語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【詩歌】田村隆一「帰途」

2015年09月19日 | 詩歌
 言葉なんかおぼえるんじゃなかった
 言葉のない世界
 意味が意味にならない世界に生きてたら
 どんなによかったか

 あなたが美しい言葉に復讐されても
 そいつは ぼくとは無関係だ
 きみが静かな意味に血を流したところで
 そいつも無関係だ

 あなたのやさしい眼のなかにある涙
 きみの沈黙の舌からおちてくる痛苦
 ぼくたちの世界にもし言葉がなかったら
 ぼくはただそれを眺めて立ち去るだろう

 あなたの涙に 果実の核ほどの意味があるか
 きみの一滴の血に この世界の夕暮れの
 ふるえるような夕焼けのひびきがあるか

 言葉なんかおぼえるんじゃなかった
 日本語とほんのすこしの外国語をおぼえたおかげで
 ぼくはあなたの涙のなかに立ちどまる
 ぼくはきみの血のなかにたったひとりで掃ってくる

□田村隆一「帰途」(『言葉のない世界』、昭森社、1962:高村光太郎賞)
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【政治】安倍政権下で進む統制と監視

2015年09月19日 | 批評・思想
 (1)“1999年国会”では、憲法に反する一連の立法が可決され、この国の転機となった。
    <例>盗聴法と国旗国歌法の制定、住民基本台帳法の改正。
 今の“2015年国会”でも、憲法違反の悪法が可決されようとしている。
    <例>安保法制の推進、盗聴法と刑事訴訟法の改正、共通番号法の改正。
 安保法制が目指すのは、戦争ができる体制の構築である(集団的自衛権行使容認を含む)ことは明らかだ。これと並んで、あるいは関わって、安倍政権下で進められつつあるのが
    ・情報や言論の統制、
    ・市民監視強化
の大きな流れだ。

 (2)2013年、特定秘密保護法と共通番号法が相次いで成立。
   「お上」が情報を独占しつつ、国民が知るべき情報は秘匿、禁圧し(秘密保護法)、
   他方で踏み込んではならない個人情報を国家が過剰に管理する(共通番号法)・
これによって、情報の統制とコントロールの基盤的、制度的枠組みが構築された。

 (3)(2)を踏まえて、
  (a)表現規制の一層の強化
が進められる危険性がある。単純所持罪を導入する改正児童ポルノ法が2014年6月に成立し、青少年健全育成基本法の制定も目指されているからだ。
 また、民主党政権下で国会に上程された人権救済機関を新たに設置する人権委員会設置法案などの提案も今後検討される余地がある。今国会では、人種差別撤廃基本法案も民主党を中心に提出されている。
 これらは、表現やメディアに対する帰省の文脈で、批判的な吟味が必要だ。

  (b)市民への監視の強化
がもう一つの方向だ。盗聴法改正について、今国会では盗聴対象犯罪の拡大などが提案されているのだが、将来的には室内盗聴の合法化も検討課題に挙げられているし、自民党や政府の内部には電子メールの通信履歴の保存を法的に義務づける提案も議論されている。
 さらに、20年後の東京オリンピック開催に向けてテロ対策を理由に、すでに昨年の臨時国会ではテロ資金提供処罰法改正と、テロ資金凍結法が成立しているのに加えて、犯罪の実行行為がなくても共謀(合意)するだけで処罰ができる「共謀罪」の創設が目指されている。
 さらには、日本版CIA、NSAとも言うべき本格的な対外諜報、情報機関の創設さえ現実味を帯びつつある。

  (c)メディアへの統制と支配
 安倍政権は、NHKトップの経営委員会と会長ポストをおさえるべく、人的、組織的な送り込みを図り、権力に迎合する世論作りを進めようとしているし、自民党の放送介入や、右派メディアとの連携による「朝日新聞」への一連のバッシングなどもこうしたメディア統制の文脈に位置づけられる。

 (4)さらには、2012年に公表された自民党の憲法改正案が、「公益及び公の秩序」を害する目的でも表現活動や結社を禁止する旨明記し、表現の自由を憲法改正により制限する方向が目指されている。
 こうした情報統制や市民監視に抗い、情報を取り戻す課題が、市民やメディアに求められている。

□田島泰彦(上智大学教授)「安倍政権下で進む統制と監視に抗い情報を取り戻せ!」(「週刊金曜日」2015年9月4日号)
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【詩歌】中村稔「鵜原抄」

2015年09月19日 | 詩歌
 1

 岩棚の上から絶壁がそば立ち
 絶壁と絶壁との間に入江はひろがる。
 海は藍よりもさらに青く、
 いくつかの男女の群れはあそぶ。

 ある者は遊泳し、ある者は
 岩棚に背をのべて陽を浴びる。
 時に叫喚がおこることはあっても
 ついに言葉となることはない。

 どうしてかれらを識別することができよう!
 ひとたびこの海を去って
 もの倦い日常の中にまぎれゆくとき・・・・。

 海は藍よりもさらに青く
 時は物言わぬ果実のように熟れている。
 --ああ誰もこんな恍惚たる時をもつ権利がある。

 2

 隧道をぬければ豁然と海はひらけ
 汀は弧をえがいて岩礁につづく。
 岩礁をこえ岬の台地に立ち
 ふたたび隠顕する入江を臨む。

 物言うな、
 かさねてきた徒労のかずをかぞえるな、
 肉眼が見わけうるよりもさらに
 事物をして分明に在らしめるため。

 海を入江にみちびく崖と崖の間に
 鳶は静止し、静止して飛翔し
 その影は群青の波に溺れる。

 知らない、
 同じ日、同じ時刻、同じ太陽が
 かの猥雑な都会の上の空をわたる、と。

 3

 ふりしきる星明りの下、
 沖に鳴る潮の音と
 松の梢に鳴る風の音とがまざりあう
 岬にきて、私たちふたり紅茶を喫す。

 川沿いにつづく家並の灯も
 岬の蔭の養魚場の灯も、もう消えた。
 私たちは人々と訣れてきて、
 人々は私たちをとうに忘れている。

 海に白くかがやく波がしら、
 きり立つ崖となっておちこむまで、
 海にはりだしている小さな岬。

 その岬にきて、私たちふたり紅茶を喫す、
 行きもやらず戻りもやらず、どよめきかわす
 潮の音と風の音とを聴きながら。

 4

 海と陸とのさかいを歩めば、
 海は海で暮れなずみ、陸は陸で暮れなずむ。
 海と陸とは岩礁の所属を争い、
 そのあたり、遅い午後の陽差しは残る。

 岩礁に湧きかえり、ふくれ、潰えさり、
 またくりかえし湧きあがる水泡。
 見かえれば暮れなずむ空の彼方に、
 ただよう都会、いりくんだ秩序の網目。

 わずかに決意をうながすものを感じ、
 歩をはやめ、又埒もないことと知り、
 岩礁のあたり
 朱に噴きこぼれる余光を見る。

 ああ、今日も水泡はひたすらに悔恨を噛む、
 溺れるのか、溺れるのか--と。

□中村稔「鵜原抄」(『鵜原抄』、思潮社、1966:高村光太郎賞)
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 【参考】
【詩歌】中村稔「仏頭」
【詩歌】中村稔「器物」
【詩歌】中村稔「塔」
【詩歌】中村稔「誕生」
【詩歌】中村稔「城」
【詩歌】中村稔「埴輪」
【メンタル・スケッチ】群衆
【メンタル・スケッチ】挽歌
【本】この1年に出会った本
【中村稔ノート】凧 ~戦禍の記憶~
【中村稔ノート】ある潟の日没 ~震災と戦災~
【読書余滴】追悼、森澄雄の生涯と仕事
書評:『本読みの達人が選んだ「この3冊」』
書評:『加藤周一自選集8 1987-1993』