語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【朝日俳壇抄】つむじ風空蝉そらを飛びにけり ~9月4日~

2017年09月04日 | 詩歌
【凡例】☆印は共選作。①、②以下丸文字は一席、二席等。

<稲畑汀子選>
 ①包丁の抜き差しならぬ西瓜(すいか)かな (東かがわ市)桑島正樹
 ②一瞬に満開となる水中花(神戸市)森岡喜恵子
 ⑥一生とはまこと短かし魂迎 (北海道鹿追町)高橋とも子
 ⑨他人(ひと)事のやうな白寿や生身魂(高崎市)山口博
 【評】一句目。大きな西瓜に包丁を入れたものの、切ることも抜くことも出来なくなった作者の困惑。二句目。ガラスの器の水に沈めた水中花。一瞬で満開になるとは妙。(後略)

<金子兜太選>
 ①戦記もの読む渾身(こんしん)の夏休み (横浜市)本多豊明
 ④夾竹桃(きょうちくとう)原爆の死は続きをり (浜松市)北河覚
 ⑤潮時と思ふ一事や髪洗ふ (横浜市)渡辺萩風
 ⑦探し得ぬまま迎火を焚(た)けるかな (大阪市)今井文雄
 【評】時節柄戦争を詠む句が多かった。本多さん、忘れないぞの意気込み。(後略)

<長谷川櫂選>
 ①捨て石の三百万や敗戦忌(福島県伊達市)佐藤茂
 ⑤原爆の日を刻み打つ時計かな(和歌山県上富田町)中松健
 ⑧鮎とどく然(しか)も長良の香して(愛西市)小川弘
 【評】戦争の秀句が並ぶ。一席。一個の捨て石も生まぬ外交と国造りを、と願う。(後略)

<大串章選>
 ①つむじ風空蝉(うつせみ)そらを飛びにけり (横浜市)守屋雅
 ③揚花火終焉の美を教へけり (岡崎市)米津勇美
 ④原爆忌気温三十七度なり(横須賀市)海老名さつき
 【評】第一句。つむじ風のおかげで、初めて空を飛ぶことができた。空蝉の喜び。第二句。敗戦後七十二年経った今も、マッカーサー元帥のサングラスとパイプが忘れられない。第三句。フィナーレの美しさ、人生もかくありたい。

□「朝日俳壇」(朝日新聞 2017年9月4日)
朝日俳壇
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 【参考】
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【佐藤優】ハプスブルク帝国史の「もし」、最新の進化論、神童の軌跡

2017年09月04日 | ●佐藤優
 ①岩﨑周一著『ハプスブルク帝国』(講談社現代新書 1,000円)
 ②カール・ジンマー、ダグラス・J・エムレン(更科功、石川牧子、国友良樹・訳)『進化の教科書 第3巻 系統樹や生態から見た進化』(講談社ブルーバックス 1,800円)
 ③小林哲夫『神童は大人になってどうなったのか』(太田出版 1,500円)

 (1)①を読むと、この帝国の面白さに引き付けられる。例えば1948年の革命だ。
 <プラハでは知識人と小市民層が革命の担い手となり、チェコ諸邦の共通議会の設立、チェコ語とドイツ語の同権化などを認めさせた。その指導者となったのは、「チェコ民族を死から蘇らせる」ことを目指した歴史研究から出発し、徐々に政治への関与を深めていったフランティシェク・パラツキーである。彼は、ハプスブルク君主国を自由で平等な中欧の諸民族よりなる連邦制国家に再編し、ドイツとロシアに伍そうとする「オーストリア・スラヴ主義」を掲げ、注目を集めた>
 チェコ人のナショナリズムが独立ではなく、ドイツとロシアから小民族であるチェコ人を守るというリアリズムからハプスブルク帝国の再編強化に向かうところが面白い。第1次世界大戦でハプスブルク帝国が勝利していたならば、多元性の中での一致を実現するヨーロッパ合衆国ができ、ナショナリズムの暴走を抑え、第2次世界大戦を避けることができたかもしれない。

 (2)②は、生物学の専門知識がない読者でも最新の進化論が学べる丁寧な作りの本だ。
 <行動は遺伝する。ある個体がどのくらい好奇心旺盛か、あるいは臆病かは、両親に似る傾向がある。行動に関与する遺伝子の候補は同定されつつあるし、同じ遺伝子でも発現パターンが異なれば、行動も異なる場合があることがわかってきた。行動は選択に素早く応答するので、対立遺伝子が行動に影響を与える場合は、研究室での実験によって確認することができる>
 という指摘が興味深い。評者が好奇心旺盛なのも両親からの遺伝があるからかもしれない。

 (3)③は、成績が傑出して優秀な神童の軌跡を丹念に追っている。
 <頭のよさを構成するポイントとして、自分の力を冷静に分析できる、それを磨く方法を知っている、そこから結果を示せる--ことがあげられよう。膨大な知識や技術を有し斬新なアイデアを次から次へと生み出す学者や技術者、リーダーシップや統率力などを発揮する政治家や社長、そして官僚や法曹人。ほか、さまざまな分野で活躍する逸材たち。彼らのようになるために必要な資質や能力が身につくのであれば早期教育、英才教育はおおいに意味はある>
 という指摘はその通りと思う。社会にはエリートが必要だ。嫉妬心から神童の足を引っ張るのではなく、この人たちの能力を社会に還元できるような環境を整えることが必要だ。

□佐藤優「ハプスブルク帝国史の「もし」 ~知を磨く読書 第213回~」(「週刊ダイヤモンド」2017年9月9日号)
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【本】『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』

2017年09月04日 | 歴史
★アナスタシア・マークス・デ・サルセド(田沢恭子・訳)『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』(白揚社、2017/2,808円) 
  スーパーで買い物中、携帯にメールが届いた。
 「私、ミリーさん。今、あなたの後ろ30メートルのところにいるの」
 何のいたずらだろう。無視して食パンをカゴに放り込む。また着信音が鳴る。
 「私、ミリーさん。アメリカ生まれなの。今、あなたの後ろ20メートルよ。
 ご存知(ぞんじ)かしら、その食パンはパンじゃないの。ほんとは半日かかるイースト菌の発酵を50分で打ち切って、かわりにかさ増しと老化防止の酵素をぶち込んで1週間以上保つよう加工した『非老化性パン様食品』ね。2度の世界大戦で効率化を求めて普及したのよ」
 うるさいなあ。お菓子の棚で、また着信音が鳴る。
 「私、ミリーさん。ご存知かしら、アメリカ陸軍では第2次大戦で前線への輸送コストを減らすため、ポテトや卵やチーズを片っ端から乾燥させて実験したの。チーズパウダーをまぶしたスナック菓子は、そのときの開発の余禄なのよ。
 あ~でも気温50℃のバグダッドでも溶けないチョコレートの開発はまだなの、くやしいわ」
 へえ、そうなんだ。そうそう、夜食用にレトルトカレーを補充しとこう。
 「私、ミリーさん。もち、ミリタリーの略称よ。
 レトルトパウチって、すごい発明よね。プラスチックを包装材に。陸軍20年の苦心の賜物(たまもの)よ。でも、フタル酸エステルが食品に溶け出して人体に悪さするって研究もあるわ。頑健な兵士ではない、赤ちゃんなんかは避けたほうがいいかも」
 じゃ、やめとこ。あ、サラダも買わなくちゃ。
 「私、ミリーさん。今、あなたの後ろ5メートル。生鮮青果の保存は最難題、エチレン除去装置を輸送コンテナに設置するの」
 がんばってね。
 「私、ミリーさん。もうあなたの胃の中よ。自分は何を食べてるのか、正体を見きわめたければ、この本、読むといいわ」
 今日もどこかで着信音が鳴る。

□山室恭子(東京工業大学教授・歴史学)「(書評)『戦争がつくった現代の食卓 軍と加工食品の知られざる関係』」(朝日新聞デジタル 2017年8月27日)を引用
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