●今日の一枚 396●
Cannonball Adderley
In Chicago
彼が亡くなったことを知ったのは、その死から5年も経過してからだった。私より3つ年下の彼とは、職場で一緒になり、同じ傾向の音楽を好み、同じような文化観を持っていたことから意気投合した。我々はまだ独身で、毎日のように飲み歩き、田舎の夜の街を駆け巡った。今よりずっと若い頃、そう、バブルの頃の話だ。一緒に酒を飲み、音楽を聴き、スキーに行き、そして議論した。もしかしたら我々は、周囲の人たちからは「セット」として認識されていたかもしれない。そのうち、お互いに異動し、彼は仙台に、私は現在の街に住むようになった。時折、何かの会合で私が仙台に行けば、酒を飲み、近況を語り、意見を交換した。お互いに仕事が忙しくなり、さらに家庭を持つようになると会う機会はめっきり減ってしまった。年賀状を出し合うような「硬い」関係ではなかったし、またそういったガラでもなかったが、元気でやっているに違いないと思っていた。そう信じて疑わなかった。
去年のことだ。その頃一緒だった他の友人と飲んだ際、「あいつ残念だったよな」といわれ、彼の死を知った。主任だった職場のセクションの飲み会の後、家に帰って床につき、朝冷たくなっているところを発見されたのだという。
何を語ればいいのだろう。彼の死について考えると頭が混乱する。自分の中から何かが抜け落ちてしまったようだ。同じ時代を生き、多くの同じ時間を過ごした。年下の彼から本当に多くのことを教えられ、そして考えさせられた。そういう存在だった。
キャノンボール・アダレイの1959年録音作品、『イン・シカゴ』。コルトレーンを含む、マイルス・ディヴィス・セクステットのメンバーとともに繰り広げたセッションである。パーソネルは、Cannonball Adderley(as)、John coltrane(ts)、Wynton Kelly(p)、Paul Chambers(b)、Jimmy Cobb(ds)である。ジャズらしいジャズだ。正統的ジャズである。①「ライムハウス・ブルース」、④「グランド・セントラル」の疾走感や、②「アラバマに星落ちて」、⑤「ユーアー・ア・ウィーヴァー・オブ・ドリームス」の歌心に魅了される。キャノンボールのアルトはマイルス・グループの時とは違って、自由奔放だ。コルトレーンの即興も素晴らしい。ジャズ史を彩る、あの革命的な1959年の録音作品の中にあっても、光を放つ一枚だろう。
ドラムスのジミー・コブ。もう20年以上も前のことだが生の演奏を見たことがある。岩手・一関のジャズ喫茶「ベイシー」でのライブだった。ナット・アダレイのグループでの演奏だったが、理知的でドラムスの求道者然とした風貌にすっかり魅了された。一緒に行ったのは彼だった。彼は「かっちょいい」と語り、私もまったく同感だと思った。
ジミー・コブの演奏を聴くと彼を思い出す。彼の死を知る前からずっとそうだった。