平林古墳の横穴式石室の見学の後、古墳よりも北東の方角、兵家の集落をめざして、東海自然歩道を歩いていくと、ため池のすぐそばに目的地である芝塚1号墳がある。 芝塚1号墳は、前方部を北東に向ける全長50mほどの前方後円墳である。後円部の埋葬施設は調査が行われていないため不明ではあるが、前方部では木棺の直葬墓が見つかっている。築造は6世紀の前半と言われている。 前方部には、木棺直葬墓が見つかった場 . . . 本文を読む
葛城市の兵家にある平林古墳。葛城市歴史博物館に鍵を借りて開錠。博物館から古墳までがかなり距離があり、歩いて1時間ほどかかった。 とりあえず古墳までは、道の駅かつらぎを目印に北西へ、南阪奈道路をくぐって兵家の浄水場の横に所在する。 全長62mの前方後円墳で、前方部が山側を向いていて、後円部よりも前方部の方が高い位置にある古墳である。 後円部に両袖式の横穴式石室があり、通常は鍵がかかっている . . . 本文を読む
千本今出川のバス停のすぐ後ろにある御陵である。 学生時代、千本今出川に仲の良い友人が住んでいたので、その下宿先から帰るのに、千本今出川のバス停を使っていた。 その時分は、般舟院陵の存在は気がついていたのだが、いつも門が閉まっていて、陵域に入ることが出来なかったのでそのままスルーしていた。 先日、偶然前を通りかかると土日は試験的に空けるようになったとのことで中に入ってみることにした。 陵内は訪 . . . 本文を読む
ブログ内に天皇陵等についての記事が一定数増えてきたのでまとめてみました。 天皇・皇后陵 畝傍山周辺の御陵① ~神武天皇畝傍山東北陵~ 畝傍山周辺の御陵② ~綏靖天皇桃花鳥田丘上陵 畝傍山周辺の御陵③ ~安寧天皇陵・懿徳天皇陵~ 葛城の国の古墳めぐり(御所篇)① ~鴨都波神社・孝昭天皇陵~ 葛城の国の古墳めぐり(御所篇)⑩ ~孝安天皇陵・玉手駅~ 葛城の国の古墳めぐり ⑫ ~北花内大塚古墳(飯豊天 . . . 本文を読む
陽成天皇陵から少し西へ、岡崎通を斜めに上がると少し坂になっており、その左手に後一条天皇陵がある。全体的に周りよりは高い位置にあった。 ちなみに拝所に立てられてる制札を見ると、後一条天皇ともう一方、後一条天皇の第一皇女である章子内親王も同じ場所に埋葬されている。 後一条天皇については、大河ドラマ「光る君へ」で重要人物の一人である一条天皇と藤原道長の娘である藤原彰子との間の子である。 一条天皇と . . . 本文を読む
京都市内をぶらぶらと自転車で走っていた時、たまたま真如堂に行く途中に見つけた。密集した住宅街の中にあるので、ちょっとわかりにくい。 陽成天皇は、平安時代前期の天皇で、源頼朝などで知られる清和源氏の祖である清和天皇の第一皇子。母は藤原高子。876年清和天皇の譲りを受けて9歳で即位する。乱行が絶えず、884年宮中での殺人事件を契機に、関白藤原基経に廃され、祖父文徳天皇の異母弟である時康親王に譲位 . . . 本文を読む
続いて訪れたのがコナベ古墳。この古墳も墳丘の長さが200mを超える巨大古墳である。お隣のウワナベ古墳よりは古い古墳のようだ。 航空写真等で見ると、墳丘の形がずんぐりむっくりとしていてあまり良くない気がする。 コナベ古墳と自衛隊の奈良基地の間の細い道を歩きながら、墳丘を観察。前方部と後円部、その間にある造出しが確認できる。 この日はそうでもなかったのだが、コナベ古墳の周濠の水の色がいつも白 . . . 本文を読む
夏は朝墳活という訳で、朝5時に家を出て、今回は佐紀盾列古墳群の東群にあたるウワナベ古墳やコナベ古墳などを見て回った。 朝早い近鉄電車は普通電車しかなく、各駅停車でゆっくりと目的地へGOGOである。こんな時間でも、意外と電車に乗っている人は多く、これから朝練に行くであろう高校生や仕事帰りのような若者たちが結構いた。ただ、こんな早くから古墳の写真を撮りに行こうという人はいない。昆虫採集の子どもはいた . . . 本文を読む
令和6年9月21日(土) 池上曽根遺跡は、和泉市から泉大津市にまたがる弥生時代の大規模な集落跡であり、これまで発掘調査において数多くの画期的な発見があった著名な遺跡であり、昭和51年には国の史跡に指定されている。 今回は、令和5年に続く、史跡公園の第2期整備事業に伴う発掘調査とのことだ。 この日は、電車の接続が上手くいかず、現地説明会の始まってから現地に到着してしまった。非常に風の強い日で、風に . . . 本文を読む
お酒の王様「月桂冠」で知られる大倉酒造記念館は大勢の観光客で賑わっているが、そのすぐ向かいにある松林院という小さなお寺がある。 お寺の前を通る人のほとんどが足を止めることのない様な寺院なのだが、実は、幕末、寺田屋の女将として、「竜馬がゆく」などの司馬遼太郎の幕末を舞台にした小説にしばしば登場するお登勢の墓があることで知られている。 ちなみに寺院は非公開なので、中に入ることはできない。隣の月桂 . . . 本文を読む
明治天皇陵から桓武天皇陵へは、元来た参道を引き返す途中に分岐点があり、桓武天皇陵への参道がある。 写真のような石標があり、これに従って北の方角に向かって歩いていく。 ここでも途中、参道の脇には石垣などに使われていたような石が林の中にごろごろ転がっていた。 ほとんど歩く人もいないような静謐な参道を歩いていくと、桓武天皇陵の制札が建っている。そこで右に折れて拝所に向かう。 桓武天皇は、第50代 . . . 本文を読む
JR桃山駅から次にめざす明治天皇陵は、線路を渡って東へほぼ一直線である。 参道の玉砂利の上を小さな音を立てながら前に進んでいく。この地はもともとは豊臣秀吉の居城伏見城があった場所である。そのためか少し上り坂になっている。 人もいない静かな空間になっている。しばらく歩いて、道のわきを見ると大きな石が何十個も無造作に置かれている。 石をよく見ると石を加工するための矢穴や家紋のような刻印がある . . . 本文を読む
今回は、京都は伏見にある天皇陵をいくつか探訪してみようという事で、まずは、JR桃山駅の近くにある光明天皇・崇光天皇の大光明寺陵に行ってみることにした。 JR奈良線桃山駅、ここから光明・崇光天皇陵までは、歩いて10分ほどである。 駅舎を出て、南へ歩き、どん突きを東へ、住宅街の中、線路沿いを歩いていくと、進行方向の右手に、陵墓への参道があった。 緩やかな石段を少し登った後、平らな道を歩いていく . . . 本文を読む
朝墳活もいよいよ最終編。崇神天皇陵と治定されている行燈山古墳である。 国道169号線から拝所までの参道が少し距離があるのだが、松の木や両側にあるアンド山古墳、南アンド山古墳といった陪冢とされる古墳を眺めながら、砂利道を踏み歩いていくのが気持ちがいい。 これまで数多くの古墳を見てきたけど、行燈山古墳の景観は、その中のBEST5には入ると思う。青い空と白い雲、水量豊かな周濠、緑に覆われた墳丘の姿に . . . 本文を読む
渋谷向山古墳の北側に隣接する上の山古墳へ向かう。※この辺からは天理市に入るのだが、ややこしいので引き続き「朝墳活IN纏向」の題名を使うことにする。 上の山古墳は、全長144mの前方後円墳で、渋谷向山古墳と主軸が直交する形で築造されている。 現在は、景行天皇陵い号陪冢として宮内庁が管理しているほか、西側のくびれ部分には、式内社水口神社がある。 また、古墳の西側と国道の間はポケットパークのように整 . . . 本文を読む