台風18号で被災されたみなさまにお見舞い申しあげます。8月末に運用がはじまったばかりの特別警報が京都・滋賀・福井で発表され、近畿各地で大規模な水害、土砂災害が起こりました。島本町でも第2、3小学校とふれあいセンターの年長者座敷が避難所となり、土砂災害の危険区域にお住いのみなさんが避難されました。
一夜開けた16日も、町職員は水路を埋め尽くした流木や落葉、水を含んだ土嚢の回収などに従事しています。詳しいことは後の発表を待ちたいと思います。
わたしの住んでいる山崎地区は大山崎町と隣接しており、桂川が氾濫する恐れがあるとしてJRの線路の東側に避難勧告が出されて警報が頻繁に聴こえてくるようになり、緊張度はかなり高かったです。午前4時には防災服を着ましたが、普段訓練など受けていないわたしが下手に動くのは得策ではないと夜が明けるまで待ちました。
その間、嵐山渡月橋の映像をテレビで観た後は、自治自治防災課にも連絡を取り、土砂災害だけではなく桂川の氾濫を警戒しておられる京都・大山崎町との連携をお願いしたいと進言しました。既に大山崎町の協力を得て情報収集しているという回答でしたので、対策本部の判断を待つことにしました。
夜が明けて雨脚が弱まったのを機に外に出ると、ご近所のみなさんも心配して出ておられました。山崎1丁目の一部はハザードマップで特に低地になっている地域で、一旦冠水がはじまれば、すぐそばの水無瀬川緑地公園(スーパー堤防)にも移動することは困難です。小さいお子さんのおられるご家族の危機感はかなりのものでした。
わたしと息子は大山崎町のふるさとセンターに出向き、夫は車で淀川の様子をみにいきました。桂川上流や伏見方面で起こっていた川の氾濫を思うと、決して安心してはいられない状況であったと今振り返って思います。
翌16日の午前中は、去年の8月14日の大洪水で被害が大きかった地区の水路や昨年設置したスクリーンを可能な限り見て回り、若山台(暫定)調整池の状況を確認。土砂災害があった地区に一番近い、ふれあいセンター年長者座敷の避難所にも出向きました。
その後、衆議院議員、辻元清美さんの「辻元清美と語ろう会」の準備に山崎の第二コミュニティセンターに向かい(主に福島原子力発電所の内部、汚染水処理の現状を超党派で視察された報告を受けました)、終了後に役場に向かいましたが、自治防災課はなお切迫した状況でした。
17日は、冠水が激しかったと聞いた山崎地区の西国街道を通り、エンマ水路の沈砂池の現状を確認して、民生教育消防委員会の傍聴に行きました。14、15日の福祉大会に出ていた民生部の職員は連休がないままに、民生教育消防委員会に出席しています。
町内各地での詳細すべてを把握できてはいませんが、概ね、昨年の経験や水路や沈砂池の浚渫など公共工事の対応が活きていたのではないかとわたしは思います。とはいえ、桂、宇治、木津川の水位次第では京都府からの情報収集の必要性があり、島本町、特に山崎地区では府域を超えた連携が新たな課題と認識しました。
町内の沈砂池はどこも土砂と流木でほぼ満杯とのこと、巨額の予算を費やしたばかりの土木工事を再び繰り返さなければなりません。なにより里山の整備に着手しないと同じことの繰り返しです。また、自治防災課の担当業務が質的にバラバラで(住民自治、自治会・住民委員会・自主防災会、情報公開、要望・意見、広報、観光・・・など)災害時の対応に不安がある、職員の負担が大きいと指摘してきましたが、近く行われる機構改革で必ず改善されると信じたいです。
平成25年度は地域防災計画の改訂の年。改定案ができた段階で町はパブリックコメントを募集しますので、みなさんの生の声をぜひともお寄せください。パブリックコメント募集の前に、説明会が開かれることが理想ですが島本町では実現していません。そして議会はなにをすべきか。
その議論ができるほど議会改革が熟成しているとはいえませんが、議会基本条例に災害時の役割を明記しておく必要があるとわたしは思っています。議会としてどのような役割を果たすのか調査研究が必要です。議長の意識、手腕も問われます。
なにより地域防災は行政だけでは担えないこと、住民主体で地域に密着して取り組む必要があること、大人も子どもも自らの判断で行動できることが重要です。わたし自身、至らないことばかりですが、議員として、みなさんのお役に立てるよう、できることから取り組みます。
画像は、消防本部脇の若山台(暫定)調整池(16日午前)
町は下水道計画上問題はないとして売却の方針です
戸田は一期目より機会あるごとに防災・減災・農業振興の視点から
売却反対、保全活用を主張しています
よって、2度目の雨水影響調査の報告を情報公開請求しているところです
一夜開けた16日も、町職員は水路を埋め尽くした流木や落葉、水を含んだ土嚢の回収などに従事しています。詳しいことは後の発表を待ちたいと思います。
わたしの住んでいる山崎地区は大山崎町と隣接しており、桂川が氾濫する恐れがあるとしてJRの線路の東側に避難勧告が出されて警報が頻繁に聴こえてくるようになり、緊張度はかなり高かったです。午前4時には防災服を着ましたが、普段訓練など受けていないわたしが下手に動くのは得策ではないと夜が明けるまで待ちました。
その間、嵐山渡月橋の映像をテレビで観た後は、自治自治防災課にも連絡を取り、土砂災害だけではなく桂川の氾濫を警戒しておられる京都・大山崎町との連携をお願いしたいと進言しました。既に大山崎町の協力を得て情報収集しているという回答でしたので、対策本部の判断を待つことにしました。
夜が明けて雨脚が弱まったのを機に外に出ると、ご近所のみなさんも心配して出ておられました。山崎1丁目の一部はハザードマップで特に低地になっている地域で、一旦冠水がはじまれば、すぐそばの水無瀬川緑地公園(スーパー堤防)にも移動することは困難です。小さいお子さんのおられるご家族の危機感はかなりのものでした。
わたしと息子は大山崎町のふるさとセンターに出向き、夫は車で淀川の様子をみにいきました。桂川上流や伏見方面で起こっていた川の氾濫を思うと、決して安心してはいられない状況であったと今振り返って思います。
翌16日の午前中は、去年の8月14日の大洪水で被害が大きかった地区の水路や昨年設置したスクリーンを可能な限り見て回り、若山台(暫定)調整池の状況を確認。土砂災害があった地区に一番近い、ふれあいセンター年長者座敷の避難所にも出向きました。
その後、衆議院議員、辻元清美さんの「辻元清美と語ろう会」の準備に山崎の第二コミュニティセンターに向かい(主に福島原子力発電所の内部、汚染水処理の現状を超党派で視察された報告を受けました)、終了後に役場に向かいましたが、自治防災課はなお切迫した状況でした。
17日は、冠水が激しかったと聞いた山崎地区の西国街道を通り、エンマ水路の沈砂池の現状を確認して、民生教育消防委員会の傍聴に行きました。14、15日の福祉大会に出ていた民生部の職員は連休がないままに、民生教育消防委員会に出席しています。
町内各地での詳細すべてを把握できてはいませんが、概ね、昨年の経験や水路や沈砂池の浚渫など公共工事の対応が活きていたのではないかとわたしは思います。とはいえ、桂、宇治、木津川の水位次第では京都府からの情報収集の必要性があり、島本町、特に山崎地区では府域を超えた連携が新たな課題と認識しました。
町内の沈砂池はどこも土砂と流木でほぼ満杯とのこと、巨額の予算を費やしたばかりの土木工事を再び繰り返さなければなりません。なにより里山の整備に着手しないと同じことの繰り返しです。また、自治防災課の担当業務が質的にバラバラで(住民自治、自治会・住民委員会・自主防災会、情報公開、要望・意見、広報、観光・・・など)災害時の対応に不安がある、職員の負担が大きいと指摘してきましたが、近く行われる機構改革で必ず改善されると信じたいです。
平成25年度は地域防災計画の改訂の年。改定案ができた段階で町はパブリックコメントを募集しますので、みなさんの生の声をぜひともお寄せください。パブリックコメント募集の前に、説明会が開かれることが理想ですが島本町では実現していません。そして議会はなにをすべきか。
その議論ができるほど議会改革が熟成しているとはいえませんが、議会基本条例に災害時の役割を明記しておく必要があるとわたしは思っています。議会としてどのような役割を果たすのか調査研究が必要です。議長の意識、手腕も問われます。
なにより地域防災は行政だけでは担えないこと、住民主体で地域に密着して取り組む必要があること、大人も子どもも自らの判断で行動できることが重要です。わたし自身、至らないことばかりですが、議員として、みなさんのお役に立てるよう、できることから取り組みます。
画像は、消防本部脇の若山台(暫定)調整池(16日午前)
町は下水道計画上問題はないとして売却の方針です
戸田は一期目より機会あるごとに防災・減災・農業振興の視点から
売却反対、保全活用を主張しています
よって、2度目の雨水影響調査の報告を情報公開請求しているところです