語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】弁証法神学、またの名「危機の神学」 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)ところが、1914年に第一次世界大戦が勃発して、それが全部崩れてしまった。
 大量殺戮と、大量破壊がくりひろげられ、科学技術の知恵が毒ガス、潜水艦、戦闘機のために使われて、到底人類の幸せに結びつきそうもない。

 (2)この状況から、人類というものは楽観的に考えられるようなものではないし、神は心の中にいる、と考えたのは間違いだったのではないか、もはや我々はコペルニクス、ガリレオ以降の世界観を否定することはできないけれども、もう一度外部を取り戻さないといけない。
 そのようにして生まれてきたのが弁証法神学だ。

 (3)弁証法神学は、またの名を「危機の神学」という。
 危機的な状況をどういうふうに打破していくかについて、弁証法神学のなかに沢山のヒントがある。この「危機の神学」の中心的存在が、カール・バルトだ。この人は人を驚かせるような表現主義という独特の文体で書くから難しい。しかし、知的影響はいまだ衰えていなくて、最近は柄谷行人さんがカール・バルトに関心を持っている。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑰危機の神学の登場」
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 【参考】
【佐藤優】近代プロテスタンティズムの、神の場の転換 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】二つのプロテスタンティズム ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ロシア正教とカトリックの和解に隠されたテーマ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】キリスト教の特徴、三一論(父・子・聖霊の関係) ~『牙を研げ』~
【佐藤優】キリスト教共同体とローマ法 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】復活という現象の科学的説明 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プレモダンとしてのカトリックと正教 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ユダヤ教、キリスト教、イスラムの「罪」 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 


【佐藤優】近代プロテスタンティズムの、神の場の転換 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)我々にとって重要なのは、18世紀以降、つまり啓蒙主義以降の近代プロテスタンティズムだ。
 ここに起きているのは、神の場所の転換だ。コペルニクス、ガリレオ以降、地球が世界の中心である、という考え、ましてや地球が平面で上と下である、という旧来的な世界観は維持できなくなった。
 日本から見て上は、ブラジルから見て下だ。日本から見て下は、ブラジルから見て上だから、上にいる神というのは意味がない。
 そのために、神の転換が起きる。

 (2)この問題に取り組んだ神学者がシュライエルマッハーだ。
 これまで古代中世の形而上学と結びついて、「上」あると表象されてきた神が、心の中にいる、という転換をシュライエルマッハーはおこなう。こうして、宇宙像と神の場を転換することに成功した。そこから神的なものの価値の、人間的な価値への転換が容易になった。
 〈例〉人権思想も、この文脈で語ることができる。
 どういうことか。自然法は中世、古代においてもある。ところが、自然は、不正で不平等で病気が蔓延している。なぜかというと。地上と天上の関係はネガとポジのようなものだからだ。原罪がある世界においては、すべてが逆になる。この世界がすべて悪くなっている、ということは、天上がすばらしいところ、ということの反映だ。
 ところが、コペルニクス以降、天と地という秩序はないから、天が地に降りてきて、天の秩序を地上で実現することができる、という考え方になる。だから、人権思想の根幹には、こういう神様がある。

 (3)すると、人間の心の作用ということと、神様が一緒になってしまう。自分の考えることこそが絶対といって、自己絶対化の道を歩んでいく。
 だから、近代的なプロテスタンティズムを理論化したシュライエルマッハーは、同時にロマン主義の母でもあり、ナショナリズムの母でもある。

 (4)さらに、地上に価値観をおろしてきたことによって、科学技術の発展に対する制約がなくなった。
 啓蒙主義が原則として認められる。啓蒙主義は、真っ暗いところにロウソクが1本ある。そうすると少し明るい。2本にすれば、もう少し明るくなる。ということで、本数を増やしていくほど明るくなる。このように知識が増えてくる。これがエンライトメント(enlightement:啓蒙思想)だ。
 その結果、何が起きたか。
 19世紀の終わりにおいて、人類は将来の社会をすごく楽観していた。地上に楽園をつくることは可能である。一部に社会問題、労働問題があるけれども、これを克服してすべての人が豊かに暮らすことができるし、疫病からも解放される。化学肥料が見つかったので、我々は近未来に飢えからも解放される。人類にはバラ色の未来があるはずだ。そして、我々の文明は未開のアジアやアフリカにも及んで、世界全体が幸せになるはずで、天国を地上に実現できるはずだ。こういう考え方が主流になってきた。ナポレオン戦争を最後に、戦争の数もだんだん減ってきた、ということも関係している。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑯神の場の転換」
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 【参考】
【佐藤優】二つのプロテスタンティズム ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 

【佐藤優】二つのプロテスタンティズム ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)プロテスタンティズムは二つに分かれる。
  (a)啓蒙主義以前のプロテスタンティズム。
  (b)啓蒙主義以降の近代プロテスタンティズム。
 (a)は、16世紀から18世紀にかけての古プロテスタンティズム。プロテスタントを生み出した宗教改革運動は、カトリック教会があまりにも理論的に頭でっかちになって、組織が大きくなり過ぎて、腐敗がひどいから、イエス・キリストに戻れと主張した。復古維新運動といえる。乱暴にいえば反動運動だ。難しいことはよくわからないという人たちの運動で、とにかくイエス・キリストの時代に帰れ、というものだ。こういう運動はかつてもあった。〈例〉中世後期のワルドー派。

 (2)中世のカトリック教会では、教会の高位聖職者が「あなたは父なる神を信じますか」という質問をする。キリスト教徒だったら、「はい」と答える。「子なる神を信じますか」、これにも「はい」だ。「聖霊なる神を信じますか」、当然「はい」。
 では、「キリストの母を信じますか」。
 これで「はい」と言ったら火あぶりだ。
 5世紀に、マリアはキリストの母なのか、神の母なのかをめぐる大論争があった。結局、神の母とするテオトコスという立場が正統とされて、キリストの母だというクリストトコスというのは永遠の異端に定められているからだ。

 (3)中世のカトリックは、そういう議論ばかりしていた。だから、それが救済と何の関係があるんだ、と多くのキリスト教徒が頭にきた。
 それから、みんなラテン語がわからない。何でわからない言葉でミサをやっているんだ、しかも、パンだけくれて、ワインを飲ませてくれない。キリストの血を床にこぼしたら失礼だろう、と言って、自分たちだけがガバガバ飲んでいる。それはおかしい、と言ったのが15世紀のボヘミヤのヤン・フスだ。説教は簿へ見たの人々の日常語であるチェコ語でやりましょう、ワインも信者に配りましょう、とやったら大論争になって、フスは火あぶりにされてしまった。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑮二つのプロテスタンティズム」
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 【参考】
【佐藤優】ロシア正教とカトリックの和解に隠されたテーマ ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】ユダヤ教、キリスト教、イスラムの「罪」 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
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【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 


【佐藤優】ロシア正教とカトリックの和解に隠されたテーマ ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)三一論の議論は難しいが、こういったことがわかっていると、国際ニュースの背景がよくわかるようになる。
 2016年2月に、キューバでローマ教皇フランシスコとロシア正教会キリル1世が会った。1054年に東西教会が分裂して以降初めての東西和解だ、と見出しをつけた新聞もあったが、これは間違いだ。こういう記事を書いた記者は、キリスト教史の基本的な知識を欠いている。
 1964年に、当時のローマ教皇がコンスタンティノポリスの総主教(世界総主教)と会談して、東西教会は和解している。

 (2)正教は、カトリック教会のようなかたちでのヒエラルキーにはなっていない。
 カトリック教会は銀行と同じつくりで、ローマ教皇は代表権を持っている代表取締役兼会長だ。
 対するに正教は、商店会だ。文房具や、用品店、ラーメン屋のそれぞれが商店会に加盟しているが、商店会会長に指揮・命令権はない。商店会の会長のような役割をコンスタンティノポリスの総主教が世界総主教の名でおこなっている。だから、商店会の文房具屋が会長だからといって、ラーメン屋に何を売れとか売るなとか指示できないのと同じで、各教会についての権限はない。
 そういったことがわかってないので、ロシア正教会の言い分だけを聞いて歴史的和解などと言って話を大きくしているのだ。

 (3)今回の対話に隠されているテーマは、じつはウクライナだ。「イスラム国」の問題は二次的だ。
 1517年、ルターの宗教改革がはじまると、その影響がチェコ、ハンガリー、ポーランドにも強く及んだ。このことに危機感を覚えたカトリック教会は、トリエントで公会議をおこなって、カトリック教会の構成を変えるとともに、腐敗を一掃して教皇直属の軍隊をつくった。この軍隊がイエズス会だ。このイエズス会がプロテスタント討伐をめざして、ヨーロッパで戦争をはじめた。
 問題は、イエズス会が強過ぎたことで、チェコやハンガリー、ポーランドを席巻するのみならず、ベラルーシやウクライナまで入って行ってしまった。ベラルーシやウクライナは、ロシア正教の世界だ。ロシア正教の人たちは改宗を嫌がった。
 ロシア正教会は、神父が①キャリア組と②ノンキャリア組(在俗司祭)に分かれる。②は結婚できるが、①は結婚できない。カトリック教会は全員結婚できないが、プロテスタント教会は全員結婚できる。
 正教会の場合は、②のトップと①のビリがちょうど同じ階級になるようになっている。霞が関のキャリアシステムに似ている。
 ほかにも、イコン(聖画像)を拝むかどうか、神父の服といったことを見ても、ロシア正教会とカトリックでは違う。
 そこでローマ教会は、二つだけ譲歩するように頼んだ。
  (a)ローマ教皇が一番偉いということ(教皇首位権)。
  (b)フィリオクェ。【注1】
 正教会は、「父、子、聖霊」のうち聖霊は父から発出する、という立場だ。他方、カトリック教会は、父と子から聖霊が発出する。このカトリック教会の「子からも」(フィリオクェ)という立場を認めればいい、ということでつくられたのがユニエイト教会だ。直訳すると統一教会だが、日本語では何か独特な印象があるので、東方典礼カトリック教会、東方帰一教会などと言われている。
 ユニエイト教会がなぜ政治的な意味を持ってしまうかというと、この教会は西ウクライナで強く、ウクライナ民族主義の母体になっているからだ。1945年、ソ連の赤軍がウクライナを占領した2年後の1947年に、ユニエイト教会は「自発的に」ロシア正教会に合同した。むろん、秘密警察が入ってきて、脅し上げてだ。この教会とナチス・ドイツに協力したウクライナ独立運動の人たちが、1950年代の真ん中ぐらいまでは、西ウクライナの山にこもって反ソ武装闘争をやっていた。だから、スターリンはこの教会を嫌った。
 その後、この地下教会、ユニエイト教会に所属して、バチカンとつながっていることがわかった場合には、軽くて7年ぐらい、ひどいと25年くらいのシベリア流刑に遭った。実際に、殉教者も出ている。

 (4)そうした経緯があったので、ウクライナ独立のときは、このユニエイト教会の権利を認めろ、ということが、大きな要素になった。原罪の反ロシアのナショナリズム、それにドネツクやルガンスクなどでの対立の原因になった、西ウクライナ派の台頭の核になるのがこの教会だ。だから、この教会は、見た目は正教会、しかし実質はカトリックだ。
 この教会を活動させるな、というのがロシア正教会の要請だ、プーチンの考え方だ。
 それに対してカトリック教会は、ウクライナだけでなくてロシアのなかでもユニエイト教会の活動を認めろ、という立場だ。

 (5)2016年に、この両者がキューバで会ったのは、どういう意味を持つのか。
 キューバは無神論国家だ。もちろん伝統的にカトリック教会が強いが、政治的な影響力は限定的だ。正教は関係ない、しかしロシアとの関係は強い。
 暴力団の抗争が起きたとき、どちらかの支配下では手打ちをやらない。それと同じで、キューバは場所を貸して手打ちを手伝ったのだ。ウクライナについてはもうお互いに静かにしましょう、その代わりイスラム過激派という共通の敵があるから、それに向けて団結しようではありませんか、と、こういう枠組みをつくった。まさに政治そのものの会談だったのだ。【注2】

 【注1】「【佐藤優】父、子、聖霊/三一論 ~『牙を研げ』~
 【注2】「【佐藤優】テロリズムに対する統一戦線構築 ~カトリックとロシア正教~

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑭ロシア正教とカトリックの和解に隠されたテーマ」
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 【参考】
【佐藤優】キリスト教の特徴、三一論(父・子・聖霊の関係) ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
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【佐藤優】キリスト教の特徴、三一論(父・子・聖霊の関係) ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)キリスト教の議論に三一論(三位一体論)がある。三一論はキリスト教の特徴だ。
 三一論が、非キリスト教徒にはよくわからない。また、イエス・キリストは人であり神であるけれども、その両者の関係がどうなっているかも、実はよくわからない。キリスト教の思想の一番根幹であるところの、三一論とキリスト論が曖昧なままなのだ。
 裏返すと、曖昧だからキリスト教という傘が維持され、数億の人たちが傘の下にいることができる。もし、これを明確につき詰めることがあれば、キリスト教はばらばらになって分解してしまうかもしれない。

 (2)フィオリクェといわれる非常に難しい神学的な議論がある。「フィリオ」は「息子」、「クェ」は「アンド」で、「子からも」という議論だ。かいつまんで言うと、キリスト教は、聖霊は父、子(キリスト)から発出するという議論だ。父、子、聖霊がどういう関係にあるか、ということは、過去1,700年ぐらい議論して、暫定的な結論は出ているけれども、最終的な結論は出ていない。

 (3)正統派のキリスト教というのは、もともとは
  (a)ニカイア・コンスタンティノポリス信条
  (b)カルケドン信条
というキリスト教の基本文書を共有していることが条件だ。(a)には「聖霊は父より発出する」と書いてある。父より発出するということならば、父からどこにでも行くわけだ。すると、日本人のほとんどはキリスト教徒ではないけれども、聖霊の力はダイレクトに人々、つまりキリスト教徒以外の人にも働くことになる。

 (4)それに対してカトリック教会は、父だけでなく子からも聖霊が発出する、という立場だ。子というのは、イエス・キリストのことだ。
 しかし、イエス・キリストは死んだ。復活して、一時地上に現れた後、「私はすぐ来る]と言って天に昇っていった。では、子はどこに行っているのか。教会はキリストの花嫁と言われているように、キリストは教会にいる。だから、教会に集まってくる人にしか聖書は適用されない。聖霊は自然には及ばなくなる。自然は歩いて教会に来ることはできない。
 我々は父について直接知ることはできない。子を通じてしか父について知ることができない。キリスト教徒が「この一言の感謝と祈りを、とうとき我らが主イエス・キリストの御名を通して御前におささげします」と言うのは、ストレートに神様におささげすることができないからだ。カトリックでは教会を経由するかたちで聖霊は動く。教会に聖霊は限定されるわけだ。すると、「教会のみ御祓いをなし」で、組織重視になる。

 (4)正教会は、神が人になるということは、人が神になることだと考える。だから、修道の力によって、禁欲生活を続けることによって、神に近づくことは正教会では可能だ。それを世俗化してみると、我々は聖霊を持っているから、我々の力で完全に理想的な社会や国家をつくることが可能になる。人が神になっていくことが可能だからだ。
 こういうかたちでロシア革命のような壮大な実験がおこなわれたのだ。現代のロシアもシリアなどに侵攻していくときには、我々には歴史的な使命がある、という感覚を持っている。特にシリアには同じ正教で、似たような聖霊理解をしているキリスト教徒がいて、そのキリスト教徒を守らないといけない。そうなると、我々は神のためにやらないといけない、といって神に直結していくことになりやすいのだ。

 (5)カトリックは、バチカンを中心として、普遍主義的だ。ミサではラテン語を用いている。
 正教会は昔かr個別の民族の言語に聖書を翻訳して、儀式は全部民族言語でやる。だから国家と結びつきやすい。結論からいうと、国家のサブシステムになりやすい。だから、つねに正教会は自らが属する国家を支持することになるのだ。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑬父、子、聖霊--三一論」
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【佐藤優】キリスト教共同体とローマ法 ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】キリスト教共同体とローマ法 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)カトリシズムは、ローマ法という法律が宗教だ。合意は拘束する、というのが近代社会の原理になっている。
 カトリックが支配した西ローマの法、ローマ法では、「合意は拘束する」としたが、同じキリスト教でも、西ローマ以外では異なっている。
 〈例〉ギリシャ古典劇では、たしかに口では誓ったが、心は誓いにはとらわれていない、といった話が出てくる。
 ロシアは、東ローマ帝国の末裔だが、ユダヤ、キリスト教の一神教の伝統を持っている。ギリシャ古典哲学の伝統を持っている。しかし、ローマ法が非常に希薄だ。ロシア人は、法律の論理が嫌いだ。人間は神秘的な力によって、特に聖霊の力によって救済される、とロシア正教は考える。

 (2)ローマ法はじつは宗教で、結局はその宗教が近代法になっているのだ。
 それと、ユダヤ、ヘブライ的な一神教と、さらにギリシャ古典哲学、本来異質なものがアマルガム状になている。サラダボウルみたいに具材が寄せ集められているのであれば分類できるけれども、合金になってしまっている。一つの文化総合、換言すればヨーロッパ社会の精神になっているのがカトリシズムだ。キリスト教研究の用語では、キリスト教共同体、キリストの体(コルプス・クリスティアヌス)という。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑫キリスト教共同体」
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【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
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【佐藤優】復活という現象の科学的説明 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)キリスト教は、もともとユダヤ教を母体に生まれている。イエス自身は、自分のことをキリスト教徒とは思っていない。イエスは自分をユダヤ教の改革者と思っていた。
 イエスが「まむしのやからよ」などと悪口をたくさん言っているパリサイ派(新共同訳ではファリサイ派)という人たちがいる。第三者的、客観的に見ると、イエスはパリサイ派だ。パリサイ派には職人が多かったが、イエスは大工だ。
 イエスの言説、立法観もパリサイと共有の認識をしている。国家との緊張関係もパリサイ派に特有のものだ。

 (2)イエス自身は、「私はすぐに来る」と言って死んだ後3日後に復活する。
 死んだ人間が復活するものか、と思うかもしれないが、復活自体は古代においてはそんなに珍しいことではない。問題は具体的な死体が復活したか、ということだ。
 素朴実在論の世界においてだが、古代に復活は日常的にあった。我々は夢のなかで何かを見る。そのことが現実に起きることもある。古代人においては、その原理が一緒だ。
 『源氏物語』では、六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)の怨霊などがたいへんな影響を及ぼす。六条御息所の怨霊が出てくるというのは、現代の感覚では、光源氏は浮気ばかりしているから六条御息所の夢を見る、となる。
 しかし、古代において、夢を見ることと、その人が具体的に出てくることはまったく同格だ。だから、キリストが復活したというのも、キリストの夢を見れば、それは復活した、ということで、素朴実在論の世界においては珍しいことではない。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑪復活という現象」
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【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 



【佐藤優】プレモダンとしてのカトリックと正教 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)キリスト教において、プロテスタント、カトリック、正教と分けると、基本的にはカトリシズムと正教はプレモダンな宗教だ。近代より以前の世界観を重視する。
 地球は平らで、ジブラたるの先あたりに行ったら、越えられないような滝があって、そこから落ちていくし、天には神様がいると信じている、というような世界だ。

 (2)我々近代文明は、いまモダンな発想の限界に来ている。ポストモダンの状況が生まれているなかで、むしろプレモダンのほうが対応できる、ということがあるわけだ。
 〈例〉地球生態体系。
 原発はどうするのか。原爆みたいなものをつくっていいのか。プルトニウムみたいなものを取り出していいのか。
 カトリックでは、神様がつくった秩序に反するから、原則として認めない。神様がつくった秩序は完全だから、基本的に進歩なんていうのはない。だから、人間の姓名も、セックスは契機の一つにすぎなくて、姓名ができるということは神様の意図だから、中絶も認めない。これはプレモダンな発想に基づいている。

 (3)5人に1人の子ども、6人に1人の子どもがご飯を食べられないような貧困状態だったら、助けてあげないといけない。イエスはみんなに平等にパンを配って晩餐をしたし、パンが五つ、魚が二匹しかいなくても、5,000人がお腹を満たしたじゃないか。そのように我々は持っているものを配らないといけない。
 だから、マザー・テレサのような人も出てくる。
 カトリシズムの場合は、教会が唯一の救いだ。教会に入ればどんな人でも絶対に救われる、という確信を持っている。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑩プレモダンとしてのカトリックと正教」
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 【参考】
【佐藤優】ユダヤ教、キリスト教、イスラムの「罪」 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 



【佐藤優】ユダヤ教、キリスト教、イスラムの「罪」 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)一神教というと、基本的にはユダヤ教とキリスト教にイスラム教を加える。
 しかし、ここのところはよく吟味したほうがいい。
 イスラム教が徹底した一神教であることはまちがいない。しかし、イスラム教で想定するところの神は、ユダヤ教、キリスト教で想定するところの神と一緒かというと、だいぶ距離がある。それは、罪に対する感覚が違うからだ。

 (2)イスラム教の罪は、洗い流せばすぐ落ちる程度の汚れで、罪の感覚は非常に薄い。神と人間がストレートにくっついている。
 〈例〉教師が講義を15分遅れてはじめたとする。イスラム教徒なら、一言目に「アッラーを恨むな」と言ってはじめるだろう。15分遅れて来たのは、アッラーが教師を教室に来るのを15分遅らせたからだ。それについて、あなたたちが恨むと、アッラーを恨むことになるから、教師を恨むんじゃない。わかったな。

 (3)ユダヤ教は原罪概念がないという意見があるが、この判断は難しいところだ。たしかにユダヤ教の主流派では、原罪の概念はないにしても、罪の概念はある。しかも、それが人間にかなり初期の段階から備わっているという認識はあるから、論理構成を見るならば、限りなく原罪に近い罪の概念がユダヤ教にはある。罪の概念があると、自分は罪を持っているから、自分のやっていることはまちがっているかもしれない、という意識が常にある。
 ユダヤ教、キリスト教的発想では、自分は絶対に正しいと思うけれども、絶対に正しいと考えている自分がまちがっている可能性があることになる。
 それに対して、イスラム的な発想だと、自分は絶対に正しい、おまえは絶対にまちがっている、となる。
 だから、同じ「絶対に正しい」と考える人たちであっても、自分がまちがっている可能性があるということが原理的に埋め込まれているかどうかが、イスラムと、ユダヤ教、キリスト教の大きな違いになる。

 (4)これは日常生活においてはたいした違いではない。一神教は基本的には自分と神様の関係が重要なので、その意味では、自分以外には無関心、それ故に寛容だ。だから、エルサレムに行くと、カトリックの教会もあれば、正教の教会もある。ユダヤ教のシナゴーグもあり、イスラムのモスクもあり、シーア派もスンナ派もいる。キリスト教も、いわゆる主流派のカルケドン派ではないヤコブ派やマロン派とか、コプト教会もあるし、アルメニアの教会もある。紛争は、かつて偶発的にしか起きなかったし、今みたいにイスラムとユダヤ教の関係がおかしくなったのは、イスラエル独立後の話だ。

 (5)ユダヤ教徒に、キリスト教の教義をどのぐらい知っているかと聞いても、あるいは正教会の人にアルメニアのキリスト教はどいうことを考えているかと聞いても、まったく知らないし、関心もない。要するに、自分と神様の関係だけしか関心がないから、ほかの人は何を信じているかということについても関心がない。
 だから、キリスト教、一神教が非寛容で、多神教が寛容であるというのは、一神教の歴史からしても、論理からしても成り立たない。

 (6)一神教が非寛容になっていくのは、大航海時代以降、帝国主義の流れが出てきてからだ。特定の文明を拡大していこうというなかで、キリスト教と文明が同一視されたことによって起きてくる現象だ。
 だから、むしろ帝国主義の文脈のなかで考えたほうがいい。時代も、規模も異なるけれども、じつは十字軍もその文脈のなかで考えたほうがいい。十字軍の基本的な目的は、財宝を取りに行くことだった。実際、イスラムよりも正教会のほうが財産を持っていたので、十字軍はイスラムと戦うよりも、むしろコンスタンチノープルの正教会との戦いにウェイトを置いていたのだ。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑨ユダヤ教、キリスト教、イスラムの「罪」」
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 【参考】
【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 

【佐藤優】論理が発達する理由 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)宗教には伝統的宗教と非伝統的宗教がある。いわゆる新宗教、新興宗教は近代になってからも生まれているので、じつはその構成は非常にモダン、近代的だ。世界救世教にしても、天理教にしても、真光(まひかり)教にしても、創価学会を含めて、この種の新宗教は会館も比較的モダンなかたちであるし、教義体系も合理性を重視している。
 一見非合理に見える真光教あるいは世界救世教の手かざしはどうか。手かざしによって何かが治るというのは、因があれば果があるという意味で、明確な因果関係がある。ある人が手かざしをした場合に効果があって、ある人のときはまったく効果がないということではなくて、ある種のきちんとした技法を手に入れれば効果があるということです。そういう構成をとる場合は、近代科学に近くなる。近代主義的な構成になる。

 (2)これに対してキリスト教はそうではない。カインが春から秋まで一生懸命働いてつくった穀物を祭壇に積んだけれども、神は風を吹かせて全部吹き散らす。アベルが羊を割いて置いたら、すごく喜んだ。なぜ、このような違いが生じたかといえば、神様がたまたまそういう機嫌だったからだ。

 (3)ユダヤ教もそうだが、キリスト教の神様は、自分がつくったものだから、自分が壊すのも勝手という論理を主張することがある。
 「おい、最近おまえら悪事を重ねているな。こういうつもりでつくったんじゃないから皆殺しにする。洪水を起こす。しかし、おまえはいいやつだから、おまえの仲間だけは助けてやる」
 こういうノアの方舟の話なんかもある。
 ちなみに、このノアの方舟の場面で、神様は、もう二度と人類を滅ぼさないと約束し、その契約の証に虹をかける。中国では虹は天が起こっていることを意味した。だから、虹があらわれると権力が崩壊する兆候だと受け止められる。虹が平和のシンボルだというのは、日本でも明治期以降キリスト教の影響が強まってからだ。それまで虹に対してあまりいいイメージはなかった。

 (4)なぜユダヤ教やキリスト教の世界で、特にユダヤ教の世界で論理が発達するのか。
 それは預言者は神様に呼ばれてつねに議論をしないといけないからだ。人間側と神様の側の過去の対戦成績は、人間が全勝だ。なぜか。神様が一度でも勝てば我々はここにいないはずだ。さまざまな問題があっても、神様が最後に翻意して、やはり人間を生き残らせようかと決断する。そういう物語の構成になっているから、論理は死活的に重要なのだ。
 神様は、黙って心を察してくれるということはない。必ず口に出して説明しないと、言うことを聞いてくれない、というのが、ユダヤ教とキリスト教の神様だ。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑧論理が発達する理由」
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 【参考】
【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 



【佐藤優】天照大神vs.須佐之男命 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)日本の当時の右翼の人たちのなかにも、天照は大和民族の祭神であって、朝鮮民族の祭神ではない、というので、朝鮮に天照大神信仰を押しつけることに反対した人たちがいる。

 (2)埼玉県には、氷川(ひかわ)神社とか日枝(ひえ)神社が多くある。武蔵国一宮の氷川神社は、天照信仰ではなく、須佐之男、大国主信仰だ。おそらく天照信仰を持つ人たちの前に日本の国家を支配していた集団の宗教で、出雲の系統になる。神話の世界では平和裏に国譲りした、ということになっている。しかし、地上は天照が守っているけれども、地下、闇の世界は須佐之男と大国主が支配し、天照の世界はつねに須佐之男、大国主の世界を恐れている。

 (3)神道系の新宗教は、須佐之男、大国主の表象をしている。
 その一つが大本(いわゆる大本教)だ。大本は、戦前2回にわたる大弾圧を受けた日本の神道系の教団で、共産党より激しい弾圧を受けた。特に2回目の弾圧は、綾部と亀岡の神殿を大本の費用で、ダイナマイトで全部爆破して完全な更地にするという、徹底したものだった。

 (4)大本が受けた弾圧は、創価学会などの弾圧とは位相が違う。
 大本は、戦後は平和運動をおこなっているけれども、戦前は満州への進出も積極的におこなったし、時の政権移譲に強く日本の軍国主義政策を推進した面もある。大本の人たちはエスペラント語をマスターしたから、日本エスペラント協会のなかで大本の人たちの比率は高い。
 天照信仰の世界、すなわち伊勢神道の流れをくむ国家神道からすると、自分たちに近い論理で国策を過剰に推進しようとする大本の動きが、彼らには実際には別のことを考えている、権力を奪取しようとしている、と見えたわけだ。
 現在も、出雲信仰は、日本において非常に重要な位置を占めている。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑦天照と須佐之男」
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 【参考】
【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 



【佐藤優】仏教や神道とは違う、一神教の思考法 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)このような特徴をもつ日本人にとって、一神教的な、超越的なものがあると考える人たちの思考法を理解するのは難しいことだ。「イスラム国」(IS)や米国のキリスト教根本主義者(ファンダメンタリスト)の考え方もそうだが、わかりにくいことはほかにもある。
 〈例〉ロックフェラーに代表されるような富豪がなぜあれだけたくさんの寄附をするのか。
 それは、超越的なるものという感覚が理解できてないからだ。

 (2)一神教は偏狭で、多神教は寛容である。あるいは、キリスト教よりも仏教が寛容である。・・・・ということは、まったく言えない。別にイスラムだけが好戦的なわけではない。
 〈例〉オウム真理教も仏教の変種だ。
 〈例〉タイで内乱が起きるけれども、両勢力とも仏教だ。
 〈例〉キリスト教も、北アイルランドにおけるプロテスタントとカトリックの抗争がある。
 〈例〉神道も、朝鮮半島との関係において神社参拝を強要して、それに反対する朝鮮のキリスト教徒たちがたくさんいて、死者まで出た。もし、日本が日韓併合後、朝鮮神宮の祭神を天照大神としないで、朝鮮神話の建国の祖である檀君にしていたら、流れは違っていたかもしれない。日韓併合は、日韓合邦、コンフェデレーション、国家連合だとするシンボル操作ができたかもしれない。 

 (3)朝鮮半島の神話では、檀君が建国の父だ。
 平壌の郊外には檀君陵がある。1990年頃に、古い男女の骨がきれいなかたちで発掘され、北朝鮮は檀君とその妻のものと判定した。いまや北朝鮮では、その檀君陵に拝みに行くことがとても重要になっている。
 金日成の回想録『世紀とともに』(平壌・外国文出版社と雄山閣から邦訳が出ている)に、北朝鮮のキリスト教徒の団体、朝鮮キリスト教徒連盟の人たちが、いままではエルサレムの方角を拝んでいたけれども、これからは檀君陵の方角を拝むことにした、という記述がある。
 北朝鮮のイデオローグたちは、イスラム教徒がメッカに礼拝するように、キリスト教徒はエルサレムに礼拝している、と思っているらしい。北朝鮮はキリスト教徒を徹底的に弾圧したので、キリスト教徒がどういう行動様式をとるのか、わからなくなってしまったのだ。だから、エルサレムの方に向かって拝んでいたのを、拝む方向を檀君陵に変えた、という記述になる。檀君神話を上手に使った国家統合、つまり今の金王朝は檀君という神話上の王様の末裔なのだ、というイデオロギー操作がおこなわれている、ということだ。0

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑥一神教の思考法」
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 【参考】
【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~

 


【佐藤優】国教は習慣というかたちをとる ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)一見宗教という形態をとらない、生活に埋め込まれている宗教は、いろんな年中行事にあらわれてくる。だから、習慣に近づいてくる。

 (2)国教は、必ず習慣というかたちをとる。
 〈例〉戦前における日本の国家神道は、じつは宗教ではない、とされていた。国家神道は宗教ではなく、日本の臣民の習慣だった。だから、神社には行かないといけなかった。靖国神社や明治神宮の横を通るときは頭を下げないといけなかった。

 (3)戦前、神社で頭を下げるのは異教の神に頭を下げることだというので、カトリック系である暁星中学と上智大学の学生が靖国神社の参拝を拒否したことがあった。すると軍部がかんかんになり、日本のカトリック教会は震え上がって、神社参拝は可能かどうか、バチカンにお伺いを立てた。バチカンからは、民族の習慣だから可能である、という回答がかえってきたけれども、戦前の陸軍はへそを曲げて、暁星中学と上智大学には軍事教練のための教官を送らなかった。そのために、ほかの大学の学生は軍事教練に合格したら兵役免除があるのに、暁星中学と上智大学の学生は兵役免除が認められなかった。
 その後、戦争がはじまると他の大学の免除も段階的に変わっていったが、戦前、上智に入学するということは戦場に連れていかれることを意味したので、非常にリスクが高かった。一回反抗した者を軍は許さなかったのだ。

 (4)今の日本でも国家宗教をつくる動きはある。
 〈例〉靖国神社は神道だからけしからん、だから宗教に中立的な国立追悼施設を設置すべきだ、という人がいる。
 これは、じつは恐ろしい話だ。追悼という行為自体が宗教行為だから、そもそも中立的な施設はあり得ない。しかし、公明党すらそれに好意的だ。ということは、国家神道に抵抗した創価学会の伝統から学んでいるはずの公明党の人たちにしても、国教が習慣というかたちをとることに気づいていないわけだ。日本基督教団にしてもそうだ。

 (5)我々の場合、宗教に関する理解がなかなか難しい。無宗教だといっても、文化庁の統計だと、各宗教団体の申告による信者数の合計は2億人程度になる。
 日本では、生まれたときはお宮参り、七五三で神社に行って、結婚式はキリスト教でやって、お葬式は仏教・・・・というかたちで宗教を変えていくことができる。こういう、さまざまな宗教を受け入れるのを宗教混合(シンクレチズム)という。
 このシンクレチズム的な土壌があると、外国の文物を受け入れるのは、非常に楽だ。八百万(やおろず)の神様がいるときに、キリスト教の神が来れば八百万一番目に入れればいい。ダーウィニズムが来れば八百万二番目に入れればいい。そうやって、ありとあらゆるものを包摂できるのだ。
 しかし、そうすることによって、何が絶対に正しいのか、あるいは私はこの信念によって動くという意識は希薄になって、長いものに巻かれろという感じになってくる。それが日本人の宗教観の特徴だ。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「⑤国教は習慣というかたちをとる」
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 【参考】
【佐藤優】紅白歌合戦の、カオスからコスモスへ ~『牙を研げ』~
【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション  ~『牙を研げ』~
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【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
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【佐藤優】武士政権成立前後のグローバリゼーションと反グローバリゼーション ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)宗教にはそれぞれ民族的なものがある。日本の宗教について知りたいのであれば、どうすればよいか。まず紹介したいのは、鎌倉初期に天台座主の座にいた慈円(慈鎮)の書いた『愚管抄』だ。当時の知が凝縮された、まさに総合知の本だ。

 (2)京都御所から比叡山は、北東の方向にある。北東は丑寅になる。これは鬼門だ。鬼というと、つい角が生えている赤鬼、青鬼を思い浮かべるが、このイメージはかなり後世のものだ。平安時代初期ぐらいまでの鬼は、まだ角が生えていないし、隠れている。姿は見えないけれども悪さをするのが鬼だったのだ。鬼門である丑寅の方向からありとあらゆる悪いもの、見えないけれども悪さをするものが降りてくる。京都に悪影響を与えることを防ぐためにつくられたのが延暦寺ということになる。

 (3)当時、宗教の力はすなわち理論の力だった。だから、天台座主は日本最高の理論家、体制のイデオローグだった。この天台座主だった慈円の『愚管抄』は、いまはあまり読まれなくなっているが、日本人の宗教性を考えるうえでとても重要だ。中央公論社のシリーズ「日本の名著」のなかで、北畠親房の『神皇正統記』とセットになった巻がある。この二作を読むと、近代につながる日本人の宗教性については、ほとんどわかる。

 (4)『愚管抄』は、グローバリゼーションの本だ。当時の日本にとって、グローバルスタンダードとは中華秩序だった。中国の『礼記』のなかに百王説というものがある。すべての王朝は100代目を超えたあとは必ず滅びる、という下降史観とでもいうべきものだ。
 そうした考えは日本にも及んでいて、この『愚管抄』のなかに認められる。『愚管抄』の当時、天皇は84代目、あと16代でこの王朝は滅びる。これは普遍法則だから、我々は逃れることができない。だから、それに備えて、中国の秩序、中国のルールをきちんと習得することが日本の生き残りの道だ、と考えるのだ。
 この『愚管抄』は、鎌倉時代初期に書かれた本なので、例えば、武士の誕生についても論じられている。天皇親政という建前があるのに、なぜ武家が力をもったのか。なぜ平家が力をもって、その後、源氏が力をもったのか。
 『愚管抄』は、壇ノ浦の合戦を重視する。壇ノ浦の合戦で、天皇の正統たる証ともいえる三種の神器は海に沈んだ。そのなかで勾玉は上がってきたけれども、剣は沈んだままになった。『愚管抄』は、それを天命と考える。つまり天皇から剣が取り離された、だから、剣の機能というのはつかさつかさで武士集団が持つべきである、と理論化した。

 (5)これに対して異を唱えたのが、南北朝時代に書かれた北畠親房『神皇正統記』だ。
 「大日本(おおやまと)は神国(かみのくに)なり」という言葉ではじまる。日本の特徴は神道にあるけれども、神道は理論化ができない。それゆえに、他国の思想とくらべないと、日本の特徴はわからない。そういってインド(天竺)、中国(震旦)、とくに中国との比較を重視する。
 同じ漢字を使って、同じような古典テキストを重視しているけれども、我々は中国とどこが違うのか。中国は易姓革命、すなわち天の意思が変わったら地上の秩序も変わって王朝が交代する乱脈きわまりない国である。大日本(おおやまと)は神の国だから、王朝は変わらない。だから、天皇にも皇后にも姓がない。

 (6)北畠親房が注目するのは、武烈天皇と継体天皇の関係だ。『日本書紀』では、武烈天皇は暴君、残虐な天皇として描かれている。武烈天皇には世継ぎは生まれなかった。当時、世継ぎができないというのは、天の意思にかなった政治をしていないことを意味した。この場合、日本では中国とは異なるかたちでの易姓革命、放伐がおこなわれる。同じ天皇家という樹木のなかで、幹が枝になり、枝が幹になる。すなわち幹であった武烈天皇の系統はなくなり、枝であった部分が大きくなって継体天皇になった。
 武烈・継体の関係は、歴史実証的に見れば明らかに系統としては繋がっていないはずで、別王朝の誕生と見ることも可能だ。しかし、日本ではそういう神話では包摂しなかった。日本においては王朝交代がない。だから百王説は間違いで、グローバルスタンダードの論理、つまり易姓革命は一定の限定のもとでしか適用されない。グローバリゼーションは日本においては独自の変容を遂げる、というのが『神皇正統記』の考え方だ。いまは一時的に間違った人たちが権力をとっている。しかし、それは必ず正しい方向に戻ってくる、という復古維新思想のテキストといえる。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「③『愚管抄』と『神皇正統記』--グローバリゼーションをめぐって」
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【佐藤優】プロテスタンティズムという思考の鋳型 ~『牙を研げ』~

2018年03月09日 | ●佐藤優
 (1)外国の企業と仕事をしたり、外資企業で働くビジネスパーソンの数はますます増えている。ビジネスパーソンにとって、国際社会で活動していくうえで、欠かせないのが宗教、なかでもキリスト教の本流に対する理解だ。
 その本流とは何か。
 〈例〉近代的な人権や主権国家はキリスト教を土台にしているから、それがわからないと現代そのものを理解できない。
 キリスト教は、イエス・キリストがつくった宗教ではなくて、イエス・キリストと会ったこともないパウロという人がつくった宗教だ。

 (2)プレモダンなキリスト教として、カトリシズムや正教もあるが、ここでウェイトを置くのはプロテスタンティズムだ。仕事で役に立ち、かつ現代の社会の基本にあるのはプロテスタンティズムだからだ。
 エリートは、世俗化されたかたちであれ、プロテスタンティズムの論理にもとづいて思考し、行動している。その論理を体得することが必要だということだ。

 (3)結論から言うと、プロテスタンティズム、なかんずくカルバン派は、人は生まれる前から、救われる人は選ばれていて、天国のノートに名前が載っていると考える。同時に、生まれる前から、滅びに至る人も天国のノートに記されている。しかし、そのことを我々は知ることができない。
 現実の生活において、さまざまな試練がある。しかし、自分は選ばれている人間だという確信を持っているから、どんな試練も乗り切ることができ、最終的には、「ああ、これでよかったんだ」という人生を歩むことができると考える。いわば刷り込みだ。
 だから、プロテスタントの人たちは、苦しみながら最後を迎えたとしても、ふりかえって自分の人生はよかったと思って死ぬ。そういう刷り込みがあるから、特に逆境に強い。どんな逆境にあっても、それは神の試練であって、救われることが前提となっている。教会に行くことも、自分が教会に来させられていると考える。

 (4)いずれにしろ、金融をはじめビジネスの世界で成功している人には、このような刷り込みがあることを知っておいてよい。
 ちなみに、米国のトランプ大統領は長老派(カルバン派)だ。 

 (5)ただ、この論理は裏返して言うと、「イスラム国」(IS)、アルカイダに通じるものだ。自分たちは完全に選ばれていて、絶対に正しくて、勝利は保証されている。
 あるいは、我々は絶対に正しくて革命は成就するから、一時的な試練も勝利のためだ、という革マル派、中核派の人たちの発想にも通じるものだ。
 こういう目的論的な強力なエネルギーは、プロテスタンティズムから出てくる。
 世の中にはそういう思考の鋳型があるということだ。

□佐藤優『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』(講談社現代新書、2017)の第2章の「①プロテスタンティズムという思考の鋳型」
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 【参考】
【佐藤優】日本兵は捕虜になるとよくしゃべる理由、米軍の日本研究  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】ソ連軍の懲罰部隊が強かった理由、日本軍の「生きて虜囚の辱めを受けず」  ~『牙を研げ』~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~各章の小見出し~
【佐藤優】『牙を研げ』 ~まえがき~
【佐藤優】『牙を研げ 会社を生き抜くための教養』 ~目次~