10代最後の初夏
この時期、恋に遊びに勉強にと人生の黄金期とも言えるだろう
僕はこの時期、大阪で汗と埃にまみれて土方仕事にのたうち回っていた
その日はヘドロまみれでガスが発生しそうな受水槽を掃除していた
(アカン、こりゃ死ぬかも知れん日当4千9百円で死んだらしゃれにならんな)とか思いながら仕事をしていた
監督のシゲやんは自分じゃ入らずに上から覗いていた
「ひろ造、ちゃっ!ちゃっ!とやらんかい、」とかいつも怒鳴っていた。
ようやく片付いて穴から外に出たらシゲやんはいなくて
にこにこした知らないおばさんがいて
「兄ちゃん生命保険に入らへんか」と勧誘された
僕もそれもそうやなと思って田舎の母に相談したら怒られた
仕事が終わったら天六の商店街にあるパチンコ屋に直行した
その頃、パチンコの革命とも言われるフィーバー台が登場して
座る台も無いぐらい繁盛していた。
店に入ったら土方仲間が皆打っていて
泥まみれになって稼いだ日当はいつもあっという間に無くなった
毎日、(わし何の為にどやされながら働いているんだろう)と思った。
10代最後に暮らした大阪
パチンコでたまに儲かると元禄寿司に冷えたビール
阪急百貨店のビフテキ、三番街のお好み焼きにクリームソーダ
御堂筋の並木が新緑に輝き地下街から出される熱風が気になりだした頃また大阪の暑い夏が来る