語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【保健】米国でトリクロサン入り石けん販売禁止 ~日本でも抗菌剤入り薬用石けん見直しへ~

2016年10月10日 | 医療・保健・福祉・介護
 (1)米国で、環境ホルモン作用のある殺菌成分トリクロサン【注1】をはじめとする19成分を使った抗菌石けんが販売禁止になることが決まった。
 2016年9月2日、米国食品医薬品局(FDA)が発表した。
 FDAの再評価の最終結果が今回の発表だ。1972年に開始されたOTC薬【注2】の再評価の一環として、抗菌薬の成分として使用されていた22成分についても再評価した結果、19成分が一度に禁止になった。

 (2)トリクロサン以外の18成分は、どんなものがあるか。
 日本の薬用石けんには、トリクロサンとその類似成分であるトリクロカルバン(「ミューズ固形石けん」に使用)以外は、おおむね使われていないようだ。
 例外が「イソジン」の名称【注3】で有名な明治のうがい薬の成分、「ポビドンヨード」で、明治はハンドウォッシュとしても販売している。

 (3)22成分中、トリクロサンを含む19成分については、普通の石けんと比べて感染症予防などの有効性が優れているという証拠も、毎日長期的に使用することでの安全性の証拠も不十分ということで、禁止措置となった。
 ちなみに、残り3成分には、「ファブリーズ」の抗菌剤にも使われる「塩化ベンザルコニウム」も含まれているが、企業からの有効性と安全性のデータ提出の猶予期間が延長されたため、今回の禁止措置の対象には入っていない。

 (4)米国での禁止措置は日本でも報道された。菅義偉・官房長官が販売実態調査と必要な措置の検討を早急に行うと9月7日に発表した。
 実は日本でも、米国に続いてOTC医薬品の再評価1978年から開始されたが、薬用石けんなどの医薬部外品の成分は対象外とされた。医薬部外品は一度承認されると見直しをする制度がないため、法的にどのような措置ができるかは不明なままだ。

 (5)日本の大手メーカーは、海外の規制強化を受けてすでにトリクロサンから別の成分に変更している。花王の「ビオレU泡ハンドソープ」【注4】も、「イソプロピルメチルフェノール」という別の成分になっている。その新成分は、米国における評価対象にはなっていない。日本でしっかり再評価すべきだ。特に普通の石けんより有効性があると言えるのかが問題となる。

 (6)今回の米国での禁止措置は、薬用石けんに限られる。
 実はトリクロサンは、薬用歯磨きや洗口剤にも使われている。そちらは歯肉炎の予防効果が認められていて、米国でも禁止されていない。しかし、口の中に入れることで成分の体内への吸収率が高くなるので、安全性を懸念する声が上がっている。
 日本でも2015年8月の段階では、
   花王「薬用ピュオーラ」
   花王「ディープクリーン」
   サンスター「G・U・Mデンタルリンス」
などにトリクロサンが使用されていたが、2016年のこのたびの調査ではほとんどの商品で変更されていた。トリクロサンは、そもそも不要だったのか?

 【注1】「【保健】薬用せっけんの殺菌剤「トリクロサン」 ~欧州で使用禁止に~
 【注2】ドラッグストアで販売されている一般医薬品。医師の処方がないと買えない医療用医薬品と区別される。
 【注3】ライセンス契約が切れたため、現在では明治のうがい薬から「イソジン」の名前は消えている。
 【注4】【注1】の記事参照。

□植田武智「アメリカでもトリクロサン入り石けんが販売禁止 日本でも抗菌剤入り薬用石けんの見直しへ」(「週刊金曜日」2016年10月7日号)
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【心理】アニマル・セラピー ~セント・バーナード~

2016年10月10日 | 心理
 
 <ドンツォワ【注】の疲れた顔を見て、気を紛らわすつもりの話が役に立たなかったことをすでに悟った老医師は、このへんで話をやめようとしていた。そのとき、ベランダに通じるドアがあいて、入ってきたのは--犬なのだが、とても大きな、おとなしそうな、まるで人間が何かの理由から四つん這いになったような感じの犬である。ドンツォワは咬まれはしないかとこわくなったが、その悲しそうな人間的な目を見ると、恐怖はたちまち薄らいだ。
 自分が入って行ってだれかが驚くことなど考えられもしないというように、犬は穏やかに、物思わしげに入って来た。そして一度だけ、登場の挨拶のように、箒そっくりのみごとな白い尻尾を持ち上げ、それを空中で一振りしてから、だらりと下ろした。垂れ下がった耳が黒いほかは、全身、茶と白の二つの色が複雑な模様をなして入りまじっている。背は白い衣を着せられたようだが、脇腹は明るい茶色で、尻のあたりはオレンジ色に近い。初め、ドンツォワに近寄って、ちょっと膝のあたりの匂いをかいだが、さしてこだわるふうはなかった。犬らしく、そのオレンジ色の尻をテーブルのそばに下ろし、自分の頭よりもほんの少し高いテーブルの表面に並んでいる食べものに関心を示すということもない。四つ足で突っ立ったまま一切の欲望を超越したかのうように、潤いのある褐色の大きな丸い目でテーブルの上の空間を眺めているだけである。
 「これは何という種類の犬かしら」と、ドンツォワは呆れて尋ねた。その瞬間、女医は今夜初めて自分の病気のことを忘れていた。「セントバーナード」惚れ惚れとオレシチェンコフは犬を眺めていた。「ほかの所は申し分ないんだが、どうも耳が長すぎてね。マーニャが餌をやるとき怒るんだ。『紐ででも縛っておいたらどうなの。お椀の中に入るわよ!』ってね」
 ドンツォワは犬に魅惑された。こういう犬は街の雑踏の中には入れないし、どんな交通機関にも連れて乗ることは許されないだろう。雪男がヒマラヤにしか住めないように、こういう犬は庭のある平屋でしか生きられないのだ。
 オレシチェンコフは肉饅頭の一切れを犬に食べさせた。ただし投げ与えたのではない。人が憐れみから、あるいは面白半分に食べものを投げ与えると、たいていの犬は後足で立ち上がり、友情のしるしに前足を人間の肩にかけたりする。オレシチェンコフは、同等の人間に与えるときように、肉饅頭を差し出したのだ。その掌の皿から、犬も対等の存在として、おもむろに肉饅頭を銜(くわ)えて取った。大して腹は減っていないのだが、一応の礼儀として受け取るというように。>

 【注】ウズベク共和国の首都タシケント市の総合病院のガン病棟(共和国唯一のガン病棟)の責任者、女医。時期は、第一部では1955年2月初旬の1週間、第二部はそれから1か月後の3月初め。

□アレクサンドル・ソルジェニーツィン(小笠原豊樹・訳)『ガン病棟』(新潮社文庫、1971)の「30 老医師」から引用
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