「笑う子規」
正岡子規著 天野祐吉編 南伸坊絵 ちくま文庫
最近、完全に自分の中でブームが来ているのが正岡子規である。前も書いたと思うが、著名な正岡子規の横顔の写真から覚えた興味が尽きない。というかかかわっていけばいくだけ、さらに興味が沸いてくることになっている。ただ、これも自分がある年齢に達したからということもできる。おそらく、20代、30代ではあまり興味が沸かなかったかもしれないな。
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大阪は、高槻、今回は、天下一品八丁畷店である。高槻って京都に行く通過点になっていて、あまり行く機会がないのだけども、今回、ゆえあって、一路地下鉄と阪急電車を訪れることにした。
国道171号線を歩いていると、八丁畷の交差点に南側にある天下一品を発見。高槻にて出会えるとは・・・。思わぬところで懐かしい友人にであったような気持ちであった。
見つけたのは、ちょうどお昼過ぎの時間、小腹もすいて . . . 本文を読む
近鉄の橿原神宮駅を下車。南口を出てしばらく歩くと久米寺という看板を見つける。看板にしたがって行くと、公民館らしき建物に裏側に「来目邑伝承地」と書いた石碑が建っている。
「日本書紀」の垂仁天皇の条に、是歳、来目邑に屯倉を興すという記述があることから、これにちなんで建てられたものなのだろうか。そういえば、この辺りは古代の軍事氏族であった久米氏の拠点とも言われているところであった。久米氏につ . . . 本文を読む
いよいよ高取町での古墳めぐりも束明神古墳で最後となった。岡宮天皇陵を過ぎて北へ250mほど行き、案内板したがって佐田の集落をに入っていく、しばらく行くとまた、写真のように階段を登ることになる。この日は一体何段ぐらい登ったのだろう。また階段かあと心の中で思いながら墓地の横の階段を登っていく。
春日神社の社域に入っていくと、階段の左手に束明神古墳の解説板が建っている。束明神古墳というと明日 . . . 本文を読む
紀路を辿って飛鳥に向かって歩いていく。田んぼの脇に常夜灯が建っている。 もう少し歩いていくと、高取中学校の裏ぐらいを歩いていくと、佐田の岡に出る。犬養孝氏の「万葉の旅 上」によると、この辺り全体が真弓の丘と呼ばれており、佐田の岡はその部分名であるという。佐田の岡を歩いていくと左手に、岡宮天皇真弓丘陵が見える。岡宮天皇というのは、天武天皇の皇子、草壁皇子のことで、奈良時代、淳仁天皇の時に、草壁皇子 . . . 本文を読む
京都三条大橋を西へ向かって渡り、少し行くと森鴎外の小説「高瀬舟」で知られる高瀬川が南北に流れている。三条小橋が架かっている。そのたもとに「前関白従一位豊臣秀次公之墓所」と書かれた石柱が建っており、瑞泉寺の山門がある。昔から、瑞泉寺の存在は知っていたのだが、なかなか足を踏み入れる機会がなく、今回、初めて中に入ってみた。お寺自体は、そう大きくはなく、本堂と地蔵堂、豊臣秀次やその一族のお墓などがある。 . . . 本文を読む