1月も半ばになりました。寒中お見舞い申し上げます。残念ながら、新型コロナウイルス感染症の流行状況が深刻になっていると辛い報道が繰り返されています。
今年は新年互礼会も出初式もなく、1月7日の会派代表者会議、議員全員協議会が仕事はじめとなりました。議会基本条例の制定に向けて最後の議論、調整を行いました。
年末年始は、やがて迎える任期満了(4月29日)を前に大量に溜まった資料に向き合いました。仕分け、処分、ファイリングを繰り返すうちに、できたこと、できなかったこと、これからやるべきことの整理ができました。楽しい作業でした。
今、もっとも取り組まなければならないテーマのひとつは文化施策です。
そもそも取り組まなければならないと思いながら、そのときどきの政策課題(JR島本駅西・保育環境・ごみ処理広域連携・新庁舎建設などなど)を調査研究するなかで、つい後回しになってしまっていました。
縁あって後鳥羽上皇の水無瀬殿(水無瀬離宮)のことを勉強する機会に恵まれ、島本町は天王山を挟んで都に近く、歴史的に重要な地域であったことがよく理解できました。
自慢にもなりませんが、実は地理歴史分野の基礎的知識が想像を絶するほどに乏しいです。仕事を通じて必死に理解しようとするうち、歴史考古学にたいそうロマンを感じるようになりました。
昨秋、JR島本駅西の開発に伴う埋蔵文化財発掘調査で鎌倉時代の池泉跡が発見され(桜井・尾山遺跡)、文化施策は名実ともに、もっとも取り組まなければならない重要なテーマになりました。
そんなわけで今年初めてのブログ記事は、令和2年(2020年)12月に行った質問「もっと文化を! 埋蔵文化財保護行政と歴史文化基本構想」とその答弁をつぶさにご紹介します。
※文責:戸田
※要約です。会議録は追って町HPに掲載されます。
尾山遺跡の復元と活用について
問:戸田
尾山遺跡の発掘調査において、これまでに発見された遺跡・遺構について、JR島本駅西土地区画整理組合、株式会社フジタとの協議の内容、特に鎌倉時代の池泉跡と発表された遺構の保存協議について、詳細、ご説明を。
答:教育こども部長
JR島本駅西土地区画整理組合と、その業務代行者である株式会社フジタとの遺構の保存協議につき、発見された遺構の中で本町の歴史上重要であり、遺構の解釈についてある程度判断することができた池泉跡周辺の遺構について保存協議を進めている。
池泉跡が見つかった地点は公園建設予定地、その地下には調整池の埋設が予定されている。遺構が破壊されないよう開発計画の変更について協議を実施したが、調整池の形状を変更することはできないと聞きいた。
そのため、現在の位置の地中に保存することはできないが、池泉跡を文化財保護の普及啓発に活用するため、移築復元の場所などについては、今後の発掘調査結果なども踏まえながら事業主と協議を進めていきたい。
戸田:当該箇所は、調整池を設置するために深く掘る必要があり、遺跡があれば、当然破壊されてしまう。そこで記録保全を目的とした埋蔵文化財発掘調査を行われた。
埋蔵文化財の原状保存の原則により、発見することを目的にして掘り壊さない、すなわち発見には常に開発が伴う。ここに埋蔵文化財保護行政のもどかしさがある。
問:戸田
幸い、当該箇所は公園となる計画。遺跡を活用した公園とすることは十分以上に可能と考える。教育委員会、都市創造部の見解はどのようなものか。
答:教育こども部長
発見された場所に近い場所の地上に復元することが望ましいと考えている。そのことにより当時の周辺環境を想起することができ、最も文化財保護の普及啓発に有効と考える。
可能な限り遺構から近い場所に移築復元できるよう事業主と協議を進めてまいりたい。
遺跡を活用した公園としての整備については、JR島本駅西土地区画整理組合及び公園の所管である都市創造部と連携しながら、今後のあり方を検討してまいりたい。
答:都市創造部長
具体的な公園整備のあり方については、まちづくり委員会のご意見等も踏まえながら、当該土地区画整理組合と協議を重ねてまいりたい。まずは公園管理を所管する都市創造部と埋蔵文化財を所管する教育委員会において、遺構の活用も含め、検討してまいりたい。
戸田:まちづくり委員会でも、歴史を軸に闊達な意見が交わされるようになった。期待したい。学術的観点からすると移築は避けなければならない。同じ場所(その地上)での復元を目指すべき。
問:戸田
尾山遺跡の発掘調査は14工区に分けて行われる計画。このたびの池泉跡の発見を受けて、今後の調査をどのように強化するか。越谷遺跡についても再調査が必要と思うが、いかがか。
答:教育こども部長
このたびの鎌倉時代の池泉跡の発見を受け、周囲の調査地においても同様の遺構が見つかる可能性があること念頭により慎重に調査を実施するよう、実際に発掘調査を実施する公益財団法人大阪府文化財センターと考え方の共有を行っている。
越谷遺跡周辺については、平成29年度に試掘調査を実施しており、遺構が存在しないことを確認している。越谷遺跡周辺に残る平安時代前期の桜井御所跡の伝承や、近年、唱えられている越谷遺跡周辺に水無瀬離宮関連遺構が存在したとする説のことは認識している。
が、このたびの鎌倉時代の池泉跡は13世紀中葉以降のものである可能性が高く、これらの伝承や説に直結するものではないと考えている。
戸田:開発に伴う発掘調査において単独で遺跡の価値を判断すること、まして原状保存することは極めて困難。島本町が主体的に動かずして遺跡の保存・復元等はできない。また今回の遺跡をどう扱うかが今後に影響し、このことは水無瀬殿関連の遺構であるかどうかに関わらない。
つづく*
画像
桜井・尾山遺跡
池泉跡の西方面には
井戸の遺構も発見された
2020年10月3日現地説明にて
今年は新年互礼会も出初式もなく、1月7日の会派代表者会議、議員全員協議会が仕事はじめとなりました。議会基本条例の制定に向けて最後の議論、調整を行いました。
年末年始は、やがて迎える任期満了(4月29日)を前に大量に溜まった資料に向き合いました。仕分け、処分、ファイリングを繰り返すうちに、できたこと、できなかったこと、これからやるべきことの整理ができました。楽しい作業でした。
今、もっとも取り組まなければならないテーマのひとつは文化施策です。
そもそも取り組まなければならないと思いながら、そのときどきの政策課題(JR島本駅西・保育環境・ごみ処理広域連携・新庁舎建設などなど)を調査研究するなかで、つい後回しになってしまっていました。
縁あって後鳥羽上皇の水無瀬殿(水無瀬離宮)のことを勉強する機会に恵まれ、島本町は天王山を挟んで都に近く、歴史的に重要な地域であったことがよく理解できました。
自慢にもなりませんが、実は地理歴史分野の基礎的知識が想像を絶するほどに乏しいです。仕事を通じて必死に理解しようとするうち、歴史考古学にたいそうロマンを感じるようになりました。
昨秋、JR島本駅西の開発に伴う埋蔵文化財発掘調査で鎌倉時代の池泉跡が発見され(桜井・尾山遺跡)、文化施策は名実ともに、もっとも取り組まなければならない重要なテーマになりました。
そんなわけで今年初めてのブログ記事は、令和2年(2020年)12月に行った質問「もっと文化を! 埋蔵文化財保護行政と歴史文化基本構想」とその答弁をつぶさにご紹介します。
※文責:戸田
※要約です。会議録は追って町HPに掲載されます。
尾山遺跡の復元と活用について
問:戸田
尾山遺跡の発掘調査において、これまでに発見された遺跡・遺構について、JR島本駅西土地区画整理組合、株式会社フジタとの協議の内容、特に鎌倉時代の池泉跡と発表された遺構の保存協議について、詳細、ご説明を。
答:教育こども部長
JR島本駅西土地区画整理組合と、その業務代行者である株式会社フジタとの遺構の保存協議につき、発見された遺構の中で本町の歴史上重要であり、遺構の解釈についてある程度判断することができた池泉跡周辺の遺構について保存協議を進めている。
池泉跡が見つかった地点は公園建設予定地、その地下には調整池の埋設が予定されている。遺構が破壊されないよう開発計画の変更について協議を実施したが、調整池の形状を変更することはできないと聞きいた。
そのため、現在の位置の地中に保存することはできないが、池泉跡を文化財保護の普及啓発に活用するため、移築復元の場所などについては、今後の発掘調査結果なども踏まえながら事業主と協議を進めていきたい。
戸田:当該箇所は、調整池を設置するために深く掘る必要があり、遺跡があれば、当然破壊されてしまう。そこで記録保全を目的とした埋蔵文化財発掘調査を行われた。
埋蔵文化財の原状保存の原則により、発見することを目的にして掘り壊さない、すなわち発見には常に開発が伴う。ここに埋蔵文化財保護行政のもどかしさがある。
問:戸田
幸い、当該箇所は公園となる計画。遺跡を活用した公園とすることは十分以上に可能と考える。教育委員会、都市創造部の見解はどのようなものか。
答:教育こども部長
発見された場所に近い場所の地上に復元することが望ましいと考えている。そのことにより当時の周辺環境を想起することができ、最も文化財保護の普及啓発に有効と考える。
可能な限り遺構から近い場所に移築復元できるよう事業主と協議を進めてまいりたい。
遺跡を活用した公園としての整備については、JR島本駅西土地区画整理組合及び公園の所管である都市創造部と連携しながら、今後のあり方を検討してまいりたい。
答:都市創造部長
具体的な公園整備のあり方については、まちづくり委員会のご意見等も踏まえながら、当該土地区画整理組合と協議を重ねてまいりたい。まずは公園管理を所管する都市創造部と埋蔵文化財を所管する教育委員会において、遺構の活用も含め、検討してまいりたい。
戸田:まちづくり委員会でも、歴史を軸に闊達な意見が交わされるようになった。期待したい。学術的観点からすると移築は避けなければならない。同じ場所(その地上)での復元を目指すべき。
問:戸田
尾山遺跡の発掘調査は14工区に分けて行われる計画。このたびの池泉跡の発見を受けて、今後の調査をどのように強化するか。越谷遺跡についても再調査が必要と思うが、いかがか。
答:教育こども部長
このたびの鎌倉時代の池泉跡の発見を受け、周囲の調査地においても同様の遺構が見つかる可能性があること念頭により慎重に調査を実施するよう、実際に発掘調査を実施する公益財団法人大阪府文化財センターと考え方の共有を行っている。
越谷遺跡周辺については、平成29年度に試掘調査を実施しており、遺構が存在しないことを確認している。越谷遺跡周辺に残る平安時代前期の桜井御所跡の伝承や、近年、唱えられている越谷遺跡周辺に水無瀬離宮関連遺構が存在したとする説のことは認識している。
が、このたびの鎌倉時代の池泉跡は13世紀中葉以降のものである可能性が高く、これらの伝承や説に直結するものではないと考えている。
戸田:開発に伴う発掘調査において単独で遺跡の価値を判断すること、まして原状保存することは極めて困難。島本町が主体的に動かずして遺跡の保存・復元等はできない。また今回の遺跡をどう扱うかが今後に影響し、このことは水無瀬殿関連の遺構であるかどうかに関わらない。
つづく*
画像
桜井・尾山遺跡
池泉跡の西方面には
井戸の遺構も発見された
2020年10月3日現地説明にて