坊主山古墳から再び西へ阪和線を越え大山古墳の周遊道に戻り、古墳の3重目の濠に沿いながら歩いていく。この辺りになるとかなり濠も幅が狭くなっており、水深もかなり浅くなっている様子である。
周遊道を北へ歩いていくと、三叉路にでる。ここを周遊道を少し離れる右の道をとると右手に源右衛門山古墳がフェンスに囲われてある。
標柱が見つけることはできなかったのだが、源右衛門山古墳は仁徳天皇陵の陪冢(ち . . . 本文を読む
塚廻古墳から少し戻って大山古墳の東側を走っている阪和線の夕霧町踏切を越えるとスーパーマーケットがあり、その駐車場の中にブロックに囲まれた植込みのような小さな盛土がある。
これが鏡塚古墳と呼ばれる古墳なのだが、説明板や標柱がなければおそらく古墳と意識する人は少ないだろうと思われる。おそらくこの状態のままであればいつも何か風化してなくなってしまうのではないかとも想像される。それほど雑然と駐 . . . 本文を読む