庫県障害者タンデムサイクリング協会」が98年から、視覚障害者らを招いたサイクリングイベントを県内を流れる武庫川の河川敷にあるサイクリングコースで開催してきた。視覚障害者から公道走行の要望を受けた県警は、長野などの実情を調査。2人でこぐためスピードが出やすいことや、車体が長くバランスを崩しやすいことなどが懸念されたが、実際にはタンデム車の事故が確認されなかったことから、解禁に踏み切ったという。
その後、視覚障害者からの要望を受け、改正した県が相次ぐ。
愛知県は、今年4月に解禁した。県警は、長野や兵庫の状況を調べたうえで、「神戸市という大都市を抱えた兵庫でできて、愛知でできない理由はない」(担当者)と判断した。
一方、兵庫と隣り合う大阪府では、公道を走れるタンデム自転車は三輪に限られている。13年には視覚障害者団体が二輪の解禁を要望したが、そのままだ。
府警によると、府内で起きた自転車が関係する人身事故は昨年、1万3228件と全国最多。担当者は「三輪に比べて二輪は不安定。府内の交通状況に照らすと危険だと判断している」と説明する。
鳥取県は今年4月から、二輪のタンデム自転車の走行を一部の自転車歩行者専用道(計約14キロ)に限って認めた。県警の担当者は「発進時や低速時にふらつくほか、スピードが出るため、ブレーキをかけてから止まるまでの距離が普通の自転車より長くなる。車と一緒に走るのは危険と判断した」という。
《夫婦で二輪タンデム自転車に乗り、世界一周を果たした宇都宮一成さん(47)の話》 タンデム自転車が自由に走れないのは日本だけではないか。欧米にはタンデム自転車専門のメーカーやショップもある。安定性などを理由に危険だとする指摘があるが、走る前にきちんと練習すれば、大丈夫。2人がお互いを思いやりながら声をかけあい運転するタンデム車は、ノーマライゼーション(障害者の社会参加)に役立つ乗り物というだけでなく、障害の有無にかかわらずコミュニケーションを楽しめるツールにもなる。多くの地域で走れるようになって、その魅力が広まればうれしい。
サイクリングに出発するタンデム自転車=兵庫県南あわじ市
2015年11月8日 朝日新聞