ゴエモンのつぶやき

日頃思ったこと、世の中の矛盾を語ろう(*^_^*)

チャック・ウイルソン「これからも日本で健康カウンセリングを」

2017年08月17日 01時00分59秒 | 障害者の自立

「柔道が強くなりたい」と1970年にアメリカから来日し、同志社大学柔道部の客員部員になったチャック・ウイルソンさん。

  1983年、『世界まるごとHOWマッチ』(TBS系)への出演。その理由は「共同経営していたスポーツセンターの宣伝になればいいや、くらいの気持ちでした」。

  大橋巨泉氏との掛け合いが人気になり、チャックさんも一躍人気者に。

 「腹が立つこともあったけど、有名になったから運動の本も出せたし、身体障害者向けのチャリティもできたからね。そうそう、車椅子の女性の『イチゴ狩りをしたい』という夢をかなえるため、プロレスラーの藤原喜明組長たちと、車椅子が通れるように徹夜でイチゴの畝を広げるという番組にも出演して。これは思い出しただけでも泣けてくるね」

  バブルの崩壊もあり、1990年にスポーツセンターが倒産。

 「芸能の仕事も少なくなり、健康機器の営業などの仕事でなんとか食いつなぎました」

  この先も日本に暮らすつもりだ。

 「いまは、健康カウンセリングやパーソナルトレーニングのほか、病院内のフィットネス施設づくりのお手伝い、トレーナーを目指す人に向けた研修もおこなっています」

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(週刊FLASH 2017年8月15日号)


デフリンピック・女子バレー、栃木出身の宇賀耶さんに県スポーツ功労賞

2017年08月17日 00時55分04秒 | 障害者の自立

 県は15日、トルコのサムスンで行われた聴覚障害者の国際総合スポーツ大会「第23回夏季デフリンピック競技大会(サムスン2017)」バレーボール女子で日本の金メダル獲得に貢献した栃木市出身、宇賀耶早紀(うがやさき)さん(26)に知事特別表彰の「県スポーツ功労賞」を贈ると発表した。

 同大会のバレーボール女子は9カ国が参加。予選リーグを4戦全勝した日本は決勝トーナメントも順調に勝ち進み、決勝ではイタリアを3-0と圧倒。4大会ぶり2度目の金メダルを獲得した。

 宇賀耶さんは予選を含め全7試合に出場し、キャプテンとしてもチームをけん引する活躍を見せた。

8月16日   下野新聞


日本の授乳環境はガラパゴス化!? 建築家が考える「理想のベビー休憩室」

2017年08月17日 00時48分14秒 | 障害者の自立

ママたちのお出かけの強い味方「ベビー休憩室」。その一方で「母親と赤ん坊は指定された場所へ行け!」という声に傷つくことも。

そんな授乳環境整備の現状と課題について『ベビー休憩室コンセプトブック』でキッズデザイン賞も受賞した建築家の仲綾子先生に聞きました。

授乳室、足りてる?外出前にベビー休憩室のことを調べる家庭は8割超!

――ズバリお伺いします。母乳育児中のママのひとりとして「ベビー休憩室がもっとあったらいいのに」と感じることも少なくないのですが、授乳室の整備って進んでいるのでしょうか。

仲綾子先生(以下、仲): 施設の種別や地域によって状況は大きく異なるので、なんともお答えしにくいところではあるのですが、授乳やオムツ替えを取り巻く環境が大きく変化していることは間違いありません。

以前は町なかや電車の中といった「公共の場」で授乳やオムツ替えをする親子も珍しくありませんでしたが、最近ではあまり見かけませんね。

そういったライフスタイルの変化にともなって「ベビー休憩室」を整備する動きが、加速していることはたしかだと思います。

例えばショッピングセンターなどの商業施設であれば子育て世代の集客を意識して、役場や公民館といった公共施設であれば利用者の利便性を考慮して、授乳やオムツ替えのためのスペースを設けるところが増えてきています。

また国や地方自治体が少子化対策の一環として「子育てバリアフリー」を掲げている点も、後押しになっているでしょう。

国土交通省は「高齢者、障害者等の円滑な移動等に配慮した建築設計標準」を平成24年度に改訂した際、新たに「授乳室及びおむつ替えのための設備」という項目を加え、さらに平成28年度の改訂では、配置、建具、サイン等の計画に踏み込んでいます。

また、地方自治体では東京都や大阪府、福岡市などが、授乳室やオムツ替え台の設備について条例で規定しています。

――国や地方自治体が、そんなことをしてくれていたとは知りませんでした!

仲:「お出かけ」は「子育てに欠かせないもの」だから、それを積極的にサポートしようという動きですね。

施設を整備・運営されている方々のご参考になるよう制作させていただいた『ベビー休憩室コンセプトブック』で実施・発表したアンケートでも、89%の保護者が赤ちゃんを連れて週1回以上、1時間以上のお出かけをしており、ほぼ毎日という人も16%いるという結果が出ています。

また、外出前にベビー休憩室のことを「必ず」あるいは「よく」調べると回答した人は50%にのぼり、「たまに」調べると回答した35%と合わせると実に8割以上が、出かける前にホームページなどでベビー休憩室について調べています。

国としても、地方自治体としても「お出かけしづらい環境では育児も難しい」という現実とママたちの要望をキャッチして、対策を打ち出してくれているんですよ。

でもそれで、ママと赤ちゃんの外出が楽になったかといえば……決してそうとも言えないのではないでしょうか。

――残念ながら、そのとおりです。冒頭でも申し上げたとおり「ベビー休憩室がもっとあれば」と常々感じています。やっぱりまだまだ、足りていないのではないでしょうか。

仲:実はその点について、私は、足りない場所もあるにはあるけれども、そんなに不足しているわけではないのではないか、という仮説を持っています。

不足はしていないけれども「足りない」「待たされる」「困ったな」と利用者が感じる理由があるのではないか。そこから、解決の糸口が見えるのではないか、と思っているのです。

――不足していないけれども「足りない」「待たされる」「困ったな」と利用者が感じている?どういうことでしょうか。

ベビー休憩室は確実に増えているのに、まだまだ“足りない”と感じる理由

仲:『ベビー休憩室コンセプトブック』制作時のアンケートでも、92%もの保護者が、赤ちゃん連れでの外出に不便を感じています。

そして注目すべきことに、外出に不便を感じている保護者の割合というのは、10年前の調査とほとんど変わっていません。

ではママたちが実際に、何に不便を感じているかというと、約6割の方が「授乳やオムツ替え、赤ちゃんを落ち着かせる場所がない」と回答しています。

つまりこの10年余りの間に、ベビー休憩室などの設備を設ける施設は確実に増えているにも関わらず“不便感”や“不足感”は解消されていないのです。

ここで10年前と現在を比べてみると、たしかに母乳育児をするママは増加していますし、さらにニーズも多様化していますから、ベビー休憩室の整備が追いついていない、という背景はあるかもしれません。でもおそらく、原因はそれだけではなく。

ベビー休憩室の計画自体にも、改善できる点があるように思うのです。

――授乳やオムツ替えのスペースは現実として増えているけれども、プランそのものに問題があって活用できていない、ということですか?

仲:具体例を挙げてお話しましょう。

ベビー休憩室の利用者にグループインタビューやアンケートをしてみると、いろいろな問題点が浮かび上がってきます。

例えば「オムツ替え」であれば、各階のトイレにオムツ替え台が設置されていることが多くなってきましたが、「授乳室」となると、大きくて広~いデパートでも子ども用品売り場のフロアにしかなくて困った!というご経験はありませんか。

――あります、あります!デパ地下やレストランにいたり、大人のための買い物をしている時に子どもがグズって、ベビー休憩室のある階まで移動するのに一苦労、なんてことがよくあります!

仲:赤ちゃん連れのママは、荷物も多いから大変ですよね。

この問題は、各階のパウダースペースに授乳コーナーを設けるといった方法で解決できることもあります。サービスを1カ所に集中させるのではなく「多室分散」という考え方に基づいてプランニングするのです。

ほかにも、ママたちの不満や困惑を拾ってみると。

「授乳とおむつ替えの混在」という問題もあります。私自身、この点に一番強く違和感を覚えているのですが。

おむつ替え台の横に電子レンジが置いてあって、プーンとうんちのにおいがする横でチーンと離乳食が温められる、またはそのすぐ横に授乳ソファが置いてあっておっぱいをあげるようになっている、という大人だったらあり得ない状況、もっと直接的な言い方をすれば“食事と排泄の混在”が、ベビー休憩室ではしばしば見られるのです。

――それも、よく分かります……「赤ちゃんがこんなトイレみたいな場所で食事をとらなきゃならないのだったら、大人と一緒にレストランで授乳させて欲しいなぁ」という気持ちになったこと、何度もあります。

仲:この事例を通して言えることは、大人を対象にする場合は絶対に避けたいデザインを、赤ちゃんに対しては無神経に、実態をよく知らない人がなんとなくオシャレ風にデザインしてしまうことがあって、それは赤ちゃんにとってもママにとっても決してうれしい環境ではないわよね、ということです。

ほかにも、これは自分自身の体験からも言えることですが、まるで反省部屋のように殺風景な授乳室も、すすんで利用したいとは思えないですよね。なんでこんな独房みたいなところに閉じ込められておっぱいをあげているんだろう、と悲しくなってしまいます。

それとは逆に、お城やお菓子の家のような過度にファンシーな授乳室も、パパなど男性は立ち入りにくいですよね。母乳エリアのみをあえてそうすることもあると思いますが、ミルクの調乳など、最近はパパと赤ちゃんだけのお出かけもありますから。

こんな風に、実際に利用している方たちの声に耳を傾けてみると、授乳室をはじめとしたベビー休憩室は「あれば使える」ものでは決してない、ということがご理解いただけると思います。

「授乳するならベビー休憩室へ行け」というご意見もあると思いますが、そこが健康な大人ひとりで移動するならどうということのない距離でも子連れには遠かったり、人が“食事”をするには不適当な場所だったりすることもある。

だから一概に「ベビー休憩室へ」と断じることはできないと思いますし、施設側にも、改善できる余地があるところもあるのではないか、と感じています。

――では仲先生の考える“理想のベビー休憩室”は、どんな環境になるのでしょうか。

ベビー休憩室は、ママと赤ちゃんの“隠れ家”ではない?

仲:私の理想は、少数意見になってしまうかもしれないのですが(笑)

私自身、「授乳」は本来、隠れてやらなきゃいけないことではないと考えています。

――でも先生は、隠れて授乳するためのスペースを作っていらっしゃるのですよね?矛盾していませんか?

仲:私はベビー休憩室が、ママたちを“隔離”する場所ではなく、もっと開けた、ちょっとホッとできる場所になるといいなと思っています。

至れり尽くせりで体重計からおもちゃまで備えられているものよりも、少し景色がよかったり、ゆったり座れたり。

極論をいえば、まるで気持ちの良いカフェのような感じで、ママやパパがくつろぎながら授乳できるところが、ママと赤ちゃんにとって最もいい環境なのではないかなぁ、なんて。

そしてそこで、ほかの赤ちゃんの様子を見たり、時におしゃべりをしてみたりというのも、リラックスのひとつになるかもしれません。

ですので、個室ブースになっているベビー休憩室は、実はあまり好きじゃなかったりします。畳敷きのような大部屋で授乳やオムツ替えをするのも、悪くないアイデアじゃないかとすら思っているほどで。

あと、授乳室にはたいてい窓がないのですが、私はこれには疑問を持っていて、景色を楽しみながら授乳したいママもいるんじゃないかな。

とはいっても、自身の設計経験からの実感ですが、施設側から「個室化」や「閉鎖性」を求められることも多く、それゆえに席数が増やせないというケースもあります。

廊下などパブリックのエリアから少しでも見えるような配置になっていると、図面にピーッと視線を指す斜めの線を引かれて「ダメです!」とチェックを受けることも……なかなか、厳しいんですよ(笑)

共用のスペースを効果的に設けることで席数を増やし、より多くのママが利用できるようにするのも、ママたちの“不足感”を解消する方法のひとつです。お友だち同士での利用もできるでしょうし、そこでの交流がママの心を和らげることもあるでしょう。

こういったメリットと「個室化」とのバランスも、今後の課題といえるかもしれません。

――授乳室の個室化傾向は「公共の場での授乳」が問題になる、いまの日本社会の縮図ともいえるかもしれませんね。

仲:では海外の事例もいくつかご紹介しながら、日本のベビー休憩室の将来について考えてみましょうか。

「授乳室」でも進む日本の“ガラパゴス化”?ママを支えるシステムやデザインって?

仲:外国の調査はまだ始めたばかりで、全貌がはっきりしているわけではないのですが、参考例として。

例えばシンガポールでは、大きな商業施設でも日本のような大きなベビー休憩室が設置されているわけではなく、個室が各階に配置されていました。

かなりのスペースを割いてオムツ替えも授乳もセットになった個室を並べている施設もあり、プライベートを大事にする傾向が強かったように感じました。

イギリスは、シンプルな個室形式が多かったですね。なかでも印象的だったのは、世界的な建築家ユニットとして知られるヘルツォーク&ド・ムーロンが設計したロンドンのテートモダン(美術館)でしょうか。全体のデザインと統一した授乳室があって、さすがだと思いました。

こんな風に各国のベビー休憩室に飛び込んでみて、私がいま持っている仮説は「日本はガラパゴス的に授乳室が充実しているのではないか」ということです。

授乳室が充実し過ぎてしまっているのも、あまり良い傾向ではないかも、とも思っています。

――ベビー休憩室の設備が充実しているのは、ママたちにとってありがたいと思うのですが、そうではないということでしょうか。

仲:私は授乳室の設計に熱心に取り組んでいますが、すでに申し上げたとおり自分自身がまるで反省部屋のような殺風景な授乳室で授乳した経験があり、それがきっかけでこういった研究や活動を始めました。

言うなれば「少しでも快適な授乳環境をつくりだしたい!」という思いでしていることで、そこに赤ちゃんと家族を“囲い込む”ために設計しているわけではないのです。

授乳室という空間も、赤ちゃんと家族が社会の中で幸せに暮らすことを支える多くの方法のひとつであって、社会から隔絶させた場所に育児の全てを押し込んでしまうためのものではないと考えています。

――だからこそ、ベビー休憩室があまりに何もかも行き届いている必要はないのではないか、とおっしゃるのですね。

仲:自身の研究活動の一環として有識者にお話を伺うなかで目から鱗が落ちたことがあります。それは「授乳室って優先席のようなものだと思う」という一言です。

電車などの公共交通機関でみかける優先席は、高齢者、障害者、妊婦、乳幼児連れなどが優先的に座ることができる席のことです。

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仮に普通の席に高齢者などが座っていたとしましょう。そのときに「優先席があるのだから、ここに座らないで優先席に座れ」と言われたとしたらどうでしょう。そのような社会は、私たちが望む姿でしょうか。

授乳室についても同じことがいえるのではないかというご指摘は、大変示唆に富むと私は思います。優先席がなくても高齢者に自然に席を譲ることができるように、授乳室がなくても授乳が必要な時は授乳ができる社会、それを支えるデザインやシステムはたくさんあります。

ところで、先ほど「有識者」と言いましたが、きっとこの記事を読んでくださる方のなかには、この方のお名前を聞いたことのある方もいらっしゃると思いますよ。光畑由佳さん、授乳服を作っているモーハウスという会社の代表の方です。

授乳服も、ほかには授乳ケープといったツールも、授乳が必要な時に授乳ができる社会を支えるシステムですよね。

そして、授乳が必要な時に授乳ができる社会を支えるシステムのひとつとして「授乳室」や「ベビー休憩室」もあるのではないでしょうか。

――「授乳が必要な時に授乳できる社会」を支えるデザインやシステムは「たくさんある」。この視点は「公共の場での授乳」問題で追い込まれがちなママにとって、大きな救いになるような気がします。

仲:解決策はひとつではなく、いくつもの方法があるのです。

さらに、さまざまな視点から議論することが、子どもと家族の未来を考えることにつながりますから、いまこのような論争があることは「こども環境」にとってはとても良いことだとも言えると思います。

ママのひとりとしてその激しいやり取りに心を痛めることもありますが、そのように信じています。

私も数ある解決策、数あるデザイン、数あるシステムのひとつとして、ママや赤ちゃんがちょっとホッとできるような、そしてパパやおじいちゃんおばあちゃんや、社会に開かれた「ベビー休憩室」をご提案してゆけるように、これからも研究や開発を続けてゆくつもりです。

【取材協力】仲 綾子(なか あやこ)先生 プロフィール

東洋大学ライフデザイン学部人間環境デザイン学科准教授。一級建築士。公園・保育園・こども病院などの設計に携わりながら「こども環境」について研究、提言を行っている。
企画・制作したコンビウィズ株式会社『ベビー休憩室コンセプトブック』(2013)では【2013年度キッズデザイン賞 優秀賞(少子化対策担当大臣賞)】も受賞。ベビー休憩室のコンセプトやレイアウトプラン等、これまで明確な指針のなかった分野に詳細な解説と提案を行い、全国で活用されている。2児の母。


公式サイト:仲建築研究所  記事企画協力:光畑 由佳

2017年08月15日   日刊アメーバニュース


【塀の中の摂食障害】女子刑務所の患者増加~彼女たちはなぜ万引きを繰り返すのか

2017年08月17日 00時32分44秒 | 障害者の自立

 極端な小食でやせ細ったり、むちゃ食いしては嘔吐を繰り返すなどの摂食障害。女子刑務所には、この摂食障害を患う受刑者が増えている。多くは窃盗犯で、服役を繰り返す者も多い。なぜなのだろうか。その現状と背景、対応などを4回にわたってレポートする。

万引きがやめられない

 札幌刑務支所は、最も北に位置する女子刑務所だ。ここに服役するA子(35)は、南関東の出身。万引きを繰り返し、何度か捕まった末に、とうとう実刑判決を受け、初めての服役中だ。

 きっかけは、20歳の時、両親が離婚したのを契機に、祖母の家で暮らすようになったことだ。その時の寂しさは、何かを食べている時だけは忘れられた。

 ついついたくさん食べ、食べ過ぎた後は嘔吐するようになった。症状は進み、普通に食事をした後、さらに2食分くらいの食べ物を詰め込むようになった。食費の出費が収入をはるかに上回るようになった。

 「これくらい大丈夫だろう」という気持ちで、食品を万引きしたところ、うまくいった。当初はドキドキしたが、回を重ねるうちに、緊張感もマヒしていった。

 いつもたくさん買っている店なんだから、少しくらい盗んでもいいだろう、などと自分を正当化。そのうち、ほぼ毎日、どこかの店で食品を万引きするようになった。手口はどんどん大胆になり、カゴごとレジを通らずに外に出ていたこともあった。

 あまりに大胆過ぎたせいか、なかなか捕まらなかった。それでも、終いには警察に突き出された。

 「なんてバカなことをしているんだ」と、その時は思った。でも、釈放されると、その気持ちはすぐに薄れた。そんなことを繰り返し、裁判にかけられた時も、判決に執行猶予がつくと、すぐに万引きしては過食、嘔吐を繰り返す日常に戻った。

 母の再婚相手の紹介で、病院に行ったこともある。食欲を抑える薬を処方されたが、医者が本当に自分のことを分かってくれているのかと、信頼感を持てず、すぐに行くのをやめた。

 そうこうするうちに、また捕まり、とうとう実刑判決。初めて刑務所に入った。

ここを出るのが怖い

 刑務所では、自由に食品が手に入らず、他の受刑者との共同生活で人の目もあることから、今は普通の食生活ができている。

「社会に出たら、きちんと仕事をして、貯金もしたい。そのためにも、体力を落とさないで戻りたいですから」

 問題は、今の食生活を出所後も続けていけるか、だ。

「怖いです、正直。ここにいれば、3食出していただいて、きちんと食べているけれど、外に出たらいろんなモノがあふれている。また誘惑にかられてしまうんじゃないかという怖さがある」

 深夜でも食べ物が手に入る時代。コンビニの普及もあり、誘惑は至る所にある。

年々増える摂食障害の女子受刑者

 女子刑務所には、A子のように摂食障害を抱える受刑者が増えている。

 そのことが問題視され、法務省では2013年から毎年、「拒食、嘔吐等を繰り返す等により、他の受刑者と異なる処遇を行う女子受刑者」(摂食障害受刑者)の数を調査している。同年には124人で、全国11カ所の女子刑務所と3つの医療刑務所に収容されている女子受刑者4159人の3.0%だった。それが、その後も年々増え、今年7月1日現在には199人。女子受刑者の20人に1人以上が摂食障害という状況だ。

 しかも……。

「実際にはもっと多い可能性があります」

 そう指摘するのは、摂食障害学会副理事長で内科医の鈴木眞理・政策研究大学院大学教授だ。

「社会では過食嘔吐をしていたけれど、体重はそこそこ普通にあり、医療機関にもつながっておらず、本人が隠している場合、見逃されてしまうことが考えられますから」

 罪名は窃盗がダントツに多く、今年の調査でも139人と約7割を占める。中でも132人が食品などの万引きだ。年齢は20代から60歳以上までと幅広い。

摂食障害の症状としての万引き

 摂食障害に伴う様々な問題行動の1つとして、万引きがあることは、専門医にも指摘されている。A子のように、何度も捕まり、罰金や執行猶予判決を経て、それでも止まらずに捕まったケースは、いわば氷山の一角。摂食障害に詳しい高木洲一郎医師らのグループが、自身のクリニックなどを受診した摂食障害患者を対象に行った聞き取り調査では、患者の44%が万引きを告白している。

 それによれば、万引きをする時に所持金があった者が8割。買おうと思えば買えたのに、万引きを繰り返す。動機としては「どうせ食べて吐いてしまうのだから、自分のお金を使うのはもったいない」「お金がいくらあっても(過食のために)足りないし、少しでも節約したいから」と、いかにも自己中心的な理由が並ぶ。

 けれど彼女たちの多くは、子どもの頃はどちらかと言えば「いい子」で、道徳心も人並み以上に強い方だという。

 なぜ、摂食障害になると、当たり前の倫理観をうち捨てて、万引きに走ってしまうのか。先の鈴木はこう語る。

「摂食障害の患者は、食べても吐いてしまうので、脳が飢餓状態にあります。それに、食べ物やお金を貯め込んでおかないと不安で仕方がない。摂食障害により、食べ物に執着する一方、認知機能が落ち、善悪の判別力や抑制機能が低下するため、目の前に食べ物があると衝動的に手が出てしまう。摂食障害患者の万引きの多くは症状の1つ、と言えます」

 2013年12月に閣議決定された犯罪対策閣僚会議の「『世界一安全な日本』創造戦略」でも、「摂食障害等の女性特有の問題を抱えている者」に対する支援の必要性に触れており、摂食障害と犯罪との関わりは、もはや政府も認めるところとなっている。

「お姉ちゃんだからしっかり」

 出来心で一度か二度というのではなく、A子のように、捕まって一時的に反省しても、繰り返し事件を起こすのが摂食障害患者による万引きの特徴だ。

 そのため再犯者が多い。上記法務省調査でも、刑務所に入るのは2度以上の者は115人と、摂食障害受刑者の6割近くを占める。

 同じ札幌刑務支所に収監中のB子(39)もその1人だ。

 ほっそりしているが、病的にやせているわけではない。長めの髪を後ろで器用にまとめ、化粧気がない肌は、透けるように白い。時折見せるあどけない笑顔もあって、実年齢より遙かに若く見える。言葉遣いは丁寧で適確。しかも楚々とした雰囲気の彼女が、4度目の受刑と聞いて驚いた。

 中部地方に生まれ育ったB子は、3人姉妹の長女。一番下の妹が重い障害を持って生まれ、入退院を繰り返していたこともあって、幼い頃から「お姉ちゃんなんだからしっかりして」と言われて育った。B子自身も、「私はお姉ちゃんなんだから、しっかりしなきゃ」と自覚していた。

 両親がキリスト教系新興宗教の信者で、しつけは教えに則って厳格。ムチで叩かれるなどの体罰を受けたこともあった。それでもB子は親の期待に応えようと努めた。甘えやわがまま慎み、週に3日は教団の集会に参加し、母の布教活動にも必ず付き従った。

食べ物は嫌なことを忘れさせてくれる

 高校卒業後は進学せず、宗教活動中心にしながらパートで働く生活になった。そんな彼女に摂食障害の症状が現れたのは24歳の時。

 教団内の人間関係に悩んだ。生真面目なB子は、他の人の教義にそぐわない言動が受け容れられず、ストレスが溜まった。母は忙しそうで相談できない。しかも母は、祖母の死後に変調を来して入院。見舞いに行ったが、その時に服用していた薬の影響もあってか、娘の顔を認識できず、「あなた、誰?」と聞いてきた。

 一時的な現象ではあったが、B子は大きなショックを受けた。「私は母に愛されていないのではないか」と疑念が湧いた。

 そんな時、大食いすると嫌なことをすべて忘れられた。食べ物は、気持ちを紛らわせてくれる、と思った。酒やギャンブルが禁じられた教義に反しない、ストレスのはけ口でもあった。

 先の摂食障害の臨床経験豊富な鈴木教授によれば、「摂食障害は、現実から逃避する手段」。やせることや食べ物だけに意識を集中させていれば、つらい現実を考えずに済む。摂食障害患者は、生真面目な一方、融通が利かず、ストレスをうまく解消することが下手な人が多い。拒食や過食が、ストレスから逃れる唯一の方法になり、深みにはまる。B子はまさにその典型だった。 

 食べることだけが、心の支えになった。食べても食べても、なかなか満足できない。体重はどんどん増えた。自分でも、この状態はおかしいと思い、精神科を訪ねた。だが医師は、「大丈夫だよ。太った精神病患者なんていないから」と笑い飛ばした。

 B子は、バカにされた、と思った。

「もう医師を頼ることはできない、自分でなんとかしなければ」

 そう思って運動をしてみたが、とても食べた分のカロリーを消費することはできない。ベスト体重が45キロのB子が、64キロにまでなった。

 その頃、テレビか雑誌で、「吐いてしまえばカロリーはプラスマイナスゼロ」という発言を見聞きした。なるほどと思い、試してみた。指を喉に突っ込んだが、最初は涙と鼻水が出て来るだけで、うまくいかなかった。それでも回数を重ねているうちに、スムーズに吐けるように。半年もしないうちに、指を使わなくても、腹筋に力を入れるだけで吐けるようになった。

吐くことに快感を覚える

 菓子パンと炭酸水の組み合わせが、B子にとっては吐きやすい「王道」だった。しばらくして、食べること以上に、吐く行為が快感になっていった。吐いている間、脳が酸欠気味になるのか、ふわふわとした気持ちよさがあった、という。それを求めて、へとへとになるまで食べては吐く日々。

「吐かずには生きていけず、でも、吐くと今度は後ろめたさが募りました」

 そんな自分を忘れるために、また食べては吐く。薬物依存ならぬ、過食嘔吐依存の状態だった。

 この異常な食行動は、そのうち母に知られるところとなった。母は娘を監視し始めた。トイレに行くと、ドアに耳をつけて中の様子を聞く。帰宅すると荷物をチェック。部屋に室内に食べ物を隠していないか、外出している間に捜索する。みつかると、机の上に並べて「これは何なの?」と詰問した。

 B子のストレスはますますたまり、母に隠れてこっそり食べて吐く時だけが心安らげる時間だった、という。

”悪魔のささやき”が聞こえる

 母との確執が激しくなる中、食べ物の万引きが始まった。聖書の教えでも、盗みは強く戒められている。信仰の世界に生きていたB子だが、衝動にかられ、ほとんど無意識のうちに、商品に手を出していた。

 何度も捕まり、警察に突き出された。最初のうちは起訴猶予で釈放されたが、後に裁判を繰り返し受けるようになる。判決も、服役期間が最初は8か月、次は1年、その次は1年10月と長く厳しくなっていった。教団からは排斥された。

 刑務所ではいじめにも遭った。出所のたびに、「こういう経験はもうしたくない。今度こそがんばろう」と思う。それに刑務所内では、食事の量が決められているのと人の目があるために、吐かずにいる生活ができていた。もう私は大丈夫……そう思っても、自由に食べ物が手に入る環境に戻ると、症状はぶり返した。「吐いちゃいけない」と思うと、余計に吐きたい衝動にかられる。どこからか「吐け!」という”悪魔のささやき”が聞こえた。その”声”は、万引きへと彼女を突き動かすスイッチにもなった。

 前刑を終えた後、東京に住まいを移した。仕事を始めた後、ある男性と知り合い、交際が始まった。実家を離れたせいか、あるいは恋にときめいていたせいか、症状はかなり治まっていた。プロポーズされ、ためらいながらもそれを受けた。摂食障害や前科は隠していた。

結婚式の直前に……

 幸せの絶頂期。それが暗転したのは、結婚式を3週間後に控えて実家に帰った後だった。実家で母親と喧嘩になった。それが引き金になったのかもしれない。東京に戻り、職場の上司を訪ねる際の手土産を買おうとデパートに入った時、あの「吐け!」という声が聞こえた。その後の記憶はない。気がつくと、和菓子を万引きしたとして、警備員に捕まっていた。

 これまでの事件も、万引きする時のことはほとんど覚えていなかった。店内のビデオを見ると、確かに自分が商品を盗っているのは確かなのだが、どうしても状況が思い出せない。後に、2つの医療機関から「解離性障害」と診断された。摂食障害は、このように他の障害や病気と重なる場合もある。

 B子は、前科もあることから、常習累犯窃盗罪で起訴された。結婚は破談になると覚悟した。けれども、すべてを知った婚約者は、「病気なら治せばいい」と言ってくれた。彼の両親も、「娘として待っている」という言葉を伝えてくれた。

治療とカウンセリング

 今度こそ、本当に治そうと強く心に誓った。保釈後、依存症の専門病院に入院。そこでは、同じ摂食障害の仲間がいて、自分の気持ちも正直に話すことができた。カウンセラーの資格も持つ弁護人が、気持ちをじっくり聞いてアドバイスをしてくれたこともあり、自分の問題をじっくり考えることができた。

「どうせ吐いてしまうのにお金を出すのはもったいないという気持ちがなかった、というと嘘になるけれど、今考えると、聖書の教えで戒められている盗みをすることで、母に心配してもらいたい気持ちが根底にあったと思う」

 人間関係の悩み、とりわけ母親との関係が背景にある摂食障害患者は少なくない、と聞く。B子は、セラピーのワークショップにも参加し、母との関係を見つめ直した。

「母にとってみれば、右手には障害のある妹、左手にはもうひとりの甘え上手な妹を抱え、両手が塞がって、私に手をさしのべようと思っても、できなかったのかもしれない。自分から『お母さん、お母さん』と甘えられなかった私にも原因があるのかな、と」

 裁判は、一審が懲役2年の実刑判決だったが、控訴。結婚後に立ち直った姿を見せて、控訴審で執行猶予をつけてもらうことを目指した。

 ところが……。

反省や決意や誠意では克服できない病

 勤務先が北関東に変わった夫との新婚生活が始まった。環境の激変で、ストレスがたまり、またもや食べ吐きの衝動を抑えきれなくなった。ある日、買い物に出掛けると、また「吐け!」の声が聞こえた。

 はっと気がついたら、警備員に捕まって、店の事務所に連れて行かれていた。カバンにパンやお総菜を詰め込んでいたのだった。

 「またやってしまったのか……」と激しく落ち込んだ。もう死ぬしかない、と思い詰めた。夫は「僕がいてもダメなのか…」と失望し、離婚を告げた。

 控訴審での執行猶予はもちろん認められず、新たな事件も合わせると、服役期間は3年半と決まった。人生のどん底だった。

 そんな中でも、まったく希望がなかったわけではない。専門病院に入院中に知り合った患者仲間が、遠方から夜行バスで拘置所まで面会に来た。盗癖について、「1人で抱え込まないで、なんでもっと早く言わなかったの?」と叱ってくれ、「応援してる」とも言ってもらえた。

 これまでは、服役していたことを隠すために、経歴などで嘘をつかなければならなかったが、同じ摂食障害を持つ仲間には、隠さず何でも話そうと思った。

「摂食障害が犯罪に直結してしまうので、絶対に治さないと。そのためには、治療を受けるのはもちろん、自分の中に貯め込まないで、少しは人を頼って、弱い自分の気持ちも話していきたい。自分の中に負荷ががかかりすぎると危ないので」

 B子は、プライバシーにわたることまで、私の質問のすべてに、1つひとつ真っ直ぐに答えた。後日、かつての弁護人をみつけて確かめたところ、彼女の話は、自分をよく見せるための誇張も隠し立てもなく、すべて事実だった。

 私の取材を受けた理由を、B子はこう語った。

「こんな私の話がお役に立って、誰かが同じ苦しみをしなくて済むんだったら、と思って……」

 こうした誠実な人柄も、やりとりの際の言葉の選び方に感じた聡明さも、「今度こそ」という決意も、過食嘔吐やそれに伴う万引きの再発を防ぎきれない。その現実に、この病の深刻さを感じる。

 それでも、病を克服しなければ、再犯のリスクはつきまとう。出所後の彼女が、本当に今度こそ、適切なサポートと治療に巡り会えるようにと、祈らずにいられない。

(敬称略)

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