風の丘を越えて ソピョンジェ(西便制)(原題:서편제) 1993年 ☆☆ヽ(*^ω^*)ノ
監督:イム・グォンテク
出演:キム・ミョンゴン、オ・ジョンヘ、キム・ギュチョル

パンソリの唄声がしみる。。。
素晴らしい~~
実は今、訳あってうちのTVがかなり小さいんですよね
(パソコン画面並み)
大きな画面で観たかった
スクリーンで観たらいいだろうなぁ
親子三人が田舎道を「珍道アリラン」を唄いながら歩く場面
なんと明るく楽しそうな
貧しくて苦しい生活でも歌うことで幸福ということなんでしょうか
テーマはずばり「恨(ハン)」
お前の声は美しいが恨がない
西便制のパンソリの根源は恨だ
恨の声を出せるようになれ
父に目を奪われたと知ってもなお美しい声で歌うソンファだったのね
恨に埋もれず恨を越える声を出せという父
でもそのために娘の目を奪うとは凄すぎますけどね
さらにあの場面、恨を越える声のためというより、息子トンホ(キム・ギュチョル)に逃げられてさらに娘ソンファ(オ・ジョンヘ)に逃げられたくない一心のようにも見えましたけどね
弟役のキム・ギュチョルは今はあくの強い役をするけど違うイメージでビックリ
姉と弟が互いに名乗らないまま夜通し歌う場面は聴き入りました
今までと全然違うなんと艶のあるいい声
それは恨に埋もれず恨を超えた先にある世界
感動しました
トンホはもうソンファの行きついた世界を理解しすべて悟ったんでしょうね
主人公は誰かに自分の存在を知ってもらうことを望んで芸の道を歩んでいる人達ではありません。実に彼らは生と死を無限に拡張させながら、その中で多義的かつ多様な宇宙を作り出す人達なのです。彼らは世の中の秩序の中に生きながら“恨”を抱き、そして、その“恨”を受け止めながら、より大きな宇宙の秩序を作り出します。それこそが、世の中に対する憎悪から許しを学ぶ方法なのです」(イム・グォンテク)
1960年代初め。ある山間の村にドンホ(キム・ギュチョル)という男が辿り着く。そこで今時珍しいパンソリを聞かせる女性に出会う。彼はその歌声に酔いしれながら回想する。ドンホが幼い頃、彼の村にキム・ユボン(キム・ミョンゴン)というパンソリの歌い手がやって来た。ユボンはドンホの母である未亡人と恋に落ち、子をもうけようとするがお産は失敗に終わり、彼女も死んでしまう。後に残されたドンホと、以前から連れていた養女ソンファ(オ・ジョンヘ)を連れユボンは旅に出る。ユボンはドンホに太鼓を、ソンファに歌を教えながら旅芸を続ける。ソンファとドンホは鼓手と唄い手の名コンビに成長するがやがてパンソリは時代から疎外され始め、ドンホはユボンのパンソリに対する異常な情熱が理解できず次第に争うようになる。ある日、ドンホは家出し残されたソンファは絶望から一時声が出なくなる。ユボンは治療のために漢方薬を彼女に与えるが、さらにパンソリの芸を極めるために、薬を過度に与え副作用で彼女を失明させてしまう。これもユボンが芸で大切だという“恨(ハン)”の気持ちを教えようとする思いからだった。そしてついに芸をものにしたかと思えた時、父ユボンはソンファに対する罪悪感を抱きながらこの世を去る。かくして1950年代が過ぎ去った。成人したドンホは父とソンファが無性に恋しくなって2人を探し歩く。彼は文字絵のナクサンを通してひなびた旅館でソンファと再会する。彼は太鼓を叩き彼女はそれに答え歌う。互いを語り合うことなく一晩を過ごした後、2人は無言で別れる。ドンホは再び旅に出てソンファもまたしばらく住んだ旅館を出て行くのだった。
監督:イム・グォンテク
出演:キム・ミョンゴン、オ・ジョンヘ、キム・ギュチョル

パンソリの唄声がしみる。。。
素晴らしい~~
実は今、訳あってうちのTVがかなり小さいんですよね
(パソコン画面並み)
大きな画面で観たかった
スクリーンで観たらいいだろうなぁ
親子三人が田舎道を「珍道アリラン」を唄いながら歩く場面
なんと明るく楽しそうな
貧しくて苦しい生活でも歌うことで幸福ということなんでしょうか
テーマはずばり「恨(ハン)」
お前の声は美しいが恨がない
西便制のパンソリの根源は恨だ
恨の声を出せるようになれ
父に目を奪われたと知ってもなお美しい声で歌うソンファだったのね
恨に埋もれず恨を越える声を出せという父
でもそのために娘の目を奪うとは凄すぎますけどね
さらにあの場面、恨を越える声のためというより、息子トンホ(キム・ギュチョル)に逃げられてさらに娘ソンファ(オ・ジョンヘ)に逃げられたくない一心のようにも見えましたけどね
弟役のキム・ギュチョルは今はあくの強い役をするけど違うイメージでビックリ
姉と弟が互いに名乗らないまま夜通し歌う場面は聴き入りました
今までと全然違うなんと艶のあるいい声
それは恨に埋もれず恨を超えた先にある世界
感動しました
トンホはもうソンファの行きついた世界を理解しすべて悟ったんでしょうね
主人公は誰かに自分の存在を知ってもらうことを望んで芸の道を歩んでいる人達ではありません。実に彼らは生と死を無限に拡張させながら、その中で多義的かつ多様な宇宙を作り出す人達なのです。彼らは世の中の秩序の中に生きながら“恨”を抱き、そして、その“恨”を受け止めながら、より大きな宇宙の秩序を作り出します。それこそが、世の中に対する憎悪から許しを学ぶ方法なのです」(イム・グォンテク)
1960年代初め。ある山間の村にドンホ(キム・ギュチョル)という男が辿り着く。そこで今時珍しいパンソリを聞かせる女性に出会う。彼はその歌声に酔いしれながら回想する。ドンホが幼い頃、彼の村にキム・ユボン(キム・ミョンゴン)というパンソリの歌い手がやって来た。ユボンはドンホの母である未亡人と恋に落ち、子をもうけようとするがお産は失敗に終わり、彼女も死んでしまう。後に残されたドンホと、以前から連れていた養女ソンファ(オ・ジョンヘ)を連れユボンは旅に出る。ユボンはドンホに太鼓を、ソンファに歌を教えながら旅芸を続ける。ソンファとドンホは鼓手と唄い手の名コンビに成長するがやがてパンソリは時代から疎外され始め、ドンホはユボンのパンソリに対する異常な情熱が理解できず次第に争うようになる。ある日、ドンホは家出し残されたソンファは絶望から一時声が出なくなる。ユボンは治療のために漢方薬を彼女に与えるが、さらにパンソリの芸を極めるために、薬を過度に与え副作用で彼女を失明させてしまう。これもユボンが芸で大切だという“恨(ハン)”の気持ちを教えようとする思いからだった。そしてついに芸をものにしたかと思えた時、父ユボンはソンファに対する罪悪感を抱きながらこの世を去る。かくして1950年代が過ぎ去った。成人したドンホは父とソンファが無性に恋しくなって2人を探し歩く。彼は文字絵のナクサンを通してひなびた旅館でソンファと再会する。彼は太鼓を叩き彼女はそれに答え歌う。互いを語り合うことなく一晩を過ごした後、2人は無言で別れる。ドンホは再び旅に出てソンファもまたしばらく住んだ旅館を出て行くのだった。