語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【神保太郎】「見たいもの」だけ報じるメディア ~パラリンピック、首相とともに海をわたる「記者クラブ」~

2016年10月21日 | 社会
(1)全体像を見せないNHK
 「今日もメダルラッシュです」。NHKはリオのパラリンピックをこう伝えていた。
 東京開催が決まったことで、パラリンピックへの注目度は飛躍的に高まった。NHKによるリオ大会の総放送時間は120時間以上、ロンドン大会の3倍近くになったという【9月20日付け読売新聞】。
 連日の奮闘を暖かく見守ったメディアの論調は、大会が終わると一変した。日本の障害者スポーツは世界の趨勢から取り残されていると論評した。
 手厳しい評価と並んで、各国のメダル数が報じられた。
   1位:中国・・・・金107個など239個
   2位:英国・・・・147個
   3位:ウクライナ・・・・117個
   4位:米国・・・・115個
   5位:オーストラリア・・・・81個
   64位:日本・・・・24個(金0個)
 9月20日付け朝日新聞は、中国の大躍進について、「かつてリハビリの一環だった障害者スポーツは、近年、競技化が進んでいる。それに伴って、国によるメダル争いも白熱化してきた」とし、「中国の障害者の数は、AP通信によると、8,500万人とも言われ、その中から選りすぐった才能を国家的に育成している」と指摘。「就労が厳しい障害者が、スポーツで生活を切り開く道を用意している」結果が金107個のメダル数となったという。
 紛争で揺れるウクライナが117個のメダルを獲得したことは、経済力だけでは説明がつかない。パラリンピックは、「障害者を取り巻く社会システムの勝負」でもある。
 NHKの独占中継で「日本選手のメダルラッシュ」ばかり見せられていると、障害者競技の世界で日本はどのあたりにいるのか、全体像が分からなくなる。

(2)海をわたる「記者クラブ」
 国連総会を舞台に、連日首脳会談を重ねる安倍首相の姿がメディアに登場した。メディアは判を押したように、「北朝鮮への対応が話し合われた」と書いた。安倍首相の総会演説についても北朝鮮問題におよそ半分の時間を割いたことを各社横並びで報じた。
 首相の外遊には同行記者団が付いていく。国連総会では足場のいい高級ホテルに宿をとり、宴会場がプレスルームになった。外務省の随員が張り付き、首相の動静や会談内容を聞かされる。記者クラブがそっくりニューヨークに移ったようなもので、日本語で取材できる。レクや資料配付が頻繁になされて、記者はホテルに釘付けにされる。レクは官房副長官が行う。首相が誰と会い、どんなことを話し合ったのか、都合のいい情報をちりばめた解説がなされる。
 同行記者が送る記事やニュースが外務省のホームページとさして変わらない中身になるのは、そんな事情からだ。「北朝鮮」に熱心な首相の姿勢は伝わっても、国連での日本外交はどれほどのものなのか分かりにくい。
 「今日もメダルラッシュです」のパラリンピック報道と似てはいないか。

(3)国連総会のアジェンダセッティング
 総会のメインテーマは難民問題だった。
 同行記者は、先を争って日本の貢献ぶりを書いた。「首相 難民支援で世銀に100億円規模の協力へ」(9月21日付けNHK)、「難民支援、3年で2,800億円 首相が表明」(同日付け毎日新聞)。・・・・難民問題は「どれだけの額で貢献するか」であるかのような報道ぶり。受け入れをめぐり国を二分するような論争が各国で起きている中で、日本は「冷淡な国」と見られている。代償が資金拠出なのか。そんな日本の姿を国連を舞台に考える記事はほぼ見当たらなかった。
 日本が訴えた「北朝鮮の脅威」は、これと正反対の構図となった。「北朝鮮問題」は、多くの国にとって差し迫った課題になっていない。国際社会は、ミサイル発射や核実験を「容認できない」点で一致はしている。しかし、弾頭を向けられるのは米国・韓国・日本。3ヵ国にとっては「深刻な事態」だが、自国が巻き込まれると思っている国は他にどこがあるだろうか。
 欧州は、北朝鮮の暴走は、朝鮮戦争が休戦のままになっている「未解決な戦後処理」に根源がある、と冷ややかに見ている。欧州からすれば、宗教対立や旧植民地などの歴史的怨念が絡み合うアラブ・中東問題のような根の深い紛争とは思えない。近隣のASEAN諸国の関心も薄い。
 小泉政権は日朝平壌宣言にこぎ着け、平和条約が視野に入ったが、米国の横槍で挫折した。
 米国にとって日本・韓国という「手下」を操るには明確な敵が存在するほうが都合がいい。軍産複合体にとってミサイル防衛システムの市場は大きいほどいい。日本は2兆円を投じてシステムを買った。韓国には北朝鮮の脅威を口実に米軍が配備する、中国を睨むレーダーシステムがある。
 核攻撃の不安に怯え、巨額の防衛予算を米国の軍事産業に吸い取られる現状は、日本にとって望ましいものではない。北朝鮮を国際社会に引き込むこと、その糸口は米朝対話しかないというのが現実だ。
 安倍政権は反対方向にひた走ってきた。制裁を強めても事態は深刻化するばかりだ。

(4)キューバ発の政府広報
 国連総会後、安倍首相はキューバを訪れた。ここでも同行記事が載った。「キューバへの影響力期待」だの、「北朝鮮への揺さぶり」だの。政権の淡い願望を拡声器のように伝えるのが新聞の仕事だろうか。書くべきは、苛烈な経済制裁が半世紀余り続いても国が倒れないキューバの現実ではないか。安倍首相がキューバから何を学んだか、日ごろ親しい番記者だから書ける記事があってもいい。
 日朝平壌宣言は自民党政権が外務省のアジア派の手を借りてこぎ着けた成果だった。安倍首相がこの路線を断ち切って敵視政策と兵糧攻めを始めた。北朝鮮が生き残る道として選んできたのが「核保有国」だ。
 軍事費に血税を吸われる愚は、北朝鮮も日本も同じだ。脅威を取り除くことは、民生の充実と表裏の関係にある。
 米国はオバマ政権でキューバと国交を回復した。ニクソン政権は、日本の頭越しに中国との国交回復を成功させた。北朝鮮の核開発は局面を変えた。米国の外交はよく豹変する。核実験からまもない9月10日、早くもニューヨーク・タイムズには北朝鮮の制裁を徐々に強めてきたオバマ政権の方針が失敗に終わったことを指摘する分析記事が載った。
 日朝平壌宣言に立ち返れ、と主張するメディアがなぜ出てこないのか。米国が動くまで日本は「お預け!」なのか。
 世界を見渡せば「北の脅威」は、北東アジアの局地的問題であり、日韓を引き連れた米国の対中戦略の一環だ。「北の処理」は米国の決断にかかっているが、政府は「ポチ」であっても、ジャーナリズムまで「ポチ」である必要はない。

□神保太郎「メディア批評 第10回」(「世界」2016年11月号)の「(2)「見たいもの」だけ報じるメディア」
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 【参考】
【メディア】批評by神保太郎 ~参院選後--メディアは国民をどこに誘うのか~
【メディア】日本国憲法の国際性 ~人権無法国家ニッポンの落日(2)~
【メディア】人権無法国家ニッポンの落日
【メディア】現場主義が薄情な安倍政治をストップ ~「日本死ね!!!」(2)~
【メディア】「日本死ね!!!」という立憲・民主主義 ~ネットの力~
【メディア】安倍政権による行政指導の誤り ~放送電波停止発言~
【メディア】官邸癒着メディアと「機敏な反撃」(2) ~新聞と原子力ムラ~
【メディア】官邸癒着メディアと「機敏な反撃」(1) ~新聞と官邸~
【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(2) ~かすかな希望~
【メディア】“愚者の砦”と化したNHK(1) ~強行採決を中継しない不作為~
【メディア】と広がる安倍政権追撃の戦線(4) ~読売・NHKは?~
【メディア】と広がる安倍政権追撃の戦線(3) ~新聞はどう報じたか~

【メディア】と広がる安倍政権追撃の戦線(2) ~違憲が争点に~
【メディア】と広がる安倍政権追撃の戦線(1) ~SNS上の痛烈な批判~
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