「うわー!」
私の叫び声が響き渡る。
妻が飛んできたが、
状況を一目見てため息。
「またあ」
そう、寝ている私の顔に落ちてきたのは、ムカデ。
それも小ぶりの可愛いやつ(苦笑)
「益虫なんやから、騒がないの」
悠然とムカデを丸めた新聞紙に乗っけると、
窓の外へポイ!
もう何度目だろうか。
それだけ家が古くなった証明である。
築30年を超す我が家。
自らが関わった家で、愛着は想像以上。
大工さんは腕のいい従兄だった。
彼の指示で手伝いに懸命になった日々。。
腕をふるってくれた彼の訃報は先週届いた。
それだけ時は流れたということだろう。
家を建てるのに懸命だった当時の原稿を読み直してみた。
懐かしくて涙が零れそうになる思い出なのだ。
終の棲家となった我が家は、
老いた私を優しくハグしてくれている。
いまも、そしてこれからも。(グーッ。感極まる、ちょっと大げさかな)
家を建てる景色
「これでわしの方、仕事みな済みましたけ」
「え?」
「左官とタイル屋に、出来るだけ早う入るようせかしときますわ」
大工はそそくさと道具をひとまとめにして軽トラへ積み込む。電動の工具は後日改めて取りに来ると言い残して帰った。
雑然とした庭先を横切り、玄関の前に立つ。真っさらのサッシ戸。そのぐるりは剥き出しのモルタル壁だけに、やけに輝いて見える。
地鎮祭から、ほぼ二年。いま思えば気の遠くなる長い時間。それが終わった。
「お前、この村に住む気でおるんやろな?」
二年前、父は神妙な顔付きで切り出した。もう七十、現役のブリキ屋である。後継者の兄が急逝からこっち、すっかり張りを失い老け込んでいた父が、立ち直ったのを感じた。
「お前の新宅を、えろう気にかけとったわ。あいつ、何とかしたらなあかんて、口癖のように言うとった。一周忌も済んださかい、いっちょうお前の家を建てるかいのう」
「無理せんでもええわ。俺は家なんか無うても構わへんのや。片づけが楽やしなあ」
「阿呆。お前はどないでもええのんや。子どものこと考えたらんかい。お前も親父やろが」
可愛い孫に家を建てる気らしい。
「どんな家がええ?うちと同じ間取りにするかいのう。広いほうが後々便利に使えるで」
町にいた頃は八畳一間と台所、トイレだけのアパートに五人家族。風呂は銭湯に通った。それでも、狭くて楽しい我が家だった。
「二間もあったら充分や。欲言うたら風呂と台所、トイレが付いとったらオンの字やで」
「阿呆ぬかせ!」
また怒鳴られた。
「この村で一生暮らすんや。隣保の付き合いやなんやかやで八畳間二つの客間を用意しとかな、お前ら家の者が肩身の狭い思いするど」
父とは発想の始点が裏表ぐらい違う。田舎に新宅を構えるのは相当な覚悟がいる。
「よう分からんわ。おやじに任せるけ」
地鎮祭まで半年近くかかった。予定の土地は農地、それも市街化調整区域。宅地変更に手間取り、川沿いにある百坪の農地で六十坪ほどが宅地として認められた。
数年前から休耕の田圃は、一面向日葵の花だ。例年なら、そのまま立ち枯らす。今回は全部刈り取り、綺麗に取り除く必要がある。
鎌を手に向日葵畑に入った。背丈以上に育つ向日葵。力任せに鎌を振るい、薙ぎ倒す。
夏の真っ盛り、三日がかりで刈り終えた。 地鎮祭を終え、宅地造成に業者を頼んだ。
残暑の中、持ち山の藪から、壁の下地に組む竹を伐り出す。竹の旬に合わせなければならない。旬を外すと、後々虫が付き散々だ。
木の伐り出しは十月に入って直ぐ。製材したものを乾燥しなければならないからだ。
「洋材やったら注文通りのもんが揃うやろうけど、手間かかっても地の木が一番や。そいで、ご先祖さんが残してくれはってるんやど」
山に入った父は感慨深げに言う。
「男やったら一生に家一軒建てなのう」
既に父は家一軒を建てている。新宅は二件目になる。わが父ながら尊敬する。
大工が入ると、朝十時と午後の三時に茶菓を手配。それから大工の指示を受け、簡単な手伝いをする。一日が終われば鉋やノコの作業で出た木屑を片付ける。そんな日々だった。
「お前の家やさかい。まあ、しんどい目したらええ。そないして家を建てたら、まあ粗末には扱えんようになるわのう。ええこっちゃ」
たまに顔を見せる父の口癖だった。
建て前は四月の吉日。親戚や隣近所からの応援が二十数人。大勢でワイワイやっていると、知らないうちに家の柱は立った。
建て前を祝う膳を囲む酒宴の主役は父。呑めない酒に顔を真っ赤にして客膳を順々に巡る。酒を注いでは上機嫌で頭をペコペコ下げた。
父が姿を見せるのは、いつも三時過ぎ。「今日で大工仕事は終わりやて」と告げれば、どんな反応を見せるだろうか。
三時の休憩に用意しておいた茶菓子と白いコーヒーカップが目に入る。湯沸しのポットは保温中だ。二年も湯を沸かし続けてくれた。
ここに来る度に、父は、そのポットの湯で淹れたコーヒーを「うまい!」と飲む。
父に大工仕事の終了を報告するのは、ズーッと後に回そう。大工は大工仲間が請け負う建前の助っ人に出たと言っておけばいい。
家の完成は、余りに呆気ない報告より、少し劇的に。父に感激の一瞬を味あわせてやろう。この家は、男たる誇りが築き上げた夢のお城。たぶん、父には生涯最後の大仕事だ。
来月は春爛漫の季節。父に新しい家の完成を伝える最高の舞台だ。それまで待っても、文句は言われまい。甲斐性の無い息子に出来る唯一の親孝行なのかも知れない。
二十数年を経て、いまリフォーム中の家。年老いた父と並び、日がな一日眺めている。
「ふるさと川柳」公募は3作品です。
私の叫び声が響き渡る。
妻が飛んできたが、
状況を一目見てため息。
「またあ」
そう、寝ている私の顔に落ちてきたのは、ムカデ。
それも小ぶりの可愛いやつ(苦笑)
「益虫なんやから、騒がないの」
悠然とムカデを丸めた新聞紙に乗っけると、
窓の外へポイ!
もう何度目だろうか。
それだけ家が古くなった証明である。
築30年を超す我が家。
自らが関わった家で、愛着は想像以上。
大工さんは腕のいい従兄だった。
彼の指示で手伝いに懸命になった日々。。
腕をふるってくれた彼の訃報は先週届いた。
それだけ時は流れたということだろう。
家を建てるのに懸命だった当時の原稿を読み直してみた。
懐かしくて涙が零れそうになる思い出なのだ。
終の棲家となった我が家は、
老いた私を優しくハグしてくれている。
いまも、そしてこれからも。(グーッ。感極まる、ちょっと大げさかな)
家を建てる景色
「これでわしの方、仕事みな済みましたけ」
「え?」
「左官とタイル屋に、出来るだけ早う入るようせかしときますわ」
大工はそそくさと道具をひとまとめにして軽トラへ積み込む。電動の工具は後日改めて取りに来ると言い残して帰った。
雑然とした庭先を横切り、玄関の前に立つ。真っさらのサッシ戸。そのぐるりは剥き出しのモルタル壁だけに、やけに輝いて見える。
地鎮祭から、ほぼ二年。いま思えば気の遠くなる長い時間。それが終わった。
「お前、この村に住む気でおるんやろな?」
二年前、父は神妙な顔付きで切り出した。もう七十、現役のブリキ屋である。後継者の兄が急逝からこっち、すっかり張りを失い老け込んでいた父が、立ち直ったのを感じた。
「お前の新宅を、えろう気にかけとったわ。あいつ、何とかしたらなあかんて、口癖のように言うとった。一周忌も済んださかい、いっちょうお前の家を建てるかいのう」
「無理せんでもええわ。俺は家なんか無うても構わへんのや。片づけが楽やしなあ」
「阿呆。お前はどないでもええのんや。子どものこと考えたらんかい。お前も親父やろが」
可愛い孫に家を建てる気らしい。
「どんな家がええ?うちと同じ間取りにするかいのう。広いほうが後々便利に使えるで」
町にいた頃は八畳一間と台所、トイレだけのアパートに五人家族。風呂は銭湯に通った。それでも、狭くて楽しい我が家だった。
「二間もあったら充分や。欲言うたら風呂と台所、トイレが付いとったらオンの字やで」
「阿呆ぬかせ!」
また怒鳴られた。
「この村で一生暮らすんや。隣保の付き合いやなんやかやで八畳間二つの客間を用意しとかな、お前ら家の者が肩身の狭い思いするど」
父とは発想の始点が裏表ぐらい違う。田舎に新宅を構えるのは相当な覚悟がいる。
「よう分からんわ。おやじに任せるけ」
地鎮祭まで半年近くかかった。予定の土地は農地、それも市街化調整区域。宅地変更に手間取り、川沿いにある百坪の農地で六十坪ほどが宅地として認められた。
数年前から休耕の田圃は、一面向日葵の花だ。例年なら、そのまま立ち枯らす。今回は全部刈り取り、綺麗に取り除く必要がある。
鎌を手に向日葵畑に入った。背丈以上に育つ向日葵。力任せに鎌を振るい、薙ぎ倒す。
夏の真っ盛り、三日がかりで刈り終えた。 地鎮祭を終え、宅地造成に業者を頼んだ。
残暑の中、持ち山の藪から、壁の下地に組む竹を伐り出す。竹の旬に合わせなければならない。旬を外すと、後々虫が付き散々だ。
木の伐り出しは十月に入って直ぐ。製材したものを乾燥しなければならないからだ。
「洋材やったら注文通りのもんが揃うやろうけど、手間かかっても地の木が一番や。そいで、ご先祖さんが残してくれはってるんやど」
山に入った父は感慨深げに言う。
「男やったら一生に家一軒建てなのう」
既に父は家一軒を建てている。新宅は二件目になる。わが父ながら尊敬する。
大工が入ると、朝十時と午後の三時に茶菓を手配。それから大工の指示を受け、簡単な手伝いをする。一日が終われば鉋やノコの作業で出た木屑を片付ける。そんな日々だった。
「お前の家やさかい。まあ、しんどい目したらええ。そないして家を建てたら、まあ粗末には扱えんようになるわのう。ええこっちゃ」
たまに顔を見せる父の口癖だった。
建て前は四月の吉日。親戚や隣近所からの応援が二十数人。大勢でワイワイやっていると、知らないうちに家の柱は立った。
建て前を祝う膳を囲む酒宴の主役は父。呑めない酒に顔を真っ赤にして客膳を順々に巡る。酒を注いでは上機嫌で頭をペコペコ下げた。
父が姿を見せるのは、いつも三時過ぎ。「今日で大工仕事は終わりやて」と告げれば、どんな反応を見せるだろうか。
三時の休憩に用意しておいた茶菓子と白いコーヒーカップが目に入る。湯沸しのポットは保温中だ。二年も湯を沸かし続けてくれた。
ここに来る度に、父は、そのポットの湯で淹れたコーヒーを「うまい!」と飲む。
父に大工仕事の終了を報告するのは、ズーッと後に回そう。大工は大工仲間が請け負う建前の助っ人に出たと言っておけばいい。
家の完成は、余りに呆気ない報告より、少し劇的に。父に感激の一瞬を味あわせてやろう。この家は、男たる誇りが築き上げた夢のお城。たぶん、父には生涯最後の大仕事だ。
来月は春爛漫の季節。父に新しい家の完成を伝える最高の舞台だ。それまで待っても、文句は言われまい。甲斐性の無い息子に出来る唯一の親孝行なのかも知れない。
二十数年を経て、いまリフォーム中の家。年老いた父と並び、日がな一日眺めている。
「ふるさと川柳」公募は3作品です。