<この場で初めて話しますが、私には、個人的な相談をする相手はほとんどいません。ここ10年ほどの間にサシで相談した相手は、池上さんだけです。何を相談したかというと、「人生の持ち時間を何に使えばいいか」という問題です。池上さんからいただいた非常に重要なアドバイスは「今は教育と研究を両方しているけれど、60歳までにどちらか一つに選んだほうがいいでしょう。選ぶとしたら教育のほうではないでしょうか」というものでした、私の心をよくわかっているなと思っています。
私は、NPOやNGOは外務省時代にいくつか経験があり、皮膚感覚を伴った一体感が持てません。では、教会に使うお金と同じくらいのお金を何に使っているかというと、学生に配る本に使っています。
イギリスにいたときは、共産圏と古本の交換をしている「インタープレス」という不思議な本屋に通いました。共産圏での禁書、体制にとって好ましくない本と、イギリスやアメリカで出ている辞書や科学技術関係の本を交換している書店です。情報機関のような意味と、外貨の節約、悪書を外国に出すという意味を持った本屋ということになります。
「インタープレス」で得た本は、大英博物館とアメリカの議会図書館がかなり高値で買い入れるのでビジネスになっていると、本屋の主人であるズデネク・マストニークさんはいってました。彼の本職はBBCの地方放送のアナウンサーで、1968年のプラハの春のときはザルツブルクから実況放送をしていました。奥さんはケンブリッジ大学の先生で、夫婦に子どもはいません。
私は当時、毎週イギリス軍の学校に通っていたのですが、イギリスでは普通水曜日の午後がお休みです。その水曜午後と土曜日に、ズデネクさんのところに通ってチェコの近代史と宗教のレクチャーをずっと受けました。その過程で「これを読んだらいいと思うよ」と彼がいう本を、3,000冊以上貰ったのです。私はお金を払うといったのですが、彼に「本は一冊一冊、運命というものを持っているんだ」といわれました。これらの本はこの人のところへ行ったほうが幸せになる、と自分は考えている。あなたが欲しいと要望してきた本についてはきちんとお金を取るから、と。「僕は誰とでもこういうポリシーで付き合っているのだ」といわれ、影響を受けたのです。
(中略)
その後モスクワに行ったところ、モスクワのインテリたちもみな同じ考えなのです。当時は計画出版をしていた時代だから重版されることはありません。ドストエフスキーの『罪と罰』であれば、一人の購入制限がだいたい3セットなので、刊行された瞬間に3セット買う。それを自分が読む本以外は、読んでいない人や読みたがっている人に渡すわけです。しかもそのときにお金は取りません。自分が直接関係している人たちとのあいだで、書籍においてお金を取らない領域を敢えてつくるようにしているのですね。
私も同じことをして、資本主義の論理とは少し違うことをしようかなと思い、ここ10年ぐらい実践しています。結構な金額になりますが、それはきっとどこかでこの先に生きてくると思っているのです。>
□池上彰・佐藤優・松岡正剛・碧海寿広・若松英輔『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』(KADOKAWA、2018)の「第Ⅰ部 対論」の「時間とお金を何に使うか」から一部引用
【参考】
「
【佐藤優】資本主義的な論理を超えて ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】「本来の宗教」は存在するのか ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】死生観の変化が私たちにもたらすもの ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】独身であることと権力 ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】個別性と普遍性 ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】宗教に関する訳語 ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】宗教が土着化するということ ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】沖縄における魂観 ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】国が追悼施設をつくるべきではない(靖国問題) ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】「国家主義教」 ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】出世教、学歴教、etc. ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】お金という神さま ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】人間の思考と魂の根底に迫る ~宗教と資本主義・国家~」
「
【佐藤優】『宗教と資本主義・国家 激動する世界と宗教』の目次」