徒然なるままに…建築家のボヤキ。。。

I・N設計スタジオ ブログ

またもや疑惑の判定

2012-07-30 08:49:03 | 今日のひとり言・雑談
 またもやと言わざるを得ない。疑惑の判定。ロンドンオリンピック男子柔道66キロ級の準々決勝は、日本の海老沼匡と韓国のチョの対戦だった。

 一進一退の試合は、チョの反則まがいの技から始まった。私も柔道のことはよく知らないが、関節をきめて投げるのは反則技だという。その技をチョは仕掛けた。解説者も「これは反則技です」とはっきり言っていたのに審判は反則を取らなかった

 試合は決め手を欠き延長戦へ。延長戦に海老沼は小内刈りで「有効」を取ったはずだった…。取ったはずだったのである。主審の「有効」をジュリー(試合会場の審判を統括する審判員)が無効にした。有効が無効…。オヤジギャグにもならない。

 そして、両方ポイントもなく試合が終わり判定へ。主審と副審の旗は韓国チョに3本とも上がった。すると会場からは大ブーイングとともに、またジュリーから声がかかり主審と副審が呼ばれる。主審と副審が協議をし再度判定の旗揚げ。すると今度は海老沼に3本の旗が上がり海老沼の勝利。初めて目の当たりにする覆った判定…

 日本の海老沼は結局準決勝で敗れ、3位決定戦に一本勝ちを収め3位。表彰台の3位のところには韓国のチョもいた。ということはチョは敗者復活で勝ち3位になったということなんだろう…。このシステムにもいささか疑問…。自分に負けた相手が同じ3位なんて

 銅メダルは取った海老沼だが、腑に落ちない判定は今回も多々あった。審判の判定が2度覆る試合に胸がスカッとする訳がない。やたらしゃしゃり出るジュリーと審判のレベルの低さに不満が残ったのは明らか。後味の悪い試合だったことは間違いない

 「柔道日本」はもはや風前の灯になってしまった感があり、世界中が日本と対等に戦う戦力がある。お家芸「だった」柔道は世界のものになった。それとともに審判員も国際化へと進んでいった。

 オリンピックのような大舞台での疑惑の判定、いわんやミスジャッジはオリンピックの名物になってしまったようだ…。2000年シドニーオリンピックで「疑惑の判定」に泣いた篠原信一。その篠原が現在の男子柔道の監督ということも、少なからず何かの因縁を感じざるをえない。

 ジュリーが前に出るなら、主審と副審の存在意義がない。ジュリーが前に出過ぎないためにも、審判のレベルの向上に期待したいものだ。
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今日は土用の丑

2012-07-27 09:29:03 | 今日のひとり言・雑談
 今日、7月27日は土用の丑の日。土用の丑の日といえば「鰻」。何故土用の丑の日に鰻を食べるのか。鰻を食べる習慣についての由来には諸説あり、あの平賀源内が発案したという説が最もよく知られているらしい。

 

 ~商売がうまく行かない鰻屋が、夏に売れない鰻を何とか売るため源内の所に相談に行った。源内は、「丑の日に『う』の字が附く物を食べると夏負けしない」という民間伝承からヒントを得て、「本日丑の日」と書いて店先に貼ることを勧めた。すると、物知りとして有名な源内の言うことならということで、その鰻屋は大変繁盛した。その後、他の鰻屋もそれを真似るようになり、土用の丑の日に鰻を食べる風習が定着したという。実際に鰻以外には、梅干や瓜などを食する習慣もあったようだが、今日においては殆ど見られない。
実際にも鰻にはビタミンA・B群が豊富に含まれているため、夏バテ、食欲減退防止の効果が期待できる。ただ、鰻の旬は冬眠に備えて身に養分を貯える晩秋から初冬にかけての時期で、秋から春に比べても夏のものは味がおちる。~(Wikipediaから引用)

 当時の平賀源内ってかなり影響力があったんですね。源内の一言で生まれた習慣が、今でもなお受け継がれているこの事実。今年は鰻自体の価格高騰の影響から、懐具合を考えると…と、二の足を踏む人もも少なくないようです

 鰻を食べるときには、一緒に「奈良漬」を食べると身体にいいそうです。鰻に含まれるDHA、EPAをはじめビタミンA・B1・B2・Eなどといった栄養分を吸収しやすくする働きが「奈良漬」にはあるんだそうです

 これは、「奈良漬」に含まれる「メラノイジン」という色素が大きく係わっていて、「メラノイジン」は、ビタミンやミネラルの吸収を助けるだけでなく、抗酸化作用があって、老化防止やがん予防にも役立つんだとか…

 この「鰻」と「奈良漬」の相性の話は、残念ながら私のうんちくではありません。酒田市の漬物店の老舗「梨屋」さんからの受け売りです。詳しくは「梨屋」さんのブログを覗いてみて下さい。http://blog.goo.ne.jp/desperado748/e/1007891374818f5183d64f148c3fc966

 我が家では、本日はたして「鰻」が食卓に上がるのでしょうか…
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孤高の天才のジレンマ

2012-07-25 08:51:03 | 愛しき野球おバカ達
 孤高の天才、イチローがヤンキースに移籍。この報道が昨日の朝突然流れた。電撃移籍…。本当に電撃だったのかと問えば、天才のなかでは電撃でもなかったようだ。

 マリナーズはイチローが入団した2001年以来プレーオフに進出していない。というかそれ以来、優勝争いに参加していない。報道も勝てないマリナーズより、ヒットを打ち続けるイチローの話題ばかりだった。愛着のあるマリナーズではあったが、常にFA近くになると移籍の噂は絶えなかった。

 メジャー球団のチーム強化策は、高給取りのベテランを移籍させ、有望な若手を揃えその数年後に常勝チームを作るのが常。2001年のマリナーズもそうだった。1998年のランディ・ジョンソン、2000年のケン・グリフィーJrしかり。ここ近年はイチローもその強化策との狭間にいたはすだ。

 そのチーム強化策と11年半の愛着のある球団で心が揺れていたに違いない。このままでいいのか、マリナーズにとっても、自分にとっても…。アスリートにとって勝利は何物にも代えがたい。ここ数年、マリナーズは最下位争いばかり。天才は勝ちに飢えていたことも間違いのない事実だろう。自分のステップアップ(彼は刺激と表現した)のために球団を出れば、全てがうまく回るのではないか…。そう考えても無理はない。

    

 彼は想定外のことを嫌うと聞いた。その彼が愛してやまないマリナーズの再建のために、自分から環境を変えるという「想定外」を選んだのだ。ヤンキースはこの天才を、プレーオフまでの期間限定戦力として獲得したという噂もある。真意は分からないが、彼のこの3カ月の仕事ぶりで来季の契約が決まってくる訳だ。

 今年の10月で39歳になる孤高の天才。刺激を求めたNYのユニフォーム姿が、違和感なく受け入れられたのは私だけではないと思う。ビジター用のユニフォームだったこともあるが…。ホーム用のピンストライプ姿がマッチして来たとき、環境を変え刺激を求めたことへの答えが出るのではないだろうか。来季の契約書のサインとともに…。

 
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4度目の挑戦。

2012-07-23 08:31:03 | 愛しき野球おバカ達
 先日の土曜日、大会に臨んだ息子K。相手チームは隣の小学校。去年の新人戦、今年の5月の大会と6月の大会と3度戦っている。しかも過去3度とも辛酸を舐めさせられている相手。今度こそリベンジだと息巻いていた息子K

 試合は緊迫した投手戦。1-2と接戦となった。グランドには接戦独特の緊張感が漂い始め、重たい空気が流れ始めた。

 その重たいムードで迎えた試合後半の相手の攻撃。内野の連係ミスで先頭打者を出塁させるとノーアウト2、3塁のピンチを迎えた。1アウトを取るも、小柄なバッターにレフトオーバーを打たれる。ここからズルズルとこの回4失点

 最終回にチャンスを迎え1点は取ったものの、2-6で4度目もリベンジはならなかった…。春よりも確実に力はつけているが、実力が均衡した相手に走塁ミスでチャンスを潰し、連係ミスで失点する。チームとしての成熟度はまだまだだ。

 息子を含めた6年生3人を車に乗せ学校に戻る。車中息子Kは泣いていた。何故同じ相手にこんなに勝てないのか。キャプテンとして、中心選手として、もどかしい気持ち、やるせない気持ちを涙という形で表すしか術はなかったようだ。

 9月には最後の大会がある。頑張れ息子たちよ、そこで5度目でのリベンジをしようじゃないか
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本来のモノ(建築)づくりとは…

2012-07-19 07:20:03 | 建築つれづれ…
 今の建築設計は、CAD化が浸透し簡単にいろんな情報が手に入る。すべからく、とあるメーカーのホームページにアクセスすれば参考図書のCADデータが手に入り、そのデータを切り絵のように並べていくと一連の図面のように見える。カタログをめくってメーカーの品番を仕様書に書き込んで設計完了…。

 それを建築設計と誤解してはいないだろうか。昨今、そんな作業が建築の設計だと思っている設計者も少なくないと感じる。そんなデータ設計者ではつまらない。言葉は乱暴だが、データの切り貼りで作られた図面ならだれでも描ける。施主に言われたように図面を描くだけなら、知識のない人間にだって描ける。大量生産できないオーダーメイドの提案・アイデアがあるからこそ建築なのである。

 模型を作って提案のデザインを検証したり、スケッチを何枚も何枚も描き検討していくことも必要だろう。その提案をいかに熱く施主に語りかけ、受け入れてもらい、魅力ある建築を実現するのが設計者の本来あるべき姿だと感じる。当然、その提案が実現したときの周囲の評価は真摯に受け止めなければならないが…。施主は自分に持っていない知識、ノウハウ、提案を設計事務所に求めているはずである。今時分、1ミリの中に何本線が描けたなどと自慢する時代ではない。

 このことは、設計協力者にもいえることである。一地方都市で構造、電気、設備の協力事務所無しには設計は有り得ない。協力事務所に存分に腕を振るってもらうためには、協力事務所自体の知識の向上とともに、その分野での提案力が不可欠であり、新しいシステムにチャレンジする意欲が必要と感じる。

 ましてや、意匠設計者が元請事務所で協力事務所が下請事務所という意識では「いいモノ(建築)づくり」はできない。協力事務所を含めた各分野の専門家に声をかけて、対等の立場(パートナーシップ)で刺激し合い、議論すれば、おのずと「いいモノ(建築)づくり」ができるはずである。そこには元請、下請の関係は一切存在しないはずだ。施主と設計者の関係、設計者と施工者・職人の関係も同じである。

 刺激と議論。議論から刺激を受ける。どうも東北人は議論をしたがらない。したくないのか、面倒くさいのか、そういう場がないのか、議論をする知識ベースがないのか。その場を避けよう避けようとしている感が伝わる。それは建築だけではなく、全てにおいて同じである。議論があってそこから生れたものが、いいモノ(建築)になるのだと私は信じてる。

 建築はそれにかかわる全ての人たちが、「いいモノ(建築)をつくる」という意識の下に集まったパートナーであるべき。施主もしかり。一緒に汗を流し、刺激し合えるパートナー、ブレインの存在と、ありきたりのモノ(建築)は作りたくないという意識の高さが「本来のモノ(建築)づくり」ではないだろうか。
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