地下鉄谷町9丁目駅の階段を登って、西へ千日前通りを行くと、すぐ北側に常國寺という山門と本堂、墓地だけがある小さい法華宗のお寺がある。
門の前に . . . 本文を読む
本能寺を出て、寺町通をぶらぶらと古書店や鳩居堂などを眺めながら歩く。鳩居堂では、手紙バイキングなどとお洒落なことをしていた。そういえば、手紙というものを随分と長いこと書いていない。実家を出た当初は、母などからもらったりしていたのにね。メールやラインなどに置き換わってしまったのは、今になってみると非常に残念な気がする。手紙というツール出なければ伝えられない気持ちというものもあっただろうに。
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丸太町通から南へ寺町通を下る。寺町通は、もともとは平安京の東京極大路、それが豊臣秀吉の京都改造で、通りの東側に寺院が集められたため、寺町通と呼ばれるようになった。
そのためか、通りには、骨とう品や墨や筆、古美術品などを扱う店舗が並ぶ。
通り歩くと、すぐに目につくのが、下御霊神社の赤い鳥居である。
下御霊神社は、京都御所を挟んで北側に鎮座する上御霊 . . . 本文を読む
前回の続きである。
後鳥羽天皇、順徳天皇大原陵からさらに奥に行ったところに宝泉院という小さなお寺がある。
この寺は、隣接する勝林院の塔頭で隠居寺のためか、あんまりお寺というよりも住居に近い雰囲気がする。入山料を支払って、山門から中に入る。入山料は、茶菓付きで800円、ちょっと高いとこの時は思った。
境内には、雪が白く積もっていた。 . . . 本文を読む
「鎌倉殿の13人」の影響か、京都の奥地、大原に行ってみた。昔は、大原に行くとなると、京阪三条から京都バスで行くというのがパターンだったのだが、最近は、地下鉄などもできかなり行きやすくなった。今回は、地下鉄で国際会議場前駅まで乗り、そこから京都バスで向うことにした。
途中、八瀬を越えたあたりから、雲行きが怪しくなり、大原の手前辺りでは、空に雪雲が広がり、虹のようなものが山にかかっていた。もしか . . . 本文を読む
近鉄の石切駅から北へ山手幼稚園を過ぎてさらに行ったところに日下新池というため池がある。
別名天女が池とも呼ばれ、春の時期は、桜の名所として地元ではよく知られている場所であるらしい。
この場所を訪れたときは、春も終わりの時期であったか、池の端には桜の花がいくらか残っていた。大正時代には、この辺りには日下遊園地というものが開かれ、温泉や旅館などがあり大いに賑わったらしい。
残っていた桜 . . . 本文を読む
今年の大河ドラマ「鎌倉殿の13人」にすっかり魅了され、毎週日曜日の放送が楽しみで仕方がないのだが、その中で、ドラマの当初、物語を引っ張っていたのが、上総介広常扮する佐藤浩市であったと思うが、源頼朝に最初に粛清された御家人として、大勢の御家人の前で暗殺される。広常の死がきっかけとなり、鎌倉殿を中心に御家人が一つにまとまることになった。いわば暗殺が、時代を一つ前に進める契機になったという事なのだろう . . . 本文を読む
京都の東山、円山公園から清水寺に抜ける高台寺道、今ではねねの道と言った方が通りがいいかもしれないが、おそらく今や京都の観光地で一番観光客が多い所かもしれないが、その道沿いに、月真院という小さなお寺が建っている。門前を通る多くの観光客は、特に気に留めることなく素通りしているのだが、ごくたまに、御陵衛士屯所址の石碑などを見て、足を止める人が居る程度である。
御陵衛士とは、慶応3年3月、新選 . . . 本文を読む
司馬遼太郎の新選組を主題にした小説をよく読むと、必ずしも新選組を称賛しているわけではないことに気づく。彼らの田舎風なところを揶揄しているような内容のものも散見される。今回、取り上げてみる「四斤山砲」もその一つであろう。
内容は、永倉新八の師匠筋にあたるものと名乗って、大林兵庫という人物が新選組の屯所を訪ねてきたところから、物語は始まる。永倉新八自身は記憶がないものの、そういうものかというわけ . . . 本文を読む
最近、何十年ぶりにか司馬遼太郎氏の連作短編集「新選組血風録」を読み直している。いくつかの短編に、実際に小説の中に描かれている場所を歩いたりしていることから、少しこのブログでも取り上げてみようと思う。
その中の一編「沖田総司の恋」。この連作短編集において取り上げられる隊士は、暗殺や切腹などで志半ばで命を終えるのだが、この「沖田総司の恋」は将来の総司の早逝を予感させつつ終わるものの作品の中では死 . . . 本文を読む
談山神社の広い境内には、万葉歌碑がいくつか置かれている。そのうちの二つを紹介したい。
一つは、談山神社に登ってくる途中にあった東大門の横に置かれている。
門の後ろにこじんまりと置かれており、気づかずに行ってしまってもおかしくないような感じだった。
歌碑には、柿本人麻呂の歌で、「久方の 天ゆく月を 網にさし わが大君は きぬがさにせり」とあり、歴史小説家山岡荘八氏の揮毫によ . . . 本文を読む
奈良県下にある會津八一の歌碑についての記事が多くなってきたので、まとめてみることにしました。
「西の京をあるく おまけ ~會津八一歌碑~」(薬師寺)
「興福寺 ~會津八一歌碑~」
「東大寺 ~會津八一歌碑~」
「秋篠寺 ~會津八一歌碑~」
「新薬師寺 ~會津八一歌碑~」
「猿沢池 ~會津八一歌碑~」
「中宮寺 ~會津八一歌碑~」
「法隆寺ⅰセンター ~會津八一歌碑 . . . 本文を読む
先日、紅葉狩りと洒落こんで、大阪府は河内長野市(近頃は奥河内なる呼称を使っているようだが、)にある観心寺に行ってみることにした。
観心寺は、その創建は古く、飛鳥時代の末、大宝元(701)年役小角により開かれたと伝わる。その後、空海がこの地を訪れて、むずから如意輪観音像を刻んで安置し、寺号を観心寺としたとされる。
中世に入り、楠木正成など、河内の豪族であった楠木氏の菩提寺となり、その . . . 本文を読む
司馬遼太郎氏の連作小説、「幕末」を一週間ほどかけて読んでいるのだが、その中のひとつに「冷泉斬り」と題された短編がある。
簡単にあらすじをたどると、宮廷の絵師である冷泉為恭に天誅を加えようとする長州藩の脱藩浪人間崎馬之助が主人公である。間崎は、冷泉為恭の暗殺のメンバーに加わるも、為恭の妻、綾子の密通現場を目撃してしまい、その後、暗殺する気が失せていく、一方、世間は、冷泉為恭の暗殺のボルテージが上 . . . 本文を読む
飛鳥における万葉歌碑について、ブログの記事が増えてきたのでまとめてみました。
※2021年9月20日 飛鳥の万葉歌碑㉒ ~玉藻橋~を追加しました。
飛鳥の万葉歌碑① ~伝飛鳥板蓋宮跡~
飛鳥の万葉歌碑② ~飛鳥民俗資料館~
飛鳥の万葉歌碑③ ~県立万葉文化館駐車場~
飛鳥の万葉歌碑④ ~県立万葉文化館庭園 その1~
飛鳥の万葉歌碑⑤ ~県立万葉文化館庭園 その2~
飛 . . . 本文を読む