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さようならの語源は接続詞「さらば(そうであるならば)→左様ならば」にまで遡り、また「そうならなければならないならば」という解釈もあるそうです。別れ話になって「そういうことならしょうがない」あきらめて別れましょう。そこには、その別れに対する諦め、別れという事実を不可避なものとして受け入れようとする考えが含まれているようだ。
ともするとネガティブな意味に捉えられがちな「さようなら」を別れの言葉として用いている国は世界でも稀だという。最近若者の間では「さようなら」といって別れることが少なくなり、「またね」とか、「バイバイ」とか、「じゃあね」とかをよく使うようになった気がする。これも日本人の欧米化(グローバル化)の証拠の一つの表れなのだろうか?
しかし、「さようなら」は必ずしもネガティブな意味を持つものでもなく、実は2つの用いられ方があるそうだ。1つは、状況に抗することなくあっさりと諦めるというそれであり、もう1つは、潔さ・美しさとしてのそれである。
どちらの2つの意味も、何となく日本の文化、日本人の性格を表しているような感がある。武士の世界、敗者の美学にも似てるような、似てないような…。う~ん、このテーマなかなか奥深い…。