語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【メディア】新聞最大のタブー ~「押し紙」問題~

2016年03月23日 | 社会
 (1)『小説 新聞社販売局』(講談社、2015)の著者・幸田泉は、某全国紙の元社員で、1989年に入社後は大阪本社社会部などで記者として活躍、2014年に退社。最後の2年間は販売局に配属された。そこで初めて「社内でもタブーとされ、その実態は現場の記者でも知らない」という販売局および「押し紙」の実態を知ることとなった。その経験をもとに小説として描いたのが前掲書。

 (2)幸田氏によれば、全国紙の場合、1号あたり1,000部を扱う販売店の売上げは月額購読料換算で約400万円。うち約240万円を新聞社に入金し、販売店の収入は約160万円だ。しかし、その販売店に1,600部の新聞を購入させると(600部分の購読料は販売店の持ち出し)、収入はわずかに20万円になってしまう。
 それでも新聞社は名目上の部数を維持するべく販売店に補助金を支払い、販売店も名目上の部数を基準にして獲得した織り込み広告の収入で何とか経営を支えてきた。
 ところが、今では折り込み広告もネットに奪われて減少、新聞社も経営難から補助金を減額せざるを得ず、結果として販売店の経営も悪化し、営業力も低下して、さらに部数が減る・・・・という悪循環に陥っている。

 (3)(2)の悪循環の背景には、「部数は力、部数は命」という日本の新聞社の戦前からの部数至上主義がある、と幸田氏はいう。
 しかし、相変わらず、新聞社は販売店に対して独占禁止法違反(優越的地位の濫用)の実態を強いたり、紙面の広告料の根拠となる第三者団体・日本ABC協会調べによる販売部数を実質的に改竄してまで(販売店に調査が入る前日にABC協会から新聞社に連絡が入る)、虚飾の部数を維持している。

 (4)「いくら新聞社が人員削減や組織改編を行っても、販売部数という根幹部分がタブーになっている限り本当の改革論議ができない」と幸田氏は、至極当然な指摘をする。
 しかし、幸田氏自身、(1)の作品を上梓したとたん、古巣の新聞社発行の媒体で退社後も続けていた仕事を打ち切られ、現在は匿名かつ顔出しNGでしか語れない状態だ。

□岩本太郎(ライター)「記者も実体知らない新聞最大のタブー「押し紙」問題」(「週刊金曜日」2016年3月11日号)
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【米国】「事実」尊重のシステム終焉 ~嘘をつく大統領選候補者~

2016年03月23日 | 社会
 (1)米国大統領の前選挙選では、新現象が見られた。ファクト・チェッキング(事実検証)だ。
 事実検証は、1930年代の米国で始まった習慣で、ひとつの戒め(規制)、もともと正確な情報を社会に伝えることを存在意義とした新聞などが自主的に行ったものだった。
 しかし、4年前の選挙では、メディアが新たな事実検証(政治家の発言の信憑性を問う、という本来の方向性を完全に逆転させた)の在り方が生まれた。
 現在ではファクト・チェッキングといえば元来の趣旨ではなく、一般にはこの新しい意味で理解されている。

 (2)この新たな事実検証の方法が一般化した背景には、明確な理由がある。
 米国の政治家が常習的に事実離れした発言を行うようになったからだ。嘘を平気で口にし、事実やデータを都合よくねじ曲げる政治家に恥をかかせることによって言論の正当性を守り、責任を追及しようという強い意志が根底にあった。
 ところが、今年の選挙では驚くべし、この事実検証が功を奏するどころか、ほとんど無効化されている。いや、下手すると、事実検証が米国の一部の政治家を今まで以上に自由に事実をねじ曲げる方向へと誘導しているかのようだ。
 事実検証サイト「ポリティファクト」(ピュリツァー賞を受賞した)の前回の大統領選の調査によると、ある時点では、その発言のうち、
   オバマ大統領 27%
   ロムニー共和党候補者 42%
が事実より誤りや偽りに近い内容だった。ちなみに、この2人の統計に示されたような傾向は、4年後の現在も続いている。

 (3)先日、「ポリティファクト」が設立されて以来ずっと事実検証家の仕事をしてきた人が、米紙ニュー良く・タイムズに今回の選挙候補になっている政治家の偽造、捏造の統計を掲載した。ここでも驚くべし、事実より嘘に近いと判断された発言は、
  (a)民主党
   クリントン 28%
   サンダース 28%
   オマリー 25%
  (b)共和党
   カーソン 84%
   トランプ 76%
   クルーズ 66%
   (中略)
   ブッシュ 32%
   クリスティー 32%
   ポール 32%
   ※候補者争いから撤退した政治家も含めた10人のうち5人は50%超。

 (4)(3)の統計を見てすぐ気づくのは、共和党と民主党の間の情報と事実をめぐる意識のギャップだ。そして、なんと共和党においては真実から最も離れているとされた候補者のものこそ、長いあいだ党の有権者に最も熱心に支持されてきたということだ。
 むろん、トランプやクルーズを応援する有権者だって、事実を捏造する政治家を当選させたい、と思っているわけではないだろう。事実を尊重する気持は十分にあるのだろうが、問題は、彼らには事実検証家の仕事の方こそ、嘘に見えてしまっていることだ。     
 彼らは、新聞を読まずに、共和党有権者向けのラジオ番組、集会、そしてウェブサイトから自分たちに発信される言葉を拾い、その信憑性をかたくなに信じている。

 (5)何世紀にもわたってつくり上げられてきた「事実」を選定し、それに向き合うシステム。
 現在の米国では、その存在が終焉の危機にあるようだ。

□マイケル・エメリック(米カリフォニア大学ロサンゼルス校上級准教授・日本文学研究家)「米国の「事実」の終焉 ~現論~」(「日本海新聞」 2016年3月20日)
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