語られる言葉の河へ

2010年1月29日開設
大岡昇平、佐藤優、読書

【佐藤優】オウム事件が他人事ではない理由 ~宗教と資本主義・国家~

2018年03月27日 | ●佐藤優
 <【オウム真理教のような新興宗教に若者がコロコロッと流れたとき、日本における伝統的な教団や宗派は何をしていたのか、という外からの批判、あるいは自己批判について】
 それはとても重要な話です。先ほどフロマートカという神学者について述べましたが、彼は共産主義が影響力を持ったときに、キリスト教はこの現象をもっと自己批判的に捉えないといけない、イエスは貧しい者たちと共に常にあったではないか、といった人です。そしてキリスト教と国家はもともと緊張関係にあったではないか、と。
 (中略)
 いつの間にか、市民社会とプロテスタンティズムが一体化してしまい、上品かつ小金のある奴らの宗教になってしまいました。だから、われわれの不作為が共産主義を生み出した、というように考えないといけないのではないか、と。フロマートカのいったことは今でも正しいと、私は思っています。
 オウム真理教についても、「邪教だ」云々といって責めるのではなく、なぜオウム真理教が出てくるのか、そこにある真理観は何なのかについて考えないといけないと思うのです。例えばオウム真理教は、異様に宇宙に対する関心を持ちました。
 (中略)
 ニコライ・フョードロフ(1829~1903)というロシアの思想家がいます。オウム真理教はロシアから思想的な影響を受けますが、そのうちの一人がフョードロフの思想です。19世紀終わりに活動した人で、本職はルミャンツェフ博物館(今の国立中央図書館、ソ連時代はレーニン図書館)のカード係でした。一番本が読めるという理由で図書館のカード係になった人です。毛布だけを持ち、結婚もせず、一日中勉強をしていて「モスクワのソクラテス」と呼ばれました。ドストエフスキーもトルストイも、彼に意見を聞きに来て、図書館の隅でいつも彼を囲んで座談会が行われていたといいます。
 この人が、近未来には自然科学の融合が起き、すべての人間を再生することができるという不思議な思想を持つのです。たった今死んだ人間から、アダムとイブまで全員を回復できる、と。そうしたら地球上に土地と酸素が足りなくなるから惑星間移動をしないといけない。そのためにロケットの基本的な工学的設計図をつくる。そのフョードロフの考えをベースにツィオルコフスキーというロケット工学の父が生まれ、それがフォン・ブラウン博士まで流れ、サターンV1号、V2号の技術がアメリカとソ連に入っていくわけです。
 ソ連は、フョードロフの思想の惑星間移動という上澄み部分だけを取り出して利用したわけですが、実際は、こういう万人復活の思想が背後にあります。しかし、これは大いなる愛の思想なのです。
 それからマルティン・ルターの思想にも、オウム真理教の論理とそれほど変わらないところがあります。ルターはドイツ農民戦争のとき、権力に対して逆らう者は魂を穢(けが)している、魂が穢れてしまえば永遠に復活できなくなる、だからこれ以上深い罪を犯させる前に、農民たちをできるだけ殺せ、と領主たちに真面目に主張しましたから。
 (中略)
 オウム真理教が根っこで関心を持っていたのは、万民復活というような考え方です。万人復活というのはキリスト教の終末論の要素ですから、その意味では、麻原彰晃(あさはらしょうこう)がモスクワに行くことによって、オウム真理教にキリスト教の要素が入った、といえます。すると、われわれキリスト教を専門に研究している人間も、「オウム真理教は極端なカルトだ」という形のレッテル貼りをするのではなく、そこに内在するキリスト教的なるものをきちんと腑分(ふわ)けしておかないといけません。キリスト教だって同じようになるかもしれない、そのような怖さはあるのです。
 (中略)
 【それぞれの宗教のいいところをつまみ食いする形で魅力をつくっているところについて】
 それは業界用語でいうとシンクレティズム(宗教混淆)ということになります。どの宗教も混淆させる力があるので、その意味においてオウム真理教は、新宗教としては力を持っていたということなのです。

□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「第Ⅰ部 対論」の「オウム事件が他人事ではない理由」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】革命再考 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】時間とお金を何に使うか ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】資本主義的な論理を超えて ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】「本来の宗教」は存在するのか ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】死生観の変化が私たちにもたらすもの ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】独身であることと権力 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】個別性と普遍性 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】宗教に関する訳語 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】宗教が土着化するということ ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】沖縄における魂観 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】国が追悼施設をつくるべきではない(靖国問題) ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】「国家主義教」 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】出世教、学歴教、etc. ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】お金という神さま ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次

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【佐藤優】革命再考 ~宗教と資本主義・国家~

2018年03月27日 | ●佐藤優
 <私もある意味では、革命に非常に憧れを持っていました。同志社大学神学部の大学院で研究していたのもチェコのヨゼフ・ルクル・フロマートカ(1889~1969)という、社会主義革命には肯定的な神学者でした。だから外務省には、別に特に外交官になりたいという思いからではなく「チェコに行ければいいな」といった気持ちから、あるいは「革命ってやっぱり必要だよね」との思いから入ったのです。
 しかし、そういう思いがガタガタ崩れたのが、ソ連に赴任してからです。
 (中略)
 ソ連の現実を見て、これほど人びとがイデオロギーを信じていない国はない、と思いました。ソ連共産党国際部の連中が一番不思議に感じていたのは、日本共産党でしたよ。「われわれの信じていないマルクス・レーニン主義を本気で信じているようだ。いったいどうなっているのだ」といっていました。マルクス主義の論理その他のことで、日本共産党はソ連共産党と真剣に喧嘩をするので、バカにはしていませんでしたが。
 連中が最もバカにしていた日本の政党は。むしろ社会党左派です。私も非常に縁のあった社会主義協会(1951年に創立された社会主義理論研究集団)です。社会党の一部の人々が、貿易操作などでセミナー費用等の政治資金をソ連から結構取っていたからです。これには私も愕然としました。そういった文書は全部丁寧に取ってあり、ソ連共産主義が崩壊したときに出てきて、私はそれを見たのです。ソ連は日本の外務省や内閣府のように、自分たちに都合の悪い文書でも始末しません。
 彼らが関心を持っていたのは与党間交流です。ソ連の与党である共産党と日本の与党である自民党の間の交流です。中曽根康弘さんや安倍晋太郎さんらと交流したいといっていました。同時に、当時ソ連側が日本の野党で一番尊敬していたのは公明党でした。公明党というより支持母体の創価学会が、いろいろな文化活動でソ連にやって来てはカネを置いていくからです。「ほかの党はみな、われわれからカネを取ることだけ考えるのに、公明党はすごい力がある」と。これがソ連共産党の幹部たちの姿です。
 ソ連は結局崩壊しましたが、あれだけの体制が崩壊したにもかかわらず、あのクーデター未遂事件のあとに自殺したのはたった二人です。一人はアフロメーエフ参謀総長で、もう一人はプーゴというラトビア人の内務大臣です(彼の妻も後追い自殺しましたが)。その人たち以外、誰もあの体制に殉じないのですから。共産主義というものは本当にスカスカだったのだなと、ソ連に勤務してよくわかりました。そこで私は本当に、革命に対する幻想を持たなくなったのです。
 (中略)
 左翼、右翼ということについても、語源に立ち返って考えてみましょう。われわれがフランス革命の議長席に座っているとすると、左側に座ったのが左翼の人たちです。理性を信頼し、物事は合理的に組み立てることができる。あるいは完全情報があって、虚心坦懐な議論をすれば単一の結論に至るという設計主義、構築主義をとるグループです。
 他方、右派というのは、先ほど出た超越性の問題と関わります。人間には合理性が確かにあるけれど、偏見からはなかなか逃れられない。だから完全情報なるものが仮にあり、議論をしても、偏見や文化的な背景から逃れられないので真理は複数出てくる。この複数性を担保しなければいけない、という発想が右翼です。真理は複数あるから、誰が絶対に正しいということにはならないので、寛容に多元的になるはずです。
 ところが、今のいわゆる保守派や右派と言われる人には寛容性や多元性が全然ありません。あれはむしろ左翼構築主義的な発想です。だから革命などというワーディングが平気で使える【注】のだと思います。
 (中略)
 官僚というのは、物事を理性で考えて組み立てていきます。構築主義的ですから、本質的な意味においては左です。その理性の限界ということは真面目に考えないといけません。ただ、同時に宗教に対する耐性を強くしないと、変な宗教に引っ掛かってしまいます。その意味でも宗教はとても重要だと思うのですが、なかなかこの超越性に関する話が理解してもらえません。> 

 【注】例えば「人づくり革命担当大臣」。

□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「第Ⅰ部 対論」の「革命再考」から一部引用

 【参考】
【佐藤優】時間とお金を何に使うか ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】資本主義的な論理を超えて ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】「本来の宗教」は存在するのか ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】死生観の変化が私たちにもたらすもの ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】独身であることと権力 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】個別性と普遍性 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】宗教に関する訳語 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】宗教が土着化するということ ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】沖縄における魂観 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】国が追悼施設をつくるべきではない(靖国問題) ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】「国家主義教」 ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】出世教、学歴教、etc. ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】お金という神さま ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~
【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次
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