老人雑記

生活の中で気づいた浮世の事

整理

2017-03-24 09:19:32 | 俳句
     

いつ引越しの事態になるやも知れぬので、荷物の整理をしている。
まず 必要のうすい本や雑誌の整理から始めている。

俳句の再開をして丸五年が過ぎた。
今は kOSI 一誌で勉強をしている。
正直なところは、この5年の間に、 KOSI 以外に3誌に投句をやった。
全国で名前のしれた超有名誌ばかりである。

そして最後に選んだのが KOSI。
一番、選句は容赦のない簡単そうな句風でありながら難しい俳誌であった。
ある俳誌は 5句投句でこの私でも月によっては5句載ることも。
あと2誌は現在のわが師の云うところの言葉のレトリックで、読者を煙に巻いてしまう。
それを抽象的だといえば聞こえはよいが、単にちんぷんかんぷんの句が混じっていたりして、私の肌にあわなかった。

一度同人になれば、俳句の良し悪しにかかわらず、同人欄に俳句以前の俳句が載っている。
一度、一時期に賞をとるような実力に優れた時期があったにしても、それがいつまでも続くかと云うこと。
主宰がそれに目を瞑り何も云わずに弟子達に阿る姿に疑問を感じる。
登龍門の一つ「角川俳句賞」をとっても、名前の消えていった人は数知れない。
同人が同人らしからぬ句を出して安穏としている俳誌はパスをした。
そんなこんなで KOSI に。

全没は悲しいけれど、全国的な賞をとろうが、没は没、何年も同人であろうが没は没、皆さんに平等の選をする。
師はそんなに、いつもいつも良い句ばかり、数を揃えて作れはしないと思うと云う。波があって当たり前とも。
それが、(死ぬまで推敲をしろ)と云う言葉になる。
昨日、今日、結社に入ろうが良い句は良い句として選をされたのが、そもそも私には新鮮であったし、今もって信じるところである。

       

必要の無い本を捨てる束を作りながら様々な5年間の俳句の取り組みを楽しく思い出しつ選り分けている。

散歩道での昨日の愛する里山の景。

    🐚    春風に大波小波ありさうな    

    🐠    蕗の薹跳躍力の欲しき岸  

        
コメント
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