こころの文庫(つねじいさんのエッ!日記)

家族を愛してやまぬ平凡な「おじいちゃん」が味わう日々の幸せライフを綴ってみました。

「ふるさと紙芝居」ライブラリーを

2023年05月27日 04時21分30秒 | 日記
27日(土)は「畑ライブラリー」のプログラム、
「つねじいさんのふるさと紙芝居」の第2弾。
前回の初紙芝居、
里山を背景に自然の中でのパフォーマンスは、
最高に気持ちよかった。
今回はどうなるかな?
ライブラリーは、
何が起こるか分からないのが愉しいのだ。
10時上演です。

その紙芝居の魅力を教えて頂いたのが、
私が飛び込んだ加古川のアマチュア劇団「くさび」のリーダー。
小学校の先生で、
公民館で「言葉の教室」講座を開催されていた先生だった。
芝居の基本稽古の一環に取り入れられていたのが「紙芝居」である。
町の公演に出向いての実地訓練、
観客の子供を相手に悪戦苦闘の連続。
そこで紙芝居の可能性と魅力を知ったのである。
その先生と10数年前にお会いした時の思い出を書いた原稿をアップしました。
  

 恩師

「ボクはサラダだけでいいよ。最近は食べないんだ。太り過ぎって医者の忠告があってね」

 先生はあっけらかんとした顔だった。どんなものでも実に美味い!といった顔で食べる先生が記憶にある。八十五歳。年齢にさすがの先生も勝てないようだ。ただ、相変わらず人を惹き込む笑顔は健在だ。

 三十数年ぶりの出会いだった。血色のいい顔と饒舌ぶりは全く変わらない。六十五歳、高齢者の仲間入りを余儀なくされた私の方がしょぼくれた老人である。

 恩師だった。小学校の教壇に立たれていたが、そこで教えられた児童だったのではない。アマチュア劇団の活動を通じて人生の何たるかを気付かせてくれた先生なのだ。

 加古川で始まり、姫路、加西と、四十年以上アマチュア演劇に携われたのは、芝居に取り組む先生の一風変わった姿勢が、薫陶を与えてくれたからだった。

 先ごろ急に思い立って、自分が生き抜いた六十五年間の足跡を展示した。舞台写真に、アマ劇団活動と並行した文筆の成果である。新聞や雑誌、書籍に掲載された作品を並べた。その過程で先生を懐かしく思い出した。

さっそく招待状を送った。(もう年だから、来て貰えないかな?)と思ったが、自分の歩んだ道をぜひ見て貰いたかった。先生からすぐ連絡があった。

「ぜひ行かせて貰うよ。君の足跡を見逃せないだろう」記憶にある先生の声だった。案ずる必要はなかった。元気な姿が電話を通して見えた。最寄りの駅に降り立った先生は、しゃきっとした姿を保っていた。あの頃とまるっきり変わっていなかった。

「う~ん!このサラダ美味いなあ」

 レタスを頬張る先生の幸せをひとり占めした顔。なのに私も幸せを感じる。初めて顔を合わせた日がいま目の前に再現していた。

 先生と初めて顔を合わせたのは五十六年前の秋口だ。劇研『くさび』の稽古場は、加古川青年会館にあった。おずおずしながら会館に入った。生まれつきひどい内弁慶で、初対面がいつも一番の難関だった。ところが、先生は逡巡躊躇の間を与えなかった。

「君が齋藤くんか?よう来てくれたね。これから一緒にお芝居を作っていこう!」

 迎えた先生はにこにこと、恵比寿大黒顔負けの笑い顔だった。稽古場は閑散としていた。聞けば、公演のスケジュールが決まらないとメンバーは顔を見せないらしい。その間は先生一人が稽古場に通っている。

「どや、これ美味いぞ。ひとつ食べてごらん」

 先生はボタ餅を食っていた。餅を頬張る底抜けの笑顔に引き込まれた。一個頂戴して口に運んだ。「美味い!」「そうやろ。わし、甘いもんに目がないんや」笑顔は笑顔を呼ぶ。

「好きなもんはとことん好きなんがええ。芝居もボタ餅も仲間も、うん、わし好きなんや。

好きだから一人でも楽しめる。楽しむから仲間が集ってくる。そしたら、なんでも出来よるで」先生は目を糸にして餅をまた頬張った。

 結局、その日は先生以外に誰も現れなかった。冬並みの寒波が列島を襲っている影響もあったのかも知れない。誰だって寒い中を出歩きたくなくなる。

「ボーッとしててもしょうがないな。うん。ちょっとお芝居の基本をやってみようか」 

 先生は手元にあったガリ刷りのホッチキス止めを手渡した。基本練習の教材である。

「アイウエオ、アオ」に始まり。「せっしゃ、親方の……」の外郎売りの口上で終わった。

「きょうはこれぐらいにしとこうか。お疲れさん」

「ありがとうございました」

「初めてにしては上手いなあ、君は。次も僕はこの時間に必ずいるから」

 先生は終始にこやかな表情に終始した。

 先生以外のメンバーと初めて顔が合ったのは、三度目の稽古日だった。三人のメンバーを紹介された。

 公演が決まった。小山内薫の戯曲『息子』と真船豊作品『寒鴨』の二作品だった。未来社の薄っぺらな戯曲本が用意されていた。

「とっつぁん、まだ生きてるかい?」

『息子』の登場人物のひとり、捕り手の台詞を読まされた。相手役の息子は、初お目見えの郵便局員。彼は劇団のスターと言う。今で言うイケメンのひとりだった。

「うん、いいね。この配役でやりましょう」

 ひととおり読み終わると、先生はあっさりと即決した。

「先生…ボク、初めてだし、出来る自信…ありません…」

 戸惑い、恐る恐る小声で訴えた。

「大丈夫。齋藤くんは芝居をやりたいんやろ?それは芝居が好きってことや。そやろ?」」

「はい。それはそうやけど…」

「なら、それで充分や。やる気がなかったらどないもならんけど、君ぐらい生真面目で、やる気があれば、そら誰にも負けへん」

 それでも躊躇する私を、先生は遮った。

「好きなもんは、それを手にするために何とかしようと頑張る。芝居かて同じや。好きやったら、それを舞台にのせるために努力を惜しまんやろが」

「はい…」

「ボクが指導するから、それに懸命になってくれたら充分や。ここで芝居作るんは芝居が好きや言うんが資格や。他にはあらへん」

 先生の言葉は妙に納得できた。

 芝居作りは始まった。日を追うごとに顔ぶれがどんどん増える。美容師や、会社員、職人……年齢もバラバラの顔ぶれだった。本当に芝居をやるのかと疑問なメンバーもいたが、先生の言葉で思い込みは一蹴された。

「みんな好きなんや、お芝居作りが。ここにいる仲間みんなが好きなんや。そんなみんなが力を合わせる。そらもう怖いものはあらへん。ええお芝居が出来るよ。さあ、本番の日に向けて思い切りみんなで楽しもうやないか」 

「はい!」

 みんなの顔がパッと輝いた。

 芝居作りは順調だった。なんと初めて取り組む私なのに、先生は『息子』の捕り手役の他に、『寒鴨』の猟師役を割り振った。

「二つの役なんて無理です。頭悪いからセリフ覚えられるかどうか…自信が……」

「大丈夫や。君は若いから、すぐ頭に入るよ」

 先生の邪気のない笑顔に、それ以上何も言えなかった。それどころか、なぜかやれるという気にさえなった。

 よーく考えれば、十数人もいて、配役を初体験の新米メンバーにダブルキャストだなんて、おかしな話だった。後で知ったことだが、表舞台にあがるよりも、裏方でいいからアマ劇団の活動に参加したいと望むメンバーが殆どだった。曲がりなりにも役者脂肪の私は、先生には貴重な存在だったのだろう。  

遂に迎えた舞台公演。先生はみんなの顔を見回して、やっぱり底抜けの笑顔で鼓舞した。

「さあ、みんな思い切り楽しもう」

 舞台はハチャメチャに終わった。『寒鴨』では台詞に詰まると、私は大袈裟な身振り手振りで誤魔化そうと懸命に動き回った。それでも観客に白けた雰囲気は生まれなかった。

「よかったよかった。齋藤君、どないや初舞台は?芝居ってええもんやろ。みんなもあない喜んでくれてるんやから」

 先生は実に嬉しそうだった。楽屋見舞いに差し入れられた栗饅頭を頬張り、私にもすすめながら、ひとりごちた。

「やる側も見る側も、あない目を輝かしているのん素晴らしいやろ。だから、僕は芝居が好きや。止められへんねん」

 何の惑いもない先生の言葉だった。私はハッと気付いた。

(これが先生の芝居なんや。舞台は楽しいないとあかんねん…楽しないと!)

 打ち上げで先生は底抜けに明るかった。誰彼となく、「君のおかげで舞台は成功したんや。ありがとう、ありがとう!」と連呼した。その姿は不思議に輝いて見えた。

 先生との芝居作りは八年に渡った。初舞台であれほどボロボロの醜態を見せた私は、いつしか劇団のメインキャストをつとめるまでになった。他グループに客演もこなした。

 先生の芝居はただ楽しいだけではなかった。社会問題をえぐる重厚な脚本を次々と書き上げ舞台に上げた。褒めるだけの演出にしか見えなかったが、先生の意図にこたえれるスタッフキャストは確かに育った。先生の芝居作りは、仲間への信頼感熟成が根底にあってのものだと、ようやく気付いた。

「芝居は、舞台は仲間さえおったら出来るんや。みんなが勝手に作ってくれよる。そないなったらもう出来ひんことはのうなるやろ」

 先生の飄々とした姿芝居に取り組むは、誰をも惹きつける何かがある。やはり先生は只者ではなかった。

「齋藤君、どこに行っても芝居はできるさかいな。君は芝居がホンマに大好きや。だからいつも懸命になれる。それが最大の武器や。それで上手くなれる。そんな君やから、ぜひ続けてほしい、お芝居を。君の存在が、新しい君をどんどん育てる。ボクの好きな芝居の担い手をね」

 転職で姫路に移るとき、先生は私にそれとなく使命を与えた。笑顔で、好物の甘いものを頬張りながら…。私もご相伴に預かった。

「先生。デザートに美味しいものを注文しましょうか?」

「うん。それはいいなあ。サラダけじゃ物足りん。少しくらいならいいよな。じゃあ僕はお汁粉がいい」

 先生は相好を崩した。甘いものに目がないのは年齢に変わりなく、やっぱり健在だった。

 お汁粉をとても美味そうに味わう先生の好々爺ぶりに、思わず幸せを感じた。


さあ明日は朝早くから畑に行かなければ。(ウン)
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