大阪は羽曳野市にある古墳です。峰塚古墳がある公園の西側の丘陵を登ったところにあります。はじめ所在地がわからなかったのですが、峰塚古墳のボランティアガイドをされている方が親切に、案内してくれました。
古墳の墳丘自体はかなり破壊されており、横口式石槨が開口しています。古墳自体は円墳だとのこと。あんまりわかりませんが・・・。
脇にある石は、羨道の石なのかもしれないですね。
少しデータ的なものを記載します。
発掘調査がされており、直径約30メートルの円墳とのこと。石槨部は、長さ2.13m、幅0.87m、高さ0.63mで、大きさから考えて、一人用の埋葬施設のようだ。7世紀中ごろの築造と考えられている。
大化の改新前後に作られたということかな。ほぼ終末期の古墳である。
ちなみに、「軽里の掘抜石棺」というのは、明治45年に開墾に際して発見された時につけられた名前のようだ。
横口式石槨の解説はこちらを参考。→羽曳野市解説ページ
高松塚古墳やキトラ古墳も横口式石槨を持つ古墳です。
公園の地図を見ると、小口山古墳の周辺に、小口山東古墳という記載があるのだが、詳細はわからなかった。
古墳の全景です。ボランティアガイドの方に案内してもらわなければ見落とすところでした。ありがとうございました。
古墳の墳丘自体はかなり破壊されており、横口式石槨が開口しています。古墳自体は円墳だとのこと。あんまりわかりませんが・・・。
脇にある石は、羨道の石なのかもしれないですね。
少しデータ的なものを記載します。
発掘調査がされており、直径約30メートルの円墳とのこと。石槨部は、長さ2.13m、幅0.87m、高さ0.63mで、大きさから考えて、一人用の埋葬施設のようだ。7世紀中ごろの築造と考えられている。
大化の改新前後に作られたということかな。ほぼ終末期の古墳である。
ちなみに、「軽里の掘抜石棺」というのは、明治45年に開墾に際して発見された時につけられた名前のようだ。
横口式石槨の解説はこちらを参考。→羽曳野市解説ページ
高松塚古墳やキトラ古墳も横口式石槨を持つ古墳です。
公園の地図を見ると、小口山古墳の周辺に、小口山東古墳という記載があるのだが、詳細はわからなかった。
古墳の全景です。ボランティアガイドの方に案内してもらわなければ見落とすところでした。ありがとうございました。
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