◎今日の一枚 224◎
Thelonious Monk & Gerry Mulligan
Mulligan Meets Monk
もう10年以上も前のことだが、退職まぎわのNさんが、私がジャズファンだと知って次のようにいったことがある。「若い頃、モンクを聴いて、ずっと引っかかっているんだよね」なんでも大学生の頃、当時流行のジャズ喫茶でたまたまモンクを聴き、何か引っかかるものを感じたのだそうだ。ジャズに詳しい当時の友人たちは解説を加えてくれたようだが、その高尚で難解な言語の意味はわからず、その引っかかるものの正体も結局わからずじまい。就職して日々の忙しさの中でジャズに接する機会もなく今日まできたのだという。「退職したら、ジャズを聴こうと思っているんだよね」といったNさんを羨ましく思ったことを憶えている。数年後、またまた秋吉敏子のコンサートで会い、悠々自適にジャズを聴いている彼の生活をさらに羨ましく思ったものだ。
村上春樹氏にならっていえば、セロニアス・モンクは「謎の男」なのだろう。
「モンクの音楽は頑固で優しく、知的に偏屈で、理由はよくわからないけれど、出てくるものはみんなすごく正しかった。その音楽は僕らのある部分を非常に強く説得した。彼の音楽はたとえて言うなら、どこかから予告もなく現れて、なにかすごいものをテーブルの上にひょいと置いて、そのままなにも言わずに消えてしまう 《 謎の男 》 みたいだった。」(和田誠・村上春樹『Portrait in Jazz』新潮文庫)
ジェリー・マリガンとセロニアス・モンクの共作『マリガン・ミーツ・モンク』、1957年の録音だ。わざとアクセントをずらして言いたいことを強調するような個性的なモンクのピアノに対して、マリガンのバリトンサックスの大きく、太く、力強い音は決して負けていない。後藤雅洋氏が「モンクのピアノはかなりアクが強いが、マリガンのバリトンも音に力があるので、十分対抗できるのだ」(後藤雅洋『新 ジャズの名演・名盤』)という通りだ。あるいは、バリトンという楽器の特性上か、マリガンの演奏が決してスムーズなものではないことが、モンクの奏でる不協和音との相性の良さにつながっているのだろうか。いずれにしても、二人の絡み合いが、微妙な緊張を孕みながら、叙情的でどこか心地よく、しかし素通りすることのできない印象的な世界を形作っている。
とても個性的な演奏であるにもかかわらず、特別な理論上の知識などなくとも大変聴き易く、十分にその魅力を味わうことのできる一枚だ。退職したNさんは、このアルバムを聴いただろうか。