![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/21/1b/88bf76aa359f3a713660386c9ff88899.jpg)
レバノン・シリア・ヨルダンの国境の地ウム・ケイスにて。
息子の視線の先には、聖書に出てくるガリラヤ湖がある。
晴れた日には背景の高台から、
そのガリラヤ湖を望むことができる。
写真の息子は1歳になるかならないかの頃。
屈託のない笑顔が、未来への希望を感じさせる。
現在の少し自信なさげな表情とは対照的。
お気に入りの一枚で、リビングに作りつけの
壁面収納のオープン棚最上段にいつも飾ってある。
中東には3年弱駐在した。
中東情勢は常に流動的だ。私達が駐在した頃も、
宗教及び民族対立で爆弾テロが各地で頻発したり
大量虐殺事件があったりした。
すわっミサイルが頭上を飛び交うか、
という緊迫した場面に遭遇したこともある。
結局何事もなく済んだ。
慣れない初めての子育てに忙殺されながらも、
常に緊張感があった(おかげで産後太りも解消。
しかし帰国した途端、安堵とお米のおいしさで
太ってしった(^_^;))。
中東というとすぐさま石油を思い浮かべる日本人が
多いだろうが、産油国は主に湾岸諸国であり、
ヨルダンのようにこれといった天然資源もなく、
近隣の産油国と友好関係を結んで石油パイプラインを敷設し、
欧米諸国や日本の経済援助で生きながらえている国もある。
特に前国王、故フセイン・ビン・タラールのバランス感覚は
優れていて、群雄割拠の中東において、その外交手腕は
弱小国ヨルダンを不安定な中東情勢のキーパーソン的地位
にまで押し上げた。
一方、現アブドラ・ビン・フセイン国王は、アメリカで教育を
受けた影響もあって、親アメリカ、親ブッシュ的立場が
あからさまで、それがイスラム原理主義勢力の反感を買い、
先のアンマン爆弾テロ事件に繋がったとまで言われている。
現在は相変わらず出口の見えないイラク情勢、
さらにここ数日のイスラエル・シャロン首相の
深刻な病状等、予断を許さない状況だ。
(因みに中東の争いの種は宗教・民族対立だけではない。
水資源の争奪戦も深刻だ。シリア・レバノン国境に横たわる
ゴラン高原は貴重な水源地)
私は一時期国際研修センターに在籍した時、
エジプト、シリア、ヨルダン、オマーン、
サウジアラビア、イラク等からの研修員と出会った。
彼ら中東の人々にとって、東洋の小さな島国
日本の隆盛はまさにミラクルで、彼らは掛け値なしに
尊敬の眼差しを日本や日本人に注いでいた。
知らない人も多いかもしれないが、91年の湾岸戦争時、
イラクからの石油パイプラインを命綱にしていた
ヨルダンは、反イラクを迫る米国や親米国家らによる
包囲網に対し、最後まで立場を明確にできなかった。
そのしっぺ返しが、湾岸戦争以後の欧米諸国の
援助打ち切りだ。そんな中、唯一日本だけが
援助協力を継続したのだ。
中東における日本のプレゼンスは
日本人が認識している以上に高い。
否、高かった。イラク戦争が起きるまでは。
私は紅茶が好きだ。もちろん同様に日本茶も。
コーヒーは飲むとなぜか胃が痛くなるので苦手だ。
中東に駐在中には、日本茶が貴重品だったので、
代わりによく紅茶を口にした。
我が家のハウスキーパー兼ベビーシッターを
務めてくれたフィリピン人女性が、我が家に来る度に
ミルクと砂糖たっぷりのミルクティーを作ってくれた。
その味が忘れられないのか、
息子は今でもミルクティーが大好きだ。
ある日私が咳き込んでいると、その彼女が
フィリピンの民間療法として、
紅茶でのうがいを薦めてくれた。
所変われば品変わる。
日本でも茶所の静岡の小学校では、
風邪や虫歯予防に緑茶によるうがいを
奨励しているらしい。
駐在中、彼女はとても頼りになる存在だった。
息子のクリニックも彼女に教えてもらった。
安くておいしいレストランも教えてもらった。
同じ日本人にも言えない愚痴をたくさん聞いてもらった
(娯楽施設がなく、外出もままならなかったので、
何かとストレスが溜まりがちだった)。
貴重な子育てのアドバイスも数知れず。
そして何より息子をかわいがってもらった。
頼る人も少なく、何かと心細い中東での生活で、
本当にお世話になった。
紅茶を飲むたびに、彼女と中東での生活を思い出す。
Thank You プレシー。