岐阜基地所属の航空自衛官の武田光稀三尉が上司の斉木敏郎三佐と共に、四国沖で高度一万メートルから二万メートルへ急上昇を実行することになっていた、その上空から一つの物語が始まる。この時、突如、未確認物体に機体が接触し… 生き残ったのは、武田光稀だけだった。
もう一つの物語の舞台は、空から川へ ふわっと くらげのように舞い降りてきた物体の第一発見者である高校生男女の二人、斉木瞬と幼馴染の佳江がいた高知県。
岐阜/名古屋と高知県を結ぶのは、高校生、瞬からフェイクと名付けられた物体。 それは、二万メートル上空で 静かに生息していた巨大な物体から事故の際、剥がれ落ちた物だった。
謎の航空機事故で父を失った瞬は、ある日、父のケータイに電話をかけてみる。通じる筈がない、そのケータイから聴こえてきた声は… 人間の言葉を たどたどしく話すフェイクからだったのだ…!?
瞬はフェイクを 「家族」と呼び、猫かわいがりする。まるで父を失った現実から目を背けるかのように。幼馴染の佳江は、そんな瞬のことを このままじゃいけない、フェイクは それなりの機関に献上して調べてもらった方がいい、と 何度も戸惑いながらも助言するのだが… 瞬は聞き入れない。
そんな ある日、TVニュースを見ていた瞬は、航空機事故の原因は、フェイクの母体である同じ種類の物体に機体がぶつかったからだ、という事実を知ることとなる。
「寄るな!」
突然フェイクを罵倒し、拒絶し始めた瞬。 お前の仲間が俺の父さんを殺した、と瞬はいう。しかし、フェイクには訳が分からない。瞬も心の奥底で分かってはいる。フェイクに責任がないことも。フェイクのせいではないことも。単なる八つ当たりだということも。
そんな時、フェイクの母体が他国の攻撃を受け、何千、何万に砕け散り、それぞれフェイクのように意思をもって行動し始めたのだ。それらは日本にとって、特に高知の県庁付近に降り注ぎ脅威となり多くの人が命を失い、市街の中心にいた佳江も…。
「フェイク! 佳江が危ない! お前の仲間を殺せ!」
フェイクには 「殺す」の概念が分からない。瞬が教えた言葉や概念だけを理解し、習得していく まだ幼児のようなフェイク。元々(母体)は高い知能を持っているにも関わらず、フェイクには剥がれ落ちる前の記憶がない。(やがて記憶が戻るのだが…そこからフェイクの苦しみが始まる)
「フェイク、瞬、喜ぶ、を、する!」
フェイクは自分の仲間に…いや、分身に… 自分自身に挑んでいく… 瞬のために。
「フェイク、食べる、やめない。瞬、フェイク、闘う、を、望む」
仲間を食べ続けるフェイク。食べられた仲間はフェイクの一部となり、やがて巨大化し…
…
(瞬、早く、やめさせなければ…! そうでないと、フェイクは…)佳江と一緒になって、どうにかしなきゃ、と思う。読者である自分は、すっかり佳江の気持ちに寄り添っている。途中、「フェイク~! 共食いじゃないの! 誰と闘ってるのよぉ」「そこまで純粋に瞬のことを?」「母体から剥がれ落ちて、孤独を救ってくれたのが 瞬だったんだよね…フェイクにとっては、瞬が唯一無二の家族なんだ…その概念を教えたのは、瞬だっけ…」
色々思った。色々考えた。 ここまで謎の物体として登場したフェイクに感情移入するとは、正直、自分でも驚いた。
だけど…。
ここまで ざっと要約を書いてみたが、(物語の冒頭から中盤にかけて~)先週、火曜日から読み始め、先ほど、読み終わったところ。ほぼ一週間かけて。500ページを超える分厚い本ではあっても、こんなに時間をかけて読むこと自体、珍しいこと。自衛官側の物語、と高校生の二人、それに 川で漁師をしている宮じいなど、高知を舞台とした物語が交互に語られ中盤まで。読ませます! 勿論、その間に彼ら、彼女らは接触し、物語は後半へと更なるクライマックスへと進んでいくのですが。
…。
すみません、ここから文体、変えます。
中盤で、涙ぐんでしまいました、すでに。フェイクの たどたとしい言葉遣い。シンプルゆえに、ズキーンと読者の心に突き刺さるものがあります。純粋で無垢なフェイク。私には 生まれたばかりの赤ちゃんとフェイクをだぶって見てしまい、何て奥が深いのだろうと。周囲の大人から発せられた言葉をどんどん吸収していく赤ちゃん、更には幼児、そして子供たち。 「面倒~」という子の周囲には、「面倒くせぇ~」が口癖の大人がいないだろうか、など(単に例えです)あらゆる場目が浮かび、胸が苦しくなりました。フェイクが瞬を通して世界観、価値観、言葉を習得していく過程は、そのまま人間が人間を育てる過程の大切さを物語っています。「瞬、いつから そんなに偉くなったがか? 人生、それっぽっちしか生きていない瞬が、フェイクを立派に育てられると思うたがか?」(土佐弁、違うかも? ちゃんとページを調べて書くべきですが…本が手元にないので御免なさい) 宮じいの言葉が じ…んと響きます。
更には人格結成。 フェイクの母体は、自衛隊によって Dickと名付けられるのですが、元々一つであった母体がバラバラになった時、それらは3つの異なった性格を表面化します。それらは、
温厚な性格。無関心(中立的)な性格。攻撃的な性格。
いわゆる多重人格状態に近いんじゃないか…と思いながら読んでいると、小説の中で、そのような結論に達し、皆で模索していきます。どうすれば、元々の性格、温厚なDickとして一つのアイデンティティを取り戻させることができるのか? これも この小説の大きなテーマの一つとなっています。参考文献からも、それは伺えます。かなり勉強して執筆しているんだなと。
涙無しに読めない部分は、帰属先を知ることとなった、フェイクのこころ。 元の自分、母体であるDickが、これまで仲間を食べてきたフェイクを寛容にも「受け入れる」と言ってくれている。だけど、それを受け入れるということは、瞬の父を殺した(らしい)自分の仲間、すなわちDickに帰属するということで、瞬を裏切ることになるのではないか?
板挟み状態のフェイクは、瞬に問いかけます。
「人間も、Dickも 両方 平和に 暮らす方法は ないのか?」と…。
物語のテーマは、いくつにも及び、殆ど自分が触れていない航空自衛隊側のもう一つの物語、恋物語?も楽しめる、一冊で二冊分以上に読み応えがある小説でした。
最後に「解説」のページを開いて驚いたのは、私が中学生の頃、好きな作家さんの一人だった、新井素子さんが書いている!という点。 その新井素子さん♪ 最後の二行に、こう書いていました。
読め。
面白いから。
大御所の作家さんが、そう言っているんですから。私からも ひと言。
読んでみて。
きっと 泣けるから。