昨日、12月26日(土曜日)密を避け、三社参りの内、二つの神社へ参ってきました。まずはJR黒崎駅から徒歩圏内、歴史ある岡田宮へ。
http://www.okadagu.jp/ 公式HPはこちら。
15時半頃、到着。
写真を取り損ねてしまいましたが、三の鳥居は元禄13年(1700年)建立。
文化2年(1805年)に書かれた太田南畝の「小春紀行」にも登場するそうです。
迫力ある佇まいです。
本殿 享保3年(1718年)造営。菊の御門ということは…天皇家とかかわりがある神宮だということが分かります。参拝後、「ご自由にお取り下さい」コーナーに置いてあった、パンフレットを一枚失敬。
岡田宮略記 神武東征の宮 二千六百七十五年 によると、
「現在の遠賀地方を治めていた熊族が、その祖先神を奉斎したのが始まりであると伝わり、日本最古の書物である『古事記』においては、神武天皇が日向より東征の途次、一年間この岡田宮に滞在されたことが記載され、また神功皇后が新羅征伐の折に親祭したと伝わる北部九州有数の古社」なのだそうです。そのことを象徴するかのように、神武天皇・皇后の顔ハメがありました。天皇皇后の頭の左上で、キヨエが 「バカ―ッ!」と言っているようにも見えますが、勿論、そうではありません。八咫烏(やたがらす)です。説明は後ほど…φ(..)メモメモ
「鎌倉時代に入ると、建久五年(1194年)に東国の御家人である宇都宮重業(山鹿氏、麻生氏の祖先)が源頼朝より当地を与えられ、藤原兼直(波多野兼直)に当社を奉仕させたといいます。」
お馴染みな名前が次々登場! そんなに由緒ある神社だったの!?と今更ながら驚く私。
ヾ(・ω・*)なでなでしたいですが、コロナなのでぐっと我慢。
安産&子宝は自分には関係ないですしね(;^_^A
「江戸時代に入り、黒田氏が筑前に入国すると、当地は筑前六宿(長崎街道)の起点・黒崎宿として整備され、慶長十年(1605年)に当社も福岡藩祈祷社・黒崎宿産士神に定められました。」
八咫烏(やたがらす)コロナ禍で先が見えない時代だからこそ、人々の人生を導き照らす、道案内の霊鳥が有難いですね。エアなでなでしてきました。 皆様もどうぞ~ヾ(・ω・*)なでなで
勝利をもたらず霊鳥、金鵄だそうです。昨夜のフィギュアスケート日本選手権男子は凄い戦いでしたね。羽生結弦選手のSEIMEIを思わせる圧巻な滑り!フリーの演技に釘付けでした! 上杉謙信公が乗り移ったかのような… まさしく金鵄の御神徳を受けたかのよう。
昨日は、「ホークスリーグ優勝、日本一再び!2021年もお願いします!✋」と心の中で。エアヾ(・ω・*)なでなで
仕事を15時15分に終え、そのまま年内に参拝することにしました。結構、参拝客がいました。昨日はお天気にも恵まれ、午後は特に穏やかで暖かな日でした。そういう訳で、二社目を参拝することに。岡田宮の近くにある、黒田長政ゆかりの神社を目指します~ 次回へ続く。
今日は曇りのち雨。午前中、11時頃から『駅』を弾いて以来のピアノに向かいました。ベートーヴェン生誕250年なので、ベートーヴェン大先生が作曲した「エリーゼのために」を練習。初めてなので難しい~~~ (初級の初級レベルの自分には特に! 指が動かない)しかし、楽しい時間でした~♪