夕方5時半、ジャンジャンジャンと言うドラの音を合図にフェリーボートが故郷の岸壁を離れた
船は軽い上下のピッチングを繰り返しながら沖に向かう
カーペット敷の2等客室は升目に区切られ
雑魚寝の客に見知った顔がチラホラ窺えた
デッキに出ると船は重いエンジン音を響かせながら
暗い海を船首で切り裂きながらゆっくりと進む
暗い海の彼方にどこに向かうのか他の船の灯りがぽつりぽつりと見えた
18歳の自分自身の人生もどこに向かっているのか分からなかった
船の到着地は神戸
乗船して5時間が経とうとした頃、急に乗船客の動きが慌ただしくなり
船が神戸港に近付いたのを感じ取った
荷物をまとめ下船口から陸を眺めていると急に宝石をまき散らした不夜城のような神戸の夜景が視界一杯に広がる
やがて船はその不夜城の門番に合図を送るかの様にボーと言う汽笛を2度ほど鳴らした
船は岸壁に滑り込むように横付けされ陸の作業員がビットに縄を繋ぐ
乗船客は我先に下船する
客のほとんどは関西在住の人々で神戸に着くと即
皆、明日からの労働や学業と言った現実が脳裏をよぎった
深江のフェリーターミナルから阪神芦屋駅に向かう
まさかこの時から十数年後、大震災でこの辺りが壊滅的被害に遭おうなどとは誰も知る由も無かった
阪神芦屋発23:00梅田行き
まばらな乗客の中に小さな女の子とその母親が乗っていて
女の子が自分の事を見つめる視線に気づいた
僕はうつろな目で流れゆく車窓を見ていた
淡々と後ろに過ぎ去る夜陰の風景が大阪で無意味に過ごしている時間と同じ様な気がした
尼崎が過ぎ梅田に着いた
北の繁華街は喧騒の時間が過ぎ街はひっそりと寝静まろうとしていた
酔客もほとんどが今晩の寝床に着いた頃だろうか
阪急の梅田駅に向かう
梅田発23:30河原町行き
終電近くでほとんど乗客がいない
淀川を渡り十三を過ぎ急行の止まる茨木の次の小さな駅
23:50阪急総持寺駅着
あと10分で日付は変わろうとしている
町は暗闇に包まれて人影は見えない
改札を出ると
駅前にいつも入り浸ってるパチンコ屋の看板が僕を迎えた
(お帰りー寂しかったで、明日待っとるで)
高架をくぐると毎日食べに寄る立ち食いの阪急うどんがあって
どぶ川の流れる小さな商店街を抜けると
古い団地が立ち並んでいる
団地を過ぎコインランドリー前の小さな路地を何度か曲がると
どん詰まりに建つ古いアパートが僕を迎えた
(お帰り帰って来たんかいな、帰って来て何すんねん?)
管理人室前の下駄箱を開け自分の上履きを出すと
踊り場のある木造の階段を二階に上る
自分の部屋は角部屋だ
部屋の引き戸を開け薄暗い電灯を点けると
三畳一間に万年床が敷いてある
万年床が僕にささやきかける
(待ってたで、お前のオアシスはこの万年床だけやで)
万年床に座り込んでふと考えた
(明日から何しよ)