(1)リーダー論ということでは、おそらく過去に対するノスタルジーも伴って、田中角栄がブームになっている。
いま角栄が持て囃されているのは、日本の一種の病理だ。
これだけ時代状況が複雑になって、政治家にしても、物事を簡単には決められなくなった。だから、角栄が決断力のある優秀なリーダーに見えてくる。
確かに、角栄にはそういう資質もあったのだろう。しかし、仮にいま角栄が日本にいたとしても、事はそううまくは運ばない。
角栄のやり方が通用しないのは、日本がもはや右肩上がりの経済ではないからだ。
本当のリーダーに必要なのは、やるべきことは何かを見極める力があることだが、その意味では、角栄の頃は、もう少し簡潔にリーダー論を語ることができた。
日本の首相にしても、一昔前までは、一つの課題に取り組めばよかった。竹下政権にとっての消費税導入というように、「一内閣一テーマ」で良かったわけだ。
ところが、現在は、それでは通用しない。複数の問題に同時に対応しなければならないからだ。同じくらいの比重で、貧困問題、教育問題、安全保障問題に同時に取り組まなければならない。
(2)ただ、カネと権力との代替関係という点では、角栄は先駆者とも言えるが、新自由主義的なあり方とは異なる。
「列島改造論」はまさに富の分配で、社会民主主義的な政策ともいえる。
富の再配分を官僚の手を経ずに政治の力で行うとすれば、どうしても腐敗もついてくるが、腐敗を上回るメリットがあれば目をつぶってもらえた。またカネを渡すにしても、「これなら運命共同体になってもいい」という相場感を一人一人に対して持っていて、濃密な人間関係を作っていた。
(3)田中角栄のブームに乗って、多くの角栄論が出ている。石原慎太郎『天才』(幻冬舎)はベストセラーになった。
最近刊行された角栄論の中では、石井一『冤罪』(産経新聞出版)が最も優れていて、非常に面白い。
まず、石井自身が角栄に私淑していた。また、スタンフォード大学大学院で修士号を取得しているから英語が非常に堪能で、米国側の資料にもあたっている。つまり、身近で知る角栄と、米国の資料を付き合わせて書いている。この本の結論と言えるのは、おそらく次のような箇所だ。
<ロッキード社は民間機だけでなく軍用機を製造し、特にP3Cの日本への売り込みが日米間の貿易インバランスをただすための最重要課題だと言われていました。また、金額的にはトライスターよりP3Cの方がはるかに大きかったのですが、P3Cを取り上げるとなると、日米間の防衛汚職として、両国の安全保障体制を極度に揺るがす大スキャンダルに発展する恐れもあり、これらについては一切触れないということになりました。
したがって、陰のフィクサーとして働き、巨額な金員を手にした児玉誉士夫や小佐野賢治に対しても、当時噂されていた中曽根康弘ほか灰色高官とされた13名に対してもP3Cに関しては一切立件せず、焦点を合わせるのは田中とトライスターのみに絞って日米両国が立件に乗り出したのです。
米国の大きな計画がなければ、ここまではできなかったし、日本の総理大臣が三木でなかったら、そこまでの広がりもなかったと思います。いわばキッシンジャーの陰謀と三木の怨念というものの利害が一致し、田中に対しての陰謀が実行されたと言っていいかと思います>【『冤罪』】
ロッキード事件とは、本来、旅客機のトライスターではなく、P3Cオライオン(対潜哨戒機)をめぐる汚職だったのに、その点は伏せて「P3C(中曽根康弘)」を「トライスター(田中角栄)」に入れかえて立件した事件(=冤罪)だ、と石井一は書いているのだ。ストレートな書き方ではないが、真の当事者は田中角栄ではなく、中曽根康弘だというのだ。
先日放映されたNHKの実録ドラマ「NHKスペシャル 未解決事件 ロッキード事件」でも、実はトライスターではなくP3Cが本命だった、という見方をしていた。
石井のこの見方は非常に鋭い。資料を丹念に追いかけている。という以上に、金にものを言わせてかなりの材料を集めている。資料収集と調査のため、角栄側から相当資金が提供されたのかもしれない。
(4)『冤罪』のもう一つの面白さは、自分自身が角栄からお金をいくら貰ったかを具体的に書いているところにある。
<田中との会見はほんの4、5分でしたが、帰り際に握手を交わすと、背広の内ポケットからパッと封筒を出して私にくれました。
実は挨拶に行く前、兄貴分だった竹下登(後に総理大臣)からこんなことを言われていました。
「目白に行ったら、はっきりモノをしゃべれよ。あの迫力に負けたら何も言えなくなるからな」。さらに「たぶん金をくれるから、もらったらすぐ僕に報告しなさい」と。
すぐに田中邸の前にある電話ボックスに駆け込み、封筒の中を数えると30万円が入っていました。指示通り竹下に報告すると「すごいな。君に対する期待は大きいぞ」と言ってくれました。当時の30万円は現在の価値に換算すれば10倍くらいで、私にとっては大変なお金でした>【『冤罪』】
ずいぶんはっきり書いている。
さらに、田中事務所の佐藤昭(昭子)秘書から毎月50万円貰ったとか、選挙のときは田中から500万円から1,000万円の金が届けられたとか、金の話が細かく書いてある。
角栄の「金権政治」の実態が分かる貴重な証言だ。角栄の金が云々という話はこれまでにもあったが、自分がいくら貰ったという話をここまで書いた人は居るまい。
□池上彰×佐藤優『新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~』(文春新書、2016)の「9 リーダーはいかに育つか?」
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【参考】
「【佐藤優】+池上彰 ルール破りの国会議員たち ~山尾志桜里・武藤貴也・上西小百合~」
「【佐藤優】+池上彰 メルケル首相を激怒させた安倍首相 ~伊勢志摩サミット~」

いま角栄が持て囃されているのは、日本の一種の病理だ。
これだけ時代状況が複雑になって、政治家にしても、物事を簡単には決められなくなった。だから、角栄が決断力のある優秀なリーダーに見えてくる。
確かに、角栄にはそういう資質もあったのだろう。しかし、仮にいま角栄が日本にいたとしても、事はそううまくは運ばない。
角栄のやり方が通用しないのは、日本がもはや右肩上がりの経済ではないからだ。
本当のリーダーに必要なのは、やるべきことは何かを見極める力があることだが、その意味では、角栄の頃は、もう少し簡潔にリーダー論を語ることができた。
日本の首相にしても、一昔前までは、一つの課題に取り組めばよかった。竹下政権にとっての消費税導入というように、「一内閣一テーマ」で良かったわけだ。
ところが、現在は、それでは通用しない。複数の問題に同時に対応しなければならないからだ。同じくらいの比重で、貧困問題、教育問題、安全保障問題に同時に取り組まなければならない。
(2)ただ、カネと権力との代替関係という点では、角栄は先駆者とも言えるが、新自由主義的なあり方とは異なる。
「列島改造論」はまさに富の分配で、社会民主主義的な政策ともいえる。
富の再配分を官僚の手を経ずに政治の力で行うとすれば、どうしても腐敗もついてくるが、腐敗を上回るメリットがあれば目をつぶってもらえた。またカネを渡すにしても、「これなら運命共同体になってもいい」という相場感を一人一人に対して持っていて、濃密な人間関係を作っていた。
(3)田中角栄のブームに乗って、多くの角栄論が出ている。石原慎太郎『天才』(幻冬舎)はベストセラーになった。
最近刊行された角栄論の中では、石井一『冤罪』(産経新聞出版)が最も優れていて、非常に面白い。
まず、石井自身が角栄に私淑していた。また、スタンフォード大学大学院で修士号を取得しているから英語が非常に堪能で、米国側の資料にもあたっている。つまり、身近で知る角栄と、米国の資料を付き合わせて書いている。この本の結論と言えるのは、おそらく次のような箇所だ。
<ロッキード社は民間機だけでなく軍用機を製造し、特にP3Cの日本への売り込みが日米間の貿易インバランスをただすための最重要課題だと言われていました。また、金額的にはトライスターよりP3Cの方がはるかに大きかったのですが、P3Cを取り上げるとなると、日米間の防衛汚職として、両国の安全保障体制を極度に揺るがす大スキャンダルに発展する恐れもあり、これらについては一切触れないということになりました。
したがって、陰のフィクサーとして働き、巨額な金員を手にした児玉誉士夫や小佐野賢治に対しても、当時噂されていた中曽根康弘ほか灰色高官とされた13名に対してもP3Cに関しては一切立件せず、焦点を合わせるのは田中とトライスターのみに絞って日米両国が立件に乗り出したのです。
米国の大きな計画がなければ、ここまではできなかったし、日本の総理大臣が三木でなかったら、そこまでの広がりもなかったと思います。いわばキッシンジャーの陰謀と三木の怨念というものの利害が一致し、田中に対しての陰謀が実行されたと言っていいかと思います>【『冤罪』】
ロッキード事件とは、本来、旅客機のトライスターではなく、P3Cオライオン(対潜哨戒機)をめぐる汚職だったのに、その点は伏せて「P3C(中曽根康弘)」を「トライスター(田中角栄)」に入れかえて立件した事件(=冤罪)だ、と石井一は書いているのだ。ストレートな書き方ではないが、真の当事者は田中角栄ではなく、中曽根康弘だというのだ。
先日放映されたNHKの実録ドラマ「NHKスペシャル 未解決事件 ロッキード事件」でも、実はトライスターではなくP3Cが本命だった、という見方をしていた。
石井のこの見方は非常に鋭い。資料を丹念に追いかけている。という以上に、金にものを言わせてかなりの材料を集めている。資料収集と調査のため、角栄側から相当資金が提供されたのかもしれない。
(4)『冤罪』のもう一つの面白さは、自分自身が角栄からお金をいくら貰ったかを具体的に書いているところにある。
<田中との会見はほんの4、5分でしたが、帰り際に握手を交わすと、背広の内ポケットからパッと封筒を出して私にくれました。
実は挨拶に行く前、兄貴分だった竹下登(後に総理大臣)からこんなことを言われていました。
「目白に行ったら、はっきりモノをしゃべれよ。あの迫力に負けたら何も言えなくなるからな」。さらに「たぶん金をくれるから、もらったらすぐ僕に報告しなさい」と。
すぐに田中邸の前にある電話ボックスに駆け込み、封筒の中を数えると30万円が入っていました。指示通り竹下に報告すると「すごいな。君に対する期待は大きいぞ」と言ってくれました。当時の30万円は現在の価値に換算すれば10倍くらいで、私にとっては大変なお金でした>【『冤罪』】
ずいぶんはっきり書いている。
さらに、田中事務所の佐藤昭(昭子)秘書から毎月50万円貰ったとか、選挙のときは田中から500万円から1,000万円の金が届けられたとか、金の話が細かく書いてある。
角栄の「金権政治」の実態が分かる貴重な証言だ。角栄の金が云々という話はこれまでにもあったが、自分がいくら貰ったという話をここまで書いた人は居るまい。
□池上彰×佐藤優『新・リーダー論 ~大格差時代のインテリジェンス~』(文春新書、2016)の「9 リーダーはいかに育つか?」
↓クリック、プリーズ。↓



【参考】
「【佐藤優】+池上彰 ルール破りの国会議員たち ~山尾志桜里・武藤貴也・上西小百合~」
「【佐藤優】+池上彰 メルケル首相を激怒させた安倍首相 ~伊勢志摩サミット~」
