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news commentary

王朝三代記

2011-12-19 23:45:22 | Weblog

2011年12月19日正午ごろ、北朝鮮のメディアがキム・ジョンイル総書記の死亡を伝えた。同月17日、出張途上の列車内で心筋梗塞に見舞われたという。

例によってテレビのアナウンサーは喪服を身にまとい、涙声でニュースを読んだ。そのうち、テレビにキム・ジョンイル死亡の報に接して、身をよじらせ、号泣して悲しみを表現するピョンヤンの一般市民の姿が映し出された。

日本の野田首相は、同日午後1時すぎから安全保障会議を開き、①北朝鮮の動向に関する情報収集態勢の強化、②米国、韓国、中国などの関係国との情報共有、③不測の事態に備えて万全の体制をとる、の3点を全省庁に対して指示した。

この陳腐な安全保障会議の内容や、会議自体が10分間で終わったことなどから、内閣は①キム・ジョンイルの死去は早晩やってくる事態であると織り込み済みだったので、冷静沈着な態度をとることができた、あるいは②議論を深める資料の持ち合わせも、能力もなかった、かのいずれかであろうと考えられる。

米国政府の反応も、中国政府の反応も落ちついたものだった。韓国政府にもあわてた様子はなかった。

どこの国も、キム・ジョンイルが死んでも、短期的には北朝鮮が大きく変わる要素はないとみているようだ。中国は北朝鮮が現在のままでの形で存続することを望んでいる。北朝鮮が米韓勢力に対する軍事的緩衝地帯であり続けることを望んでいる。

北朝鮮は迷惑な存在ではあるが、民族統一国家実現が今なお遠い先の夢物語であることを韓国政府は知っている。西ドイツが東ドイツを吸収合併したのはソヴィエト連邦崩壊の前年にあたる1990年で、ソ連はすでに東欧諸国に対する支配力を失っていた。中国は経済・軍事大国への道を邁進中だ。中国は、韓国による北朝鮮吸収合併を喜ばないだろうし、合併阻止に動くだろう。韓国のシンクタンクなどの計算では、北朝鮮吸収合併にかかる費用は、東西ドイツ統合に要した経費を上回ると言われている。韓国がこれを負担できるか?

韓国と北朝鮮の経済格差は、かつての西ドイツと東ドイツの差をはるかに上回る。北朝鮮吸収合併は、韓国にとっては巨大なお荷物を抱え込むようなもので、経済効果より、もむしろ場合によっては経済的な失速をもたらしかねないとさえいわれている。

米国は核疑惑が理由でフセインのイラクを攻撃し、イランに制裁を加えている。だが、北朝鮮の核問題については、きわめて抑制された態度をとってきた。カーター、クリントンと大統領経験者が2人も北朝鮮へ宣撫工作に出かけたのも、中国に対する遠慮から強腰に出られないからだ。

日本についてはいわずもがな。この国は周辺の国際環境に影響を与える能力が悲しいまでに乏しい。

北朝鮮をめぐる地政学は、北朝鮮が当面、いまのまま変わらないことが周辺の政治環境の安定にとって最も望ましいと結論する。

かくして、北朝鮮はキム・イルソン、キム・ジョンイル、キム・ジョンウンにわたる三代の家督相続を完成することになろう。初代のキム・イルソンはまがりなりにも共産主義イデオロギーを信奉しており、北朝鮮をスターリニスト全体主義国家にした。世襲の2代目キム・ジョンイルのイデオロギーについては知られているところが少なく、北朝鮮は彼の代で王朝全体主義国家に変わったといわれている。おそらく3代目と目されているキム・ジョンウンの時代になると、イデオロギー性はさらに希薄となり、それでいて国家の運営が支配者の恣意性にまかされるスルタン的支配国家に変わっていくだろう。

キム・ジョンウンがスルタンであるというわけではない。北朝鮮最大の権力集団である軍の将軍たちが、キム・ジョンイルの「先軍政治」から、「軍政」へとさらに一歩を進めるための神輿として、支配の正統性の血筋であるキム・ジョンウンを担ぐからである。

(2011.12.19 花崎泰雄)
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