語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【原発】立地自治体という「異質な空間」 ~待ち受ける廃炉の群~

2012年07月11日 | 震災・原発事故
(1)法的根拠のない手続き
 福島第一原発事故が起きて、原発立地自治体の「異質性」が浮かびあがってきた。あれだけの重大事故が起き、多数の避難者や放射能被害を生み出しているにも拘わらず、少数の例外を除いて、立地自治体の首長の多くがなおも原発再稼働を待っているからだ。
 極めて問題の多い大飯原発再稼働が、なし崩しに決まった。政府(しかも一部の大臣たち)が立地自治体の「同意」をもって原発を稼働する、という手続きに法的な根拠はない。しかし、政府と立地自治体の取引関係で原発再稼働が決まっていく事実の中に、オイルショック以来、日本が本格化させてきた原発推進政策の「構造」がそのまま再現されている。
 原発の建設を促進する政府は、経済成長のために「国策」の「犠牲」になって原発を受け入れる立地自治体を必要とした。政府の農業や地域の切り捨て政策の結果、経済的な「豊かさ」から取り残された過疎地が絶えず生まれてくるので、政府は、そこに原発を受け入れる「ご褒美」を与えて原発を立地させた。こうして日本中に飛び地のようにして「異質な空間」が次々と作られていった。
 この「ご褒美」は、過疎化で消滅しかねない地域にとって酸素吸入器のようなものだ。酸素を送るのを停止すれば、たちまち命が絶たれてしまう。政府は、原発に絶対反対しない「異質な空間」を、原発を推進する強固な基盤として築いてきたのだ。
 かかる基盤のうえに、野田佳彦・首相が原発なしには「国民生活は守れない」と述べ、西川一誠・福井県知事は被災地元になるかもしれない周辺自治体との協議を拒否し、あくまでも「消費地」としての理解が得られるようにと言い続けたのだ。
 野田首相と福井県知事とのエールの交換は、これまで進めてきた原発推進政策の「構造」を固定化したいという意思表明に他ならない。
 逆に言えば、大飯原発3、4号機の再稼働決定の背後に隠された「構造」を断ち切らないかぎり、最終的に脱原発は実現しない。

(2)原発依存財政の仕組み
 飛び地のような「異質な空間」は、どのようにして形成されてきたか。
 立地自治体にとって、原発から上がる収入は、
 (a)計画から建設段階まで・・・・電源三法交付金【注】が重要な収入源。
 (b)運転開始後・・・・固定資産税が主な収入源。
 固定資産税は、立地自治体の税収の7~9割を占め、市町村の全国平均44%を大きく上回る。財政力指数は、全国平均0.53に対し、原発が立地する市町村はほとんどが1を超える。この豊富な財源が「異質な空間」を作りだしている。
 ただし、固定資産税は、減価償却が進むと大幅に減る。原発の法定耐用年数15年(財務省令で定める)だ。固定資産財が交付金その償却資産価値は最初の5年で初年度の2分の1に下がり、営業開始から20年で残存簿価が5%に減る。
 原発から上がる収入は永続しない。(a)は原発建設開始後5年間で、(b)は20年間で切れる。立地自治体は、酸素吸入器が切れた状態に陥ってしまう。いったん膨張した財政規模を縮小することは難しい。そこで次の原発が欲しくなる。こうして「原発銀座」が形成されていった。

 【注】立地自治体への交付金制度。1974年に導入された。国が電気事業者の販売電気に電源開発促進税を課し、これを原資にして、立地地域への交付を行う仕組みだ。電源三法(電源開発促進税法・電源開発促進対策特別会計法・発電用施設周辺地域整備法)によって決められている。

(3)なぜ酸素吸入器なのか
 原発が誘致されても、立地自治体の高齢化と人口減少傾向は止まらない。
 しかも、原発がいったん立地すると、その関連会社以外に企業も産業もなくなっていく。
 しばしば電源立地地域は、開発が終わると、それまでいた人口は急速に減少し、過疎地になってしまう。<例>福島県・・・・明治時代に盛んに行われた奥只見の水源開発。
 ダムを原発に置き換えても同じ問題が発生するが、原発はいずれ廃炉にしなければならないから、問題はより深刻だ。固定資産税が切れるたびに次々と原発を建設していけば、当面はこの問題を避けられるが、いずれに限界に突き当たり、廃炉過程に入った原発だけが多数残るからだ。この問題を避けるために、新たに設けられる40年廃炉規制を超えて老朽原発を動かそうとする動機が働く。それによって人口衰退のシナリオは先延ばしにされるが、代わって老朽原発を稼働する危険な状況を甘受しなければならない。
 いずれにせよ、廃炉過程に入った原発が残る。すると、原発からの収入も雇用もなくなる。その時、本当に人の住まない地域になる。
 いったん原発に染めた立地自治体は、できるだけ将来世代にツケを先送りにする。すると、ますます引き返せなくなっていく(悪循環)。立地自治体は、未来への展望を持てない。

(4)可視化された事故被害
 政府と「異質な空間」との取引によって成り立つ原発立地の仕組みは、福島第一原発事故によって明らかに限界が見えてきた。政府は、原発問題を「異質な空間」に閉じ込めることができなくなったのだ。
 福島県の県外への避難者は6万人を超え、県内外の避難者は16万人に及ぶ。にも拘わらず、政府が行ってきたのは安全基準の緩和だ。
 他方、政府は放射能被害に対して真剣に取り組んでいない。現段階では効果の薄い高圧洗浄や草むしりなどの手抜き除染しかせず、自然減衰に任せている。それは広範囲に及ぶ。除染事業汚染状況重点調査地域に指定された岩手、宮城、福島3県の53市町村は2011年度中に除染実施計画を提出したが、政府はほとんど承認していない。政府の不作為の背後にあるのは、東電の救済であり、財政負担の削減だ。
 (2)-(a)の交付も(2)-(b)の収入もない周辺自治体に放射能被害だけがもたらされ、しかもその対策が放置されている。
 かくて、多くの人々は、いったん原発に苛酷事故が起きた場合に何が起こるか、分かってしまったのだ。3・11の原発事故は、政府と「異質な空間」との取引関係だけで原発を建設したり運転することの正当性を失わせた。少なくとも、嘉田由紀子・滋賀県知事のいわゆる「被災地元」が、自ら原発再稼働に関わる権利を主張するのは当然だ。その正当性を裏づけるのは、原発再稼働を求める立地自治体の首長が利害関係者であることだ。<例>おおい町長も玄海町長もその長男が原発関連会社を経営している。
 彼らが「被災地元」を無視する発言をオウムのように繰り返しても、説得力はない。

(5)問題解決の糸口はどにこ
 解決策は3つあるが、いずれせによ脱原発の道のりはそう簡単なことではない。原発から生じる利益に群がる関係者は、経済界の中心にまだ君臨する電力会社、原子炉メーカー、建設会社など、巨大だ。彼らは「国民の生活」の安全や不安を無視しても「自らの生活」を守ろうと動く。その一番の根っこのところに「異質な空間」としての立地自治体が存在しているのだ。

 以上、金子勝(慶應義塾大学経済学部教授)「「異質な空間」の経済学 ~立地自治体から見た原発問題~」(「世界」2012年8月号)に拠る。
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