4月1日、2日と北条の節句祭り。
コロナ以来の盛大な祭り復活となったらしい。
その喧噪が加西の外れに位置する、
わが家にも聞こえてきた。
子供の頃は競って祭りへ足を向けたものだが、
最近はその気配が届くのに満足している。
きのうは畑に設置する看板を作った。
14日の「畑町ぐるりんこウォーキング」など、
畑を舞台にしたイベントなど、
集合場所の目印になる看板だから大急ぎである。
それも終わると、
やはり思い出したように、
孫台風一過の疲れが蘇る。
集中力が効かないので、
今回もボツ原稿のお披露目(?)である。(苦笑)
手抜きだが、
一度休むとすぐ怠け心がでてしまうから仕方がない。
(ボツ原稿より)
「夫婦になるんやから、ボクと約束しよう。年取っても、二人で芝居を作り続けるぞ!」
「分かってる。芝居がふたりの絆やもの」
まるでドラマ。妻と結婚を決めた時に誓いあった。誰もが呆れて当然の話だった。
私が旗揚げしたアマチュア劇団に入団希望してきた高校生が妻。レストランに勤めながら芝居に打ち込んでいた私との年齢差十三。子供としか思えなかったのが、舞台づくりに情熱を傾ける間に変わった。意識し合ったのが出会いから三年目。そして結婚に至った。
結婚して子供を授かる中、芝居作りの情熱は覚めなかった。独立して、赤ちゃん連れの喫茶店経営。同時にアマ劇団活動に没頭した。
子供が四人に増えると、しだいに結婚時の約束を守る余裕はなくなっていく。生活費確保のため共稼ぎを余儀なくされ、育児も共同で奮闘。芝居どころではない現実に負けた。
子供らの教育費などを稼ぐため、懸命に働いた。一番下の子供が大学を卒業、保育士の仕事に就くと、やっと親の役目は終わった。
定年を契機に紙芝居公演を始めた。アマ劇団活動は無理でも紙芝居はひとりで出来る。ボランティアだが活動を始めた。その活動に、パートナーとなるべき妻の姿はなかった。
「夢を見てるだけじゃ生活できないでしょ!」
そういわれればグーの音も出ない。妻は仕事に燃え、私だけロマンを追い求めた。子供が巣立つまで、片肺飛行はやむを得なかった。
上の三人が巣立った後も家に残った末娘が婚約すると、ようやくゆとりが生まれた。(さあこれで二人の誓いは実現するぞ!)
そう実現した……とはいえない、まったく違う形の夫婦二人三脚が始まった。それまで細々とやっていた野菜作りに加わる妻。畑の耕作や草刈りなどは無理でも、種を蒔き苗を植え付けることは出来る。夫婦が力を合わせた野菜作りである。
「有機栽培の講座を受講するわ」
いきなり言い出した妻。やる気十分の姿勢に驚かされたが、本当は嬉しかった。野菜作りに情熱を燃やす妻の目は、アマ劇団活動に奮闘していたときのように輝きを見せていた。
町育ちで畑仕事はゼロからというハンディがある妻。見よう見まねで教える私は、兼業ながら農家で育った子供。亡き両親がやっていたのを思い出しながらの野菜作りに満足している。それを横目に成長をみせる妻だった。
「いつまでも寝てないの。畑に行くよ」「雑草をマルチにするから、草刈りは丁寧にしなきゃ」「ぼかしを作る米ぬかを手に入れて来て」
妻の号令に「はいはい」と従い、そのうえで、力を合わせ育て上げた野菜は、徐々に立派なものが収穫できていく。
「今度は麦を作ろう」「コメも有機で栽培しなきゃ」「栽培カレンダー作るんだ」
有機栽培講座で講義と実習を重ねていくにつれて、妻の意欲は高まる一方だった。
「あしたはイオンモールのイベントで紙芝居をやってくるわ。子供とふれあえる時間や」
「ちょっと待って。衣装はどんなの用意しているの?手抜きしたら、子供が気の毒よ」
妻が畑仕事に打ち込み始めたのをいいことに、紙芝居のボランティア活動をあちこちで引き受けた。演劇経験がある、これまでにない紙芝居ということで、かなり受けた。ひとり紙芝居に限界はあっても、やり遂げた達成感は変わらない。しかし、それをともに味わってほしい妻の姿はない。畑仕事に熱中する妻。それ以上望むのは酷というしかない。
それなのに、妻の方から口出しを始めた。
「ええのん出来たなあ。これやったらカッコええ紙芝居爺さん誕生や」
「あたしのセンス舐めないでよ。あなた任せじゃ、野暮ったい衣装しか着ないんだから」
「カッコじゃなく、雰囲気を優先してるんや」
意見のぶつかりあいは何時以来だろう。
一日で縫い上がった妻の衣装。昔ばなしを語る好々爺を輝かせてくれるのは確か。
「うまいことやれたの?子供相手は難しいんだから」
紙芝居を終えた私に、妻は絡んでくる。もしかしたら、妻にも変化が。
「明日は畝を作って、草マルチで覆うからね」
妻の頭の中では、まず野菜作りが先行する。
妻は現役で働いている。畑仕事はスキマ時間の活用といっていい。定年まで一年。仕事を辞めれば、打ち込むのは野菜作りであるのは間違いない。とすれば、結婚時の約束は後回しどころか、復活の目はなくなるかも。
「子供に楽しんで貰うプログラムをとり入れないと駄目だよ」
保育士の仕事経験がある妻は、私の紙芝居にひと言いいたくてたまらないのだ。手遊びや楽器にダンス、そして紙芝居に本の読み聞かせなどは、子供と一緒に楽しめる。それにしても、妻がしゃしゃり出てきそうだ。
あの約束の反古は、もう問わない。野菜作りを通じ、夫婦二人の未来へ突き進められればそれでいい。パートナー復活を願うだけだ。
さあ早く布団に入ることにしようっと。
お休みなさい、また明日よろしくお願いします。
コロナ以来の盛大な祭り復活となったらしい。
その喧噪が加西の外れに位置する、
わが家にも聞こえてきた。
子供の頃は競って祭りへ足を向けたものだが、
最近はその気配が届くのに満足している。
きのうは畑に設置する看板を作った。
14日の「畑町ぐるりんこウォーキング」など、
畑を舞台にしたイベントなど、
集合場所の目印になる看板だから大急ぎである。
それも終わると、
やはり思い出したように、
孫台風一過の疲れが蘇る。
集中力が効かないので、
今回もボツ原稿のお披露目(?)である。(苦笑)
手抜きだが、
一度休むとすぐ怠け心がでてしまうから仕方がない。
(ボツ原稿より)
「夫婦になるんやから、ボクと約束しよう。年取っても、二人で芝居を作り続けるぞ!」
「分かってる。芝居がふたりの絆やもの」
まるでドラマ。妻と結婚を決めた時に誓いあった。誰もが呆れて当然の話だった。
私が旗揚げしたアマチュア劇団に入団希望してきた高校生が妻。レストランに勤めながら芝居に打ち込んでいた私との年齢差十三。子供としか思えなかったのが、舞台づくりに情熱を傾ける間に変わった。意識し合ったのが出会いから三年目。そして結婚に至った。
結婚して子供を授かる中、芝居作りの情熱は覚めなかった。独立して、赤ちゃん連れの喫茶店経営。同時にアマ劇団活動に没頭した。
子供が四人に増えると、しだいに結婚時の約束を守る余裕はなくなっていく。生活費確保のため共稼ぎを余儀なくされ、育児も共同で奮闘。芝居どころではない現実に負けた。
子供らの教育費などを稼ぐため、懸命に働いた。一番下の子供が大学を卒業、保育士の仕事に就くと、やっと親の役目は終わった。
定年を契機に紙芝居公演を始めた。アマ劇団活動は無理でも紙芝居はひとりで出来る。ボランティアだが活動を始めた。その活動に、パートナーとなるべき妻の姿はなかった。
「夢を見てるだけじゃ生活できないでしょ!」
そういわれればグーの音も出ない。妻は仕事に燃え、私だけロマンを追い求めた。子供が巣立つまで、片肺飛行はやむを得なかった。
上の三人が巣立った後も家に残った末娘が婚約すると、ようやくゆとりが生まれた。(さあこれで二人の誓いは実現するぞ!)
そう実現した……とはいえない、まったく違う形の夫婦二人三脚が始まった。それまで細々とやっていた野菜作りに加わる妻。畑の耕作や草刈りなどは無理でも、種を蒔き苗を植え付けることは出来る。夫婦が力を合わせた野菜作りである。
「有機栽培の講座を受講するわ」
いきなり言い出した妻。やる気十分の姿勢に驚かされたが、本当は嬉しかった。野菜作りに情熱を燃やす妻の目は、アマ劇団活動に奮闘していたときのように輝きを見せていた。
町育ちで畑仕事はゼロからというハンディがある妻。見よう見まねで教える私は、兼業ながら農家で育った子供。亡き両親がやっていたのを思い出しながらの野菜作りに満足している。それを横目に成長をみせる妻だった。
「いつまでも寝てないの。畑に行くよ」「雑草をマルチにするから、草刈りは丁寧にしなきゃ」「ぼかしを作る米ぬかを手に入れて来て」
妻の号令に「はいはい」と従い、そのうえで、力を合わせ育て上げた野菜は、徐々に立派なものが収穫できていく。
「今度は麦を作ろう」「コメも有機で栽培しなきゃ」「栽培カレンダー作るんだ」
有機栽培講座で講義と実習を重ねていくにつれて、妻の意欲は高まる一方だった。
「あしたはイオンモールのイベントで紙芝居をやってくるわ。子供とふれあえる時間や」
「ちょっと待って。衣装はどんなの用意しているの?手抜きしたら、子供が気の毒よ」
妻が畑仕事に打ち込み始めたのをいいことに、紙芝居のボランティア活動をあちこちで引き受けた。演劇経験がある、これまでにない紙芝居ということで、かなり受けた。ひとり紙芝居に限界はあっても、やり遂げた達成感は変わらない。しかし、それをともに味わってほしい妻の姿はない。畑仕事に熱中する妻。それ以上望むのは酷というしかない。
それなのに、妻の方から口出しを始めた。
「ええのん出来たなあ。これやったらカッコええ紙芝居爺さん誕生や」
「あたしのセンス舐めないでよ。あなた任せじゃ、野暮ったい衣装しか着ないんだから」
「カッコじゃなく、雰囲気を優先してるんや」
意見のぶつかりあいは何時以来だろう。
一日で縫い上がった妻の衣装。昔ばなしを語る好々爺を輝かせてくれるのは確か。
「うまいことやれたの?子供相手は難しいんだから」
紙芝居を終えた私に、妻は絡んでくる。もしかしたら、妻にも変化が。
「明日は畝を作って、草マルチで覆うからね」
妻の頭の中では、まず野菜作りが先行する。
妻は現役で働いている。畑仕事はスキマ時間の活用といっていい。定年まで一年。仕事を辞めれば、打ち込むのは野菜作りであるのは間違いない。とすれば、結婚時の約束は後回しどころか、復活の目はなくなるかも。
「子供に楽しんで貰うプログラムをとり入れないと駄目だよ」
保育士の仕事経験がある妻は、私の紙芝居にひと言いいたくてたまらないのだ。手遊びや楽器にダンス、そして紙芝居に本の読み聞かせなどは、子供と一緒に楽しめる。それにしても、妻がしゃしゃり出てきそうだ。
あの約束の反古は、もう問わない。野菜作りを通じ、夫婦二人の未来へ突き進められればそれでいい。パートナー復活を願うだけだ。
さあ早く布団に入ることにしようっと。
お休みなさい、また明日よろしくお願いします。