こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

イベント前夜

2023年05月13日 00時52分53秒 | 日記
あすは「畑ライブラリー」5月のプログラムの1回目、
「つねじいさんのふるさと紙芝居」を控えている。
きょう必要なものを畑の小屋に運び込んだが、
いつもの通りに緊張感で落ち着けない。
小学生が遠足や運動会の前日に高ぶっり眠れないのと同じである。
たぶん朝まで起きてしまいそうだ。
そこで深夜の「おひとりさまクッキング」にかかった。
まずプリンの作り置き、そしてタコ飯、手ごねハンバーグと、
ひたすら料理に神経を集中している。(失笑)

そこで古い原稿を引っ張り出した。
31年前のミニストーリーである。
やや懐かしい気分に浸ってしまった。

雨上がり



 こう雨がしつこく続くと、やたら腰や足の関節が痛んで苛立って来る。さすが年齢を感じてしまう。おとなしく引っ込んでいるのが最良の方法なのに、じっとしているのは辛い。

 しかし雨では仕事も無理だ。屋内ならまだしも、いま請け負っている仕事は屋根に上がっての作業が中心だ。いくら急かされても、手の付けようがない。ただ我慢、我慢なのだ。

 佐倉伝吉は錻力職人、それも相当年季のの入った一人親方である。既に六十半ばで、若い頃に較べ足腰の衰えは年々酷くなる自覚がある。とまれ職人てのは、本人がその気にならない限り、生涯現役を勤めようと、誰も文句を言いはしない。

 気が楽だと言えばそうだが、伝吉の場合は息子への意地で引退を避けている節がある。

 一人息子の征夫は、

「電機屋とか水道屋ならまだしも、鉄板みたいな重たいもん、屋根の上まで上げるだけでもヒーヒー言うてまうわ。夏場は焼ける屋根材の上で汗まみれの真っ黒や。そんな厄介な仕事、好き好んでやるもんはおらへんわ。俺は全然やる気あらへんで」

 学生時代に何度か手伝わせた体験で懲りてしまったのだろう。錻力屋の後を継げと言うのを、そう拒絶して家を出てしまった。

 その息子に、少々年を食らっても錻力職人として立派に通用しているところを見せてやりたくて、伝吉は踏ん張っていると言っていい。

「お父さん、お茶いれたで、こっちに来いな」

「ほうか。ほな、よばれよか」

 五十年近く連れ添って来た兼子は、いつもきめ細かい配慮を欠かさない。伝吉より三つ上の姉さん女房だが、丈夫で長持ちのタイプらしく、五つは若く見える。それに陽気で楽天的な性格は職人の女房にピッタリだった。

「よう降りよるなあ」

「ほんまや。仕事でけんで干上がってまうがな」

「なに言うとんの。こんな時には、のんびりと休んで貰わんとなあ。長い間、骨身惜しまんと働いて来て貰とるんやから」

 兼子は程好く色の出た番茶を伝吉に差し出した。お茶請けに、伝吉の大好物の栗饅頭が、ちゃんと木皿に二個載せられている。

「さっき坂田はんから電話があったんや」

「なんて?」

「見合い話やがな」

「あいつはまだ諦めんのかいな。見合いする本人が便りも寄越さんと家離れてしもてんのに、ほんまにお節介もええとこや」

「まあそない言わんと。坂田はんもええ思うて……」

「そらよう分かっとるわい。有難い思てるがな」

 伝吉は番茶を一口ゴクリとやると、放心したように天井を見やった。

「征夫がおってくれたらねえ」

「アホ。あいつの話はもうすな。けったくその悪い」

 息子の名が兼子の口から出ると、伝吉は一遍に不機嫌な顔を作った。栗饅頭を指で摘むと、まるで憎い敵を見つけたように睨んだ。

「そない怒らんでも……」

 兼子は、そんな夫を見やって、小さく頷いた。

 征夫が家を出てから五年になる。3年目ぐらいまでは盆正月と秋祭りには帰って来ていたが、ここ二年程は全く顔を見せなくて、手紙も電話もプッツリだった。伝吉が激しく文句を言ったからだと、兼子はしょっちゅう夫を責めたててくる。伝吉は無言で妻に歪んだ表情を返した。お手上げ状態だった。

 とは言え、頑固な父親はさておいても、せめてっはおやにはでんわで連絡を入れてくれても好さそうなもんじゃないかと、兼子は姿の見えない息子を恨みがましく思ったりもする。勿論、親子関係を勘当状態にした夫の責任に尽きるわけだが。

 ただこの頃は、もう諦めてしまっている。

「おい、誰か来たんと違うか?」

「え?」

「玄関が開いたんとちゃうか」

 雨のおかげで少々の物音は消されてしまう。ただ伝吉の勘は普段からいい。

 兼子は素直に立ち上がった。

 伝吉は栗饅頭を頬張りながら、窓の向こう側の鬱陶しい雨脚へ目をやった。

「あんた!はよこっちへ来て」

 兼子のけたたましい声に、伝吉は慌てて玄関へ飛んで出た。

「どないしたんや?」

 本雨滴なものが働いたのか、伝吉の両拳は握り締められている。

「あんた。ほれ、ほれ」

 兼子はもう泣き声になっていた。

 玄関に征夫が立っている。一歩下がった斜交いに若い女が寄り添っている。彼女の胸にはおくるみの赤ん坊が抱かれていた。

「お前…なんや?……帰って来たんか……」

 伝吉は呆然と、それでも息子を前にした父親の威厳を自然に保とうとしていた。

 雨は午後になって上がった。厚い雲は跡形もなくなり、青空が随分と広がった。

 伝吉の心は一向に晴れなかった。くそ面白くないと言った顔付きで、茶の間のざわめきに背を向けたままである。

 兼子は、もう嬉しくてたまらない風で、生き生きと征夫の世話を焼いている。それがまた伝吉には癪に触ってたまらない。

 星井理代子という若い女は、征夫と同棲していた。籍はいれていないと言う。それが子供を作ってのご帰還とは、全く不真面目過ぎる。

 そんないい加減さが、昔人間の伝吉には気に入らない。どうしても認められないのだ。

「あんた、征夫は、いま、設計事務所に勤めてんだって。設計士の資格も、もう直ぐ取れそうやと。ほんまに偉いやないか」

 兼子はいちいち大声で報告する。

「ほらほら、こっちへ来いな。伝太が、こない笑うてくれて、まあ嬉しいがな」

 伝太ってのは、伝吉の孫になる赤ん坊の名前だった。自分の名前の一字を取って名付けられた孫の存在が、伝吉にとっても嬉しくないわけがない。まして初孫なのである。

 しかし、伝吉はどうしても頑なさを崩せないのだ。昔気質の不器用さと言えようか。

「こんな可愛い赤ちゃんも出来たんやから、ちゃんと結婚式も挙げにゃいかんのう」

 兼子の言葉に若い二人は戸惑い気味に顔を見合った。

「母さん。俺たち、結婚式はせえへん。籍だけは入れなあかん思たから帰って来たんや」

「そないな不細工な真似できるまいな。世間体もあるやろ。ちゃんとしたるさかいに…」

「いや、ほんまにええんや。彼女と約束sとるんや。無駄なことはせんとこ言うてなあ」

「無駄な事やて……そんな、お前…」

 兼子は額に皺を刻んで口篭った。

「いいんです。私たちが充分納得しているんですから。元々籍も入れるつもりなかったんですよ。でも、この子が出来ちゃったから、やっぱり籍がいるかなって……」

 理代子は、えらくアッサリした物言いをする。家に来てまだ一度も笑顔は見せていない。

 伝吉は立ち上がると、玄関の方へ足を向けた。

「お父さん、どこ行くの?」

 兼子が気付いてすかさず尋ねたが、伝吉は黙殺して居間を突っ切った。

「もうお父さんは、子どもみたいな真似してから……いつまですねてんのやいな」

 かねこは息子夫婦(?)へ弁解するように、慌てて夫を責めた。伝吉はちょっと荒っぽい仕草で玄関の戸を開け放って外へ出た。

 家の裏手にくっ付いた形の作業場に入った伝吉は、加工台を前にした。樋受けの飾りの型取りをするのが中途で抛ってある。

 別に急ぐ仕事ではないが、何かやってれば気は紛れる。自分の思い通りにならぬモノに、ややこしく頭を使っているよりは格段にいい。

 伝吉は型木に銅板をあてがって金槌を振るった。小気味いい音を立てながら、金槌は伝吉の思い通り確実に叩いていく。五十年以上も妥協しない仕事に賭けて来た

職人芸の見事さだった。

「…あの…バカタレが……!」

 伝吉は思わず吐き捨てた。どうも今日は集中出来ない。あの親不孝者の征夫のせいだった。もう息子と思うまいと無視を決め込んでいるつもりだが、どうも上手くない。あの孫の存在が伝吉の動揺を誘ってばかりいる。

 伝吉は遂に諦めて金槌を置いた。気が乗らないまま仕事を続けても納得いくものが作れるはずはない。職人のプライドが傷付くだけなのだ。伝吉はフーッと大きく息をついた。

 胸ポケットの煙草に手を伸ばしたが、中味は切れている。苛立っていたおかげで補充するのを忘れていたらしい。伝吉は舌打ちした。

「お父さん」

 兼子がソワソワと顔を覗かせた。

「なんや?あいつら抛っといてええんか?」

「いま出ていったがな」

「帰ったんか?」

 伝吉はズボンの埃を払い落した。やっぱり気になっている。久し振りに顔を見せた息子と、まだ何も話していないのに気づいた。

「役場やがな。籍を入れに行くんやと」

「伝太は……?連れて行きよったんか……?」

「当たり前やろ。プリプリ怒ってばかりのおじいちゃんとこに置いとけわな」

 兼子は伝吉に、それと分かる皮肉を言った。

「また帰って来るんか?」

「そやろ。二、三日泊まるー言い寄ったさかい」

 兼子は伝吉の反応をうかっがている様子だ。

「勝手なやつや」

 伝吉は顔をしかめて強い語調で吐き出した。

「まだ、若いんやから゙」

 兼子が慌てて息子の弁解をして見せる。

 伝吉は取り合わず、プイと外に出た。

「お父さん。征夫らが帰って来るまでに、機嫌あんじょう直しといてや。せっかく顔見せてくれたんやから、今夜はご馳走作るでな」

 兼子は、いつになく高ぶっている。

「煙草買うて来る」

 伝吉は一層無愛想になるばかりだった。

 雨上がりの道は心地好かった。周辺は未だ開けていない田舎だけに、あのうるさい車も余り通らなくて尚更気持ちが好いのだ。

 家から三百メートル程行った所に、村で唯一の雑貨店がある。食料品も少し置いてあるので、ちょっとした時に重宝な店だ。店先にはちゃんと自動販売機も並んでいる。

 伝吉は煙草の販売機の前に立って、やっと気が付いた。販売機の前に置かれてあるベンチで、赤ん坊をあやしながら煙草を喫っている若い母親がいる。理代子だった。

「あ?」

 理代子も直ぐに気付いて声を上げたが、別に狼狽する風もなく、えらく落ち着いたままだった。どうも可愛げがなさ過ぎる。

「あの…」

「いや、煙草切らしたんでな。ちょっと買いに出て来たんや…」

 伝吉の方が逆に狼狽えていた。顔が赤くなり、しどろもどろに、しなくてもいい弁解をするはめに陥った。

「あんたら、役場へ行ったんじゃなかったんか?」

「この子を連れてじゃ大変だからって、あの人がひとりで行ってくれたんです」

「そやったんか。それやったら家の方で待っとったらええやないか」

「……でも」

 理代子が言葉に詰まったのを見て、伝吉は兼子の皮肉を思い出した。プリプリ怒ってばかりの伝吉のそばではさぞ肩身の狭い思いをしなければなるまい。

 理代子が片手で支えるように抱っこしている伝太がむずがり始めた。伝吉は反射的に両手を差し出していた。

「わしがかわったろう」

「すみません」

 理代子は伝吉に赤ん坊を預けたので、ホッとした表情で煙草をくゆらしている。自然な喫煙姿に伝吉は感心しながらも、出来るだけ目を逸らせた。むずがるのを止めない孫の伝太をあやすのに夢中にならざるを得なかったし、女性の喫煙に馴れてもいなかったからだ。

 赤ん坊を抱くなど、もう五十年以上のご無沙汰である。伝吉はぎごちなくて危なっかしい手付きながら懸命だった。思うようにならない相手だが、不思議に腹は立たない。

(これが俺の孫か。ほら、おじいちゃんたで)何度も腹ん中で赤ん坊に自己紹介をする自分に思わず苦笑した。照れ臭くて声は出せない。

「優しいんですね…征夫さんとよく似てる……そっくり…」

「え?」

 伝吉は訊き損なったので、慌てて理代子を見返した。はずみで赤ん坊を抱いた手に力が入り過ぎてしまい、伝太は急に泣き出した。          

「あ、かわります、わたし。はい、伝ちゃん、お母さんでちゅからね」

 さすが母親である。手慣れていて、さしもの赤ん坊もすぐに大人しくなった。

「こりゃこりゃ、わしも嫌われたもんやのう」

「そんなことないですよ。まだ慣れてないだけですから……おじいちゃんに…」

 理代子が初めてクスリと笑った。ちゃんと魅力的な笑顔を持っているのだ。

 伝吉は理代子に心を開きかけている自分に気付き、少しばかり驚愕したけれど、すぐに平静を装った。ニコニコ顔になって理代子を見た。

 そんな伝吉に理代子は饒舌で応えた。打ってかわる明るさで、征夫との生活ぶりや、理代子自身の故郷や家族についても話した。

 伝吉は理代子が人前であまり笑顔を出せないでいる理由を知った。長い年月を通じて自然と身に備わった自己防衛だったのである。

 理代子は和歌山の漁師の家に生まれている。四歳の時、不幸にも大きな台風の直撃で父親の船は沈み、両親と兄弟を一度に失っていた。

 幼いころからひとりぼっちで、親戚をたらい回しされているうちに、自分の意志と言ったものを出さないほうが無難なのを覚えたのである。

「私って誰からも嫌われてたんですよ。とても意地が悪くて…暗い性格だったから……」

 理代子は、まるで他人事のように喋った。

「…そんな私を…征夫さんは……掬ってくれた…!」

 急に理代子の顔が歪んで、言葉は詰まった。

 伝吉は理代子が嗚咽する姿に、なす術もなく、ただじっと見守るだけで精いっぱいだった。

 征夫が帰って来るのを待つと言う理代子を残して、伝吉は先に家へ戻った。

「どうしたんやね。ニヤニヤして…気色悪い」

 伝吉の顔を見た兼子は訝しげに訊いた。

「ええんやええんや。それより晩のご馳走の用意は出けとるんか?あいつら、もう帰ってきよるやろが」

「あほらし。どないな具合やいな」

 同じ皮肉を言っても、今はやけに明るい。伝吉の態度から何かを感じ取ったからだろう。兼子は夫の心のうちはちゃんと見透かせるのだ。

「さあ、急いで作らななあ」

「よっしゃー!わしもちょっくら手伝うかいのう」

「ほんま嵐でも来よるがな」

 兼子は軽口を叩きながら台所へ急いだ。

「おい。わしもおじいちゃんやど!」

 伝吉ははしゃぎ声で後に続いた。

(こりゃ、どないあいつらが反対したかて、ちゃんと結婚式挙げたらなあかん。娘がでけるんや。孫を連れて来てくれおった娘や。花嫁姿になったら、そら綺麗やで、間違いあらへん!)

 伝吉はとめどもなく幸せを感じていた。


さあ明日は雨が降るか否か、
4月のプログラムが雨にたたられっぱなしだったので、
不安が尽きない。
野外でやる「畑ライブラリー」は、
天候次第なのである。
それでも明日は6時前に起床の予定だが、
まずは眠りにつかなければ、どうしようもないなあ。(失笑)
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