浜田屋遼太

世の中のために何の役にも立たないブログ  お暇なお方は是非どうぞ(^^♪

続・セピア色した写真

2012-08-01 | 小さな旅
無理やり古いアルバムを引っ張り出したので、せっかくだからと思いまして他の写真もパチパチしました。

アナログ写真をデジカメでパチパチするのも何か可笑しいなぁ、って思ったがブログに貼り付けるには、ネガが残ってないのでこうするしかないのです。

写真もボンヤリした写りですなぁ。

しかしまぁ当時はデジカメやパソコンがあるわけじゃぁなし、こんな写りでも普通でしたよねぇ。

昭和の時代はこんなもんだった(笑)

ということでそこらへんはお許しを…

でもってこの前の話の続きですが、アタクシがイギリスへ渡ったのはこの船で。



三井造船玉野事業所(ちなみに岡山であります)でドック中、遠洋航海前に化粧直しです。

母港は東京晴海埠頭。



ファンネル(煙突)と後部デッキのマストあたりの後方のビルは、当時東京の高層ビルで高かったほうの竹芝桟橋近くの貿易センタービル。

大気の澄んだ日には、遠く富士の高峰が望めましたなぁ。

さてお船のほうですが、6000トン余りの運輸省航海訓練所の銀河丸。

主機は三菱ユニフロースカベンジング、クロスヘッドピストンタイプの6UEC52/105定格出力6200馬力、FullAhead(全力前進)速力18ノットだったと記憶します。

東京を出港し、いきなりイギリスへ行ったワケではないのだ~(笑)

最初に寄港したのは太平洋を横切りアメリカ本土、ロングビーチへ2週間ほどの航海。

ロサンゼルスの近くであります。

飛ばすぜハィウェイ



エルビス・プレスリーが出てきて唄いそうであります(笑)



映画の聖地、ハリウッド。



マリリン・モンロー直筆のサインと手形。



モンローウォークで歩く御婦人がいたような…(笑)

ロサンゼルスのディズニーランドにも行きましたねぇ。







ゲームはしてなかったが寄ってみたドジャースタジアム。



球場もデカかったが、それより駐車場の馬鹿デカさには驚いた。

車社会のアメリカを実感しましたね。

当時の大統領はカーター、或いはレーガンだったかな?もう忘れた(笑)

アタクシの記憶では当時のレートは1ドル180円、ハンバーガーはだいたい1ドルくらいだったが、日本のそれとは大きさが全然違って倍ほどもあった。

こんな国と戦争しても勝てるワケないと思った(大笑)


次の寄港地がイギリスのサザンプトン。

アメリカ西海岸からメキシコ沖を南下しパナマ運河を通過します。



ゲートの向こうはカリブ海。



カリブ海から大西洋を横切り、イギリスへと航海がつづくのであります。

こぼれ話は色々あれど、ちょっと疲れたので続きはまた次回…


コメント
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