はなこのアンテナ@無知の知

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『古代ローマ帝国の遺産展』講演会~アウグストゥスとローマ帝国の誕生(2)

2009年10月13日 | 文化・芸術(展覧会&講演会)
前項では、シーザーの時代から、オクタヴィアヌス・アウグストゥスによって古代ローマ帝国が成立するまでを書いた。実はレジュメには、「妻リビア」「アグリッパとマエケナス」さらに「植民都市の建設」や「親衛隊praetrianiの創設」「後継者選び」と言った項目も並んでいたが、講演時間が足りなくなって割愛された。講演終了時間を気にしながら青柳氏は、思いつくままに以下のようなことを述べられた。

地中海は日本海の約4倍の広さの波穏やかな海で、大量輸送が可能な海運に適していた為、地中海世界の交易は当時からかなり盛んであった。例えば、ヴァチカン市国のサン・ピエトロ広場に立つオベリスクは、第3代カリギュラ帝の時代にエジプトから移送したものである。その際には1800t(当時は現在のようなt<トン>ではなく、アンフォラと呼ばれる保存や輸送の為に使用された陶器製の容器を1単位として、それが何個積めるかで船の大きさを表現した)の巨船を使用し、バランスを取る為に船倉にエジプト特産のレンズ豆をバラスト(船を安定させる為の底荷)として積み込み、巨大なオベリスクを移送した。さらに使用後の巨船は海中に沈め、灯台の土台にしたと言う。これは現在も行われている工法のヒントとなった手法らしい。

古代ローマ帝国は特に都市のインフラ整備に驚異的な技術力を発揮した。下水道設備はもとより、当時既に上水道の供給能力は1,000リットル以上/人と、現在の東京都の3倍にも相当する高い能力を誇っていた。硬水質のヨーロッパにあって、上水道設備に付着する石灰分を除去するメンテナンスを欠かさず、水の衛生を保つ為のフィルターさえ備えていたのである。また優れた舗装技術で、古代ローマの舗装路は総延長約8万kmにも及び、その堅牢性は20世紀に入っても敵軍の戦車の重量に耐えられたほどのものであったと言う。剣闘士競技場のコロッセオは、45,000人の収容人員を誇り、フランス郊外には、アグリッパが陣頭指揮を取って建造した言われる三層橋が今も存在する。

《カノポスのイオ》、ポンペイ出土
古代ローマ帝国時代の市民生活の豊かさは、19世紀英国の産業革命を待つまで、どの市民社会も達し得なかった程の高いレベルにあった。例えば、今回の出展作品のひとつ《カノボスのイオ》中には、人物の足下にエジプトの風物であるワニが描かれるなど、当時既に「観光」が人々の娯楽であったことを示している。また、ポンペイ遺跡で多々見られるような噴水や色彩豊かなフレスコ画、貴石をふんだんに使用したモザイクなど、豪華な住宅や庭の設えも珍しくなかった。細工の凝った銀器や宝飾品も、その豊かさを象徴する物品である。

現代の国々の法律でさえ、その礎は古代ローマ時代の法律を参考にしていると言われている。市民の基本的な生活を尊重する、と言う古代ローマの理念は、現代イタリアの税制でも生きており、居住用不動産については固定資産税が課されない。以前は一切課されなかったが、近年、2軒目以降には課されるようになったと言うが、個人の住宅所有については固定資産税を、相続財産については相続税を課す日本とは、仕組みが大きく異なる。他に「貨幣の統一」も経済の安定に大きな役割を果たした。

成立後、約300年の繁栄を誇った古代ローマ帝国において、社会の活力を維持したシステムとして忘れてならないのは、階層間移動を可能にしたキャリアパス構造である。皇帝を頂点とし、その下に600~1,000人の「元老院」、次いで「騎士」、「市民」、「選挙権を持たない自由民」、そして最下層に「奴隷」と言ったピラミッド構造からなる階層社会は、上下で隣り合う階層間での移動を可能にしている。例えば、最下層の奴隷から「解放奴隷」となり、「自由民」と同等の権利を得る者もいれば、その「解放奴隷」の子どもは社会貢献により「市民」に昇格することもできた。「市民」は戦功や社会貢献により「騎士」階層に召し上げられることがあったし、「騎士」はごく僅かながら、最上級の「元老院」階層に抜擢されることもあったのである。最盛期には人口5,000万人と言われた古代ローマ帝国は、この巧みなキャリアパス構造によって、その活力を維持し、未曾有の繁栄を享受したわけだ。ちなみにポンペイのような地方都市には、「元老院」階層に属する人間は皆無であったと言う。

こうした古代ローマ帝国の礎を築いたのが、初代ローマ皇帝、アウグストゥス帝なのである。さらに彼は、肖像彫刻や絵画と言った「美術」を、政治的プロパガンダに史上初めて利用した権力者であり、後のフランスのナポレオンやドイツのヒトラー等が、彼に倣ったと言われている。

講演会の冒頭で青柳氏は、「現代の我々は、古代ローマから学ぶべきことが多々ある」と言われた。青柳氏曰く、戦争において、空爆で圧倒的な破壊力を誇りながら、地上戦では苦戦する米軍を「空の帝国」、今から200年も前に、ヴィクトリア女王即位の祝電を、遠くフォークランド諸島から本国へ、僅か15分で送信できるほどの通信網と海運力を誇った大英帝国を「海の王国」、そして、陸上の戦いで圧倒的な強さを誇った古代ローマ帝国を「陸の王国」と称するそうだ。そして現代の米国は、陸の戦力において、古代ローマ帝国の強さをいまだ陵駕できていないであろう、と。それほどまでに、古代ローマ帝国は国家として完璧な強さを持っていたのだ。

【感想】

青柳氏の講演はよく通る声で、論旨も明快。とても分かり易い講演だった。高校時代から(かれこれ30年以上)さまざまな講演を聞いて来たが、その中でも上質の部類に入ると思う。

裏話としては面白いけれど文章としてまとめるほどの内容ではなかったり、話に脈絡がなくて簡潔にまとめようがなかったり、と言う講演は意外に多い。「聴いて損した」とまでは思わないが、記憶に残らない講演は少なくないのである。講演者はどのような心積もりで講演に臨んでおられるのだろう?

その点、今回の講演は講演内容が展覧会の展示内容に直結しており、講演者の青柳氏の熱意も伝わって来る素晴らしい講演だった。かなり鑑賞のモチベーションを高めてくれたように思う。

私はこの頃、記憶力にとみに問題があり、元々頭の回転も少々トロイので、その場で聴きながらメモし、それを自宅に持ち帰って改めて文章にまとめないと、講演内容を理解できないし、すぐに忘れてしまう。だから時間は多少かかっても、自分の感動をブログに書き留めると言う作業を通して、講演の内容をできるだけ記憶の中に留めたいし、「感動を幾らかでも他の方々と共有できたら」と言う思いで、今後も時間と体力の許す限り、講演会聴講記録を綴って行きたいと思っている。

やっぱり何と言っても「感動」kirakira2が、聴講記録を書く原動力になるんだよねniko





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