この長雨は、一体どうしたことか・・・。今週に入り、ずーーーっとじゃ! 一週間も、降り続いているではないか。仕事を終えたワシは、空を見上げ、小雨になったときを見計らって職場を後にした・・・・
しかし・・・・雨に降られてしまった。
「かあさん。ふられてしまったよ。とほほっ・・・」
ワシの台詞をどう勘違いしたのか、愛妻は神妙な面持ちでワシの顔を穴が開くほど見つめた。
「あなた・・・・。まだ、おモテになられたのですね。私の知らないところで?
フラレタ・・・・のですか。女性問題を家庭内まで持ち込まないで頂戴な 浮気なら、妻にバレないようにするものですよ」
「・・・・・・」
数秒間、ワシは考えた。
女性問題・・・いや、そうではなくてじゃな。おなごにフラレタ訳ではなくて・・・じゃの。雨に降られたわけで・・・ ワシの必死の言い訳に気を良くした妻は言った。
「何をそんなに慌てて言い訳して。かえって怪しいわねぇ。雨に降られたことくらい、分かってますよ。帰りが遅いのは渋滞にでも巻き込まれたからですか?」
「そっ・・・そうじゃ、そうじゃよ! 脅かすなぁ。あははははっ」
ワシは、手洗いうがいをすませ、そそくさと書斎へ逃げ込むとパソコンくんを開いた。
職場で英会話? はて? 何じゃろな??
取引先へ電話 しようと、受話器を耳にあてた瞬間、西村チーフが背後から、話しかけてきた。
「鈴木さん、英語で信号機は何て言うんでしたっけ?」
「トラフィック ライトです。」
「トラフィック ライトかあ。じゃ、トラフィック ジャムってどういう意味ですか?」
「トラフィック ジャム? 渋滞のことです。」
ふと、私の目には、西村チーフの背後に じっと立って、こちらを注視している店長の姿が映った。
どきっ 取引先へ電話するように私に指示を出したのは、店長である。
返答を待っていると思われる。
自分の真後ろに、店長が立って、こちらを見ていようとは、知る由もない西村チーフは、おしゃべりを続けた。
「いやあ、さっき、外人のお客さんに英語で話し掛けられて・・・。信号機って単語、英語で何だったか 分からなかったんですよ」
道案内でも、たずねられたのだろうか。
「トラフィック ランプですね」
ニコニコ顔で、立ち去ろうとする西村チーフに、慌てて声を掛けた。
「いえ、違います! トラフィック ランプじゃありません ランプじゃ・・・。トラフィック ライトです ライト」
私は、思わず、上を見上げ、電燈を指した。
「ああ、そうか。ライトか」
西村チーフは、満足気に納得し、その場を立ち去った。
ずっと、チーフの背後にいて 会話を一部終始 聞いていたであろう店長も、何も言わずに、その場を立ち去ったのである。
内心、ほっ。
そして、数週間後。
「グロッサリーの鈴木さん、10番まで!」
これは、西村チーフの声だ。
発注のさなかに呼び出すなんて、冷凍食品が入荷されたか 緊急事態発生に違いない。
私は、急いでバッグへ行った。
ところが、バックへの戸口に立って待っていたのは、鮮魚の社員で、西村チーフは、なぜか、扉の影に 隠れるように、立っていた。
「さっき、外人さんが鈴木さんは?ってたずねてきてね。この辺にいるように言ったけど、向こうのほうへ歩いて行ったよ」
魚屋さんが言う方へ歩いて行くと、マレーシアのロスナニちゃんが待っていた。
久しぶりねー 二人で、喜び、飛び跳ねた。
研修旅行で、水俣へ行っていたそうである。
親切なスタッフに私のタイムテーブルを書いてもらったそうだ。
そういえば、岸辺さんが、そう話していたっけ。
「今、いませ~んって外人風に言っておいたよ」
って。(笑)
先ほどまで、隠れていた西村チーフが、私たちが御喋りしている すぐそばで、 作業を始めた。
気のせいか、彼の耳は、ダンボのように、こちらへ向いているような気が・・・。
アンテナは こっち向いてるわね、こりゃ。
絶対、こっちを意識してる。
怖いもの見たさに 周囲をうろつくスタッフ達であった。