<【オウム真理教のような新興宗教に若者がコロコロッと流れたとき、日本における伝統的な教団や宗派は何をしていたのか、という外からの批判、あるいは自己批判について】
それはとても重要な話です。先ほどフロマートカという神学者について述べましたが、彼は共産主義が影響力を持ったときに、キリスト教はこの現象をもっと自己批判的に捉えないといけない、イエスは貧しい者たちと共に常にあったではないか、といった人です。そしてキリスト教と国家はもともと緊張関係にあったではないか、と。
(中略)
いつの間にか、市民社会とプロテスタンティズムが一体化してしまい、上品かつ小金のある奴らの宗教になってしまいました。だから、われわれの不作為が共産主義を生み出した、というように考えないといけないのではないか、と。フロマートカのいったことは今でも正しいと、私は思っています。
オウム真理教についても、「邪教だ」云々といって責めるのではなく、なぜオウム真理教が出てくるのか、そこにある真理観は何なのかについて考えないといけないと思うのです。例えばオウム真理教は、異様に宇宙に対する関心を持ちました。
(中略)
ニコライ・フョードロフ(1829~1903)というロシアの思想家がいます。オウム真理教はロシアから思想的な影響を受けますが、そのうちの一人がフョードロフの思想です。19世紀終わりに活動した人で、本職はルミャンツェフ博物館(今の国立中央図書館、ソ連時代はレーニン図書館)のカード係でした。一番本が読めるという理由で図書館のカード係になった人です。毛布だけを持ち、結婚もせず、一日中勉強をしていて「モスクワのソクラテス」と呼ばれました。ドストエフスキーもトルストイも、彼に意見を聞きに来て、図書館の隅でいつも彼を囲んで座談会が行われていたといいます。
この人が、近未来には自然科学の融合が起き、すべての人間を再生することができるという不思議な思想を持つのです。たった今死んだ人間から、アダムとイブまで全員を回復できる、と。そうしたら地球上に土地と酸素が足りなくなるから惑星間移動をしないといけない。そのためにロケットの基本的な工学的設計図をつくる。そのフョードロフの考えをベースにツィオルコフスキーというロケット工学の父が生まれ、それがフォン・ブラウン博士まで流れ、サターンV1号、V2号の技術がアメリカとソ連に入っていくわけです。
ソ連は、フョードロフの思想の惑星間移動という上澄み部分だけを取り出して利用したわけですが、実際は、こういう万人復活の思想が背後にあります。しかし、これは大いなる愛の思想なのです。
それからマルティン・ルターの思想にも、オウム真理教の論理とそれほど変わらないところがあります。ルターはドイツ農民戦争のとき、権力に対して逆らう者は魂を穢(けが)している、魂が穢れてしまえば永遠に復活できなくなる、だからこれ以上深い罪を犯させる前に、農民たちをできるだけ殺せ、と領主たちに真面目に主張しましたから。
(中略)
オウム真理教が根っこで関心を持っていたのは、万民復活というような考え方です。万人復活というのはキリスト教の終末論の要素ですから、その意味では、麻原彰晃(あさはらしょうこう)がモスクワに行くことによって、オウム真理教にキリスト教の要素が入った、といえます。すると、われわれキリスト教を専門に研究している人間も、「オウム真理教は極端なカルトだ」という形のレッテル貼りをするのではなく、そこに内在するキリスト教的なるものをきちんと腑分(ふわ)けしておかないといけません。キリスト教だって同じようになるかもしれない、そのような怖さはあるのです。
(中略)
【それぞれの宗教のいいところをつまみ食いする形で魅力をつくっているところについて】
それは業界用語でいうとシンクレティズム(宗教混淆)ということになります。どの宗教も混淆させる力があるので、その意味においてオウム真理教は、新宗教としては力を持っていたということなのです。
□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「第Ⅰ部 対論」の「オウム事件が他人事ではない理由」から一部引用
【参考】
「【佐藤優】革命再考 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】時間とお金を何に使うか ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】資本主義的な論理を超えて ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】「本来の宗教」は存在するのか ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】死生観の変化が私たちにもたらすもの ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】独身であることと権力 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】個別性と普遍性 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】宗教に関する訳語 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】宗教が土着化するということ ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】沖縄における魂観 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】国が追悼施設をつくるべきではない(靖国問題) ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】「国家主義教」 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】出世教、学歴教、etc. ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】お金という神さま ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次」
それはとても重要な話です。先ほどフロマートカという神学者について述べましたが、彼は共産主義が影響力を持ったときに、キリスト教はこの現象をもっと自己批判的に捉えないといけない、イエスは貧しい者たちと共に常にあったではないか、といった人です。そしてキリスト教と国家はもともと緊張関係にあったではないか、と。
(中略)
いつの間にか、市民社会とプロテスタンティズムが一体化してしまい、上品かつ小金のある奴らの宗教になってしまいました。だから、われわれの不作為が共産主義を生み出した、というように考えないといけないのではないか、と。フロマートカのいったことは今でも正しいと、私は思っています。
オウム真理教についても、「邪教だ」云々といって責めるのではなく、なぜオウム真理教が出てくるのか、そこにある真理観は何なのかについて考えないといけないと思うのです。例えばオウム真理教は、異様に宇宙に対する関心を持ちました。
(中略)
ニコライ・フョードロフ(1829~1903)というロシアの思想家がいます。オウム真理教はロシアから思想的な影響を受けますが、そのうちの一人がフョードロフの思想です。19世紀終わりに活動した人で、本職はルミャンツェフ博物館(今の国立中央図書館、ソ連時代はレーニン図書館)のカード係でした。一番本が読めるという理由で図書館のカード係になった人です。毛布だけを持ち、結婚もせず、一日中勉強をしていて「モスクワのソクラテス」と呼ばれました。ドストエフスキーもトルストイも、彼に意見を聞きに来て、図書館の隅でいつも彼を囲んで座談会が行われていたといいます。
この人が、近未来には自然科学の融合が起き、すべての人間を再生することができるという不思議な思想を持つのです。たった今死んだ人間から、アダムとイブまで全員を回復できる、と。そうしたら地球上に土地と酸素が足りなくなるから惑星間移動をしないといけない。そのためにロケットの基本的な工学的設計図をつくる。そのフョードロフの考えをベースにツィオルコフスキーというロケット工学の父が生まれ、それがフォン・ブラウン博士まで流れ、サターンV1号、V2号の技術がアメリカとソ連に入っていくわけです。
ソ連は、フョードロフの思想の惑星間移動という上澄み部分だけを取り出して利用したわけですが、実際は、こういう万人復活の思想が背後にあります。しかし、これは大いなる愛の思想なのです。
それからマルティン・ルターの思想にも、オウム真理教の論理とそれほど変わらないところがあります。ルターはドイツ農民戦争のとき、権力に対して逆らう者は魂を穢(けが)している、魂が穢れてしまえば永遠に復活できなくなる、だからこれ以上深い罪を犯させる前に、農民たちをできるだけ殺せ、と領主たちに真面目に主張しましたから。
(中略)
オウム真理教が根っこで関心を持っていたのは、万民復活というような考え方です。万人復活というのはキリスト教の終末論の要素ですから、その意味では、麻原彰晃(あさはらしょうこう)がモスクワに行くことによって、オウム真理教にキリスト教の要素が入った、といえます。すると、われわれキリスト教を専門に研究している人間も、「オウム真理教は極端なカルトだ」という形のレッテル貼りをするのではなく、そこに内在するキリスト教的なるものをきちんと腑分(ふわ)けしておかないといけません。キリスト教だって同じようになるかもしれない、そのような怖さはあるのです。
(中略)
【それぞれの宗教のいいところをつまみ食いする形で魅力をつくっているところについて】
それは業界用語でいうとシンクレティズム(宗教混淆)ということになります。どの宗教も混淆させる力があるので、その意味においてオウム真理教は、新宗教としては力を持っていたということなのです。
□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「第Ⅰ部 対論」の「オウム事件が他人事ではない理由」から一部引用
【参考】
「【佐藤優】革命再考 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】時間とお金を何に使うか ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】資本主義的な論理を超えて ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】「本来の宗教」は存在するのか ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】死生観の変化が私たちにもたらすもの ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】独身であることと権力 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】個別性と普遍性 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】宗教に関する訳語 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】宗教が土着化するということ ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】沖縄における魂観 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】国が追悼施設をつくるべきではない(靖国問題) ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】「国家主義教」 ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】出世教、学歴教、etc. ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】お金という神さま ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~」
「【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次」