Forbes JAPAN 2017/03/29 12:35
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四国の海岸線を走る四国一周PRツアーのチーム(愛媛県提供)
海外から観光客を呼び込むならば、まずは日本政府を動かしてから、現地の政府と交渉して・・・。そんなスタイルはすでに過去のものとなった。
自治体自ら「観光」商品を作り出し、海外に売り込む。しかも、知事や市長らトップが先頭に立つ。それも、単にインバウンドの呼び込みだけではなく、相手に観光客を送り出す側にも周り、ウインウインの関係を築く──。
国境を超えた新しいスタイルのサイクルツーリズムのモデルケースがいま、四国と台湾との間で生まれつつある。
「環島」から「環四国」へ
今年3月、台湾の「松山駅」に、愛媛県の中村時広知事が現れた。中村知事は、台北の松山空港と、地元松山空港の直行便を飛ばす「夢」を掲げており、まずは自転車で「松山」をつなごうと松山駅が出発の地に選ばれた。
中村知事は、元衆議院議員で、父親も愛媛県知事を務めたサラブレッド。自転車よる愛媛と台湾の交流を推進しており、いま仕掛けているのは「四国一周」と「台湾一周」を結びつけることだ。台湾では、自転車で台湾を一周することを「環島(ホワン・ダオ)」と呼ぶ。その距離はおよそ1000キロ。7日から10日ほどかけて回るコースになる。一方、四国の一周もちょうど1000キロ。そうした「奇遇」もこの構想を後押しした。
四国一周のコース発表を控えて、そのプレイベントとして台湾一周の一部となる台北から台中までの200キロを走るため、台湾に乗り込んだ中村知事は、あいさつで、力を込めて語った。
「自転車を通じた私たちの交流が始まっています。(台湾の自転車メーカー・ジャイアント会長の)劉金標さんとの出会いで運命が大きく変わりました。自転車は人々に健康と生きがいと友情をプレゼントしてくれる。劉さんのその考えを日本で広めようと決意しました。私自身もかつて台北から宜蘭まで120キロを走ったこともあります。強烈な上り坂があって本当に苦しかった記憶がありましたが、走り抜きました。今回も全力を尽くします」
マラソン愛好家だという中村知事は、自らの体をもって、自転車の魅力をアピールする「セールスマン」になっている。
サイクリングになぜこれほど愛媛県は入れ込むのか。その点については、台湾におけるサイクルツーリズムの発展から語らなくてはならない。
自転車で島を一周する「環島」が台湾でブームになったのはそれほど昔の話ではなく、ほんの10年ほど前からだ。
台湾の自転車メーカー・ジャイアントの劉金標会長が73歳の高齢にもかかわらず自転車で台湾一周を成功させ、大きなニュースになった。劉会長はその後、自ら「自転車新文化の伝道師」を自認しながら、「健康」「環境」「レジャー」を兼ね備えたサイクリングの普及に全力を挙げた。
台湾一周が台湾人にとって人生で一度はチャレンジしたい国民的な目標になり、台湾政府も台湾を周回できる自転車ルート「環島一号線」を整備に着手。いまでは海外から環島のために訪れる人も多く、毎日数百組が台湾一周にチャレンジしている。
一方、愛媛県では2012年ごろから、瀬戸内海を一望できる「しまなみ海道」というおよそ70キロの自転車道の売り込みを本格化させた。まず日本より海外のツーリストから高く評価され、日本にその評判が跳ね返る形で、あっという間にサイクリストの聖地に成長している。
気を良くした愛媛県は、いま、四国全体をサイクリングアイランド化する構想を打ち上げ、モデルとなる一周コース「環四国」のコースをこの3月に発表した。コースの選定は、ジャイアント所属で愛媛県在住のプロサイクリスト、門田基志さんが行い、PR大使には、台湾一周の経験のある女優でエッセイスト、一青妙さんが起用され、このほど新コースを試走した。
自転車による台湾一周の経験もある一青さんは、PR大使任命の挨拶で「四国と台湾はどちらも山が真ん中にあってその周囲をぐるっと回ることができる地形も似ている。どちらも9〜10日ほどかけて一周する距離でもあり、気功や風土にも共通点が多い。両者をつなげる役割を果たしていきたい」と語った。
愛媛県とジャイアントが狙うのは、将来「環島(島一周)」というコンセプトを通して、双方のインバウント観光が刺激されあい、例えば、台湾を一周した人は、今度は四国一周に挑戦する、といった流れが出来上がることだ。
筆者も台湾については半周した経験があるが、10日間かけて一つの島を一周するというのは、毎日に100キロ以上走らなければならず、場所によってはきつい坂道や逆風にあって、つらさで投げ出したくなることもある。しかし、それを乗り越えて完走したときの喜びは格別のものがあり、何年かに一度はチャレンジしたくなるような「習慣性」を生む効果もある。
台湾では、もともと台北や高雄のある台湾西部に人口密集地が多く、台湾東部に対する台湾社会全体の理解は非常に薄かった。しかし、台湾一周を通して、自然や先住民の多様な文化に触れることができる東部の魅力が知れ渡り、台湾全体の観光振興にもプラスに働き、台湾社会の一体性が高まったとされる。
一方、四国も四つの県が、外から見れば一つに島に入っているように見えるが、四国全体の県同士の連携は競争意識もあってそれほど密接ではないようだ。お遍路という強力な観光資源はあるものの、四国大の観光コンテンツで国内外に一体となってアピールすることはなかった。
しかし、この四国一周という観光コンテンツが確立すれば、おのずとそのメリットは各県に共有され、共通の施設整備やエイドステーションの設置などに取り組まざるをえない。そうなれば、お遍路で示される四国の「おもてなし」の精神がサイクリングでも発揮される舞台が整う形になりそうだ。
"地域発"の観光のモデルケースに
自転車を通して、より大きな未来図が描けるところが、このサイクリングを通して地域振興という新しいスタイルの強みでもある。
愛媛県の成功例はいまほかの自治体を刺激しており、滋賀県が最近、琵琶湖一周コース「ビワイチ」を打ち出し、ジャイアントと協力しながら、コースの売り出しに熱中している。滋賀県の知事も今年の5月には台湾を自転車で走ることにしているなど、こちらもやはりトップセール方式で台湾と琵琶湖をつなぐことに懸命だ。ほかにも、東日本大震災の被災地である宮城県などが海岸線で新たに整備された堤防を利用したサイクリングルートの開発に取り組んでいる。
愛媛県には、この1年で外部から10以上の自治体や団体からの視察が殺到しており、いまやサイクルツーリズムによる地域振興は、中央政府を経由しない「地方」と「外国」の直取引方式の最先端となっているのである。
観光とは、本来、民間の自然な好奇心が動かすものであるが、人口減少が著しく、国際的にも観光地間の競争が激しくなっている昨今、「有名な観光地がある」ことにあぐらをかいて何もしないでいては、この競争に乗り遅れてしまう。
一つの観光コンテンツを国内外に売り出すにあたっては、行政、民間、企業の三位一体の取り組みが求められる。同時に、むしろ地域が率先して海外の観光客を呼び込む努力を重ね、一定の実績を示せば、中央政府のサポートを呼び込み易くなるはずである。その意味で、四国と台湾の自転車によるサイクルツーリズムは、一つのモデルケースになりうるものである。 文=野嶋 剛
http://forbesjapan.com/articles/detail/15682
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四国の海岸線を走る四国一周PRツアーのチーム(愛媛県提供)
海外から観光客を呼び込むならば、まずは日本政府を動かしてから、現地の政府と交渉して・・・。そんなスタイルはすでに過去のものとなった。
自治体自ら「観光」商品を作り出し、海外に売り込む。しかも、知事や市長らトップが先頭に立つ。それも、単にインバウンドの呼び込みだけではなく、相手に観光客を送り出す側にも周り、ウインウインの関係を築く──。
国境を超えた新しいスタイルのサイクルツーリズムのモデルケースがいま、四国と台湾との間で生まれつつある。
「環島」から「環四国」へ
今年3月、台湾の「松山駅」に、愛媛県の中村時広知事が現れた。中村知事は、台北の松山空港と、地元松山空港の直行便を飛ばす「夢」を掲げており、まずは自転車で「松山」をつなごうと松山駅が出発の地に選ばれた。
中村知事は、元衆議院議員で、父親も愛媛県知事を務めたサラブレッド。自転車よる愛媛と台湾の交流を推進しており、いま仕掛けているのは「四国一周」と「台湾一周」を結びつけることだ。台湾では、自転車で台湾を一周することを「環島(ホワン・ダオ)」と呼ぶ。その距離はおよそ1000キロ。7日から10日ほどかけて回るコースになる。一方、四国の一周もちょうど1000キロ。そうした「奇遇」もこの構想を後押しした。
四国一周のコース発表を控えて、そのプレイベントとして台湾一周の一部となる台北から台中までの200キロを走るため、台湾に乗り込んだ中村知事は、あいさつで、力を込めて語った。
「自転車を通じた私たちの交流が始まっています。(台湾の自転車メーカー・ジャイアント会長の)劉金標さんとの出会いで運命が大きく変わりました。自転車は人々に健康と生きがいと友情をプレゼントしてくれる。劉さんのその考えを日本で広めようと決意しました。私自身もかつて台北から宜蘭まで120キロを走ったこともあります。強烈な上り坂があって本当に苦しかった記憶がありましたが、走り抜きました。今回も全力を尽くします」
マラソン愛好家だという中村知事は、自らの体をもって、自転車の魅力をアピールする「セールスマン」になっている。
サイクリングになぜこれほど愛媛県は入れ込むのか。その点については、台湾におけるサイクルツーリズムの発展から語らなくてはならない。
自転車で島を一周する「環島」が台湾でブームになったのはそれほど昔の話ではなく、ほんの10年ほど前からだ。
台湾の自転車メーカー・ジャイアントの劉金標会長が73歳の高齢にもかかわらず自転車で台湾一周を成功させ、大きなニュースになった。劉会長はその後、自ら「自転車新文化の伝道師」を自認しながら、「健康」「環境」「レジャー」を兼ね備えたサイクリングの普及に全力を挙げた。
台湾一周が台湾人にとって人生で一度はチャレンジしたい国民的な目標になり、台湾政府も台湾を周回できる自転車ルート「環島一号線」を整備に着手。いまでは海外から環島のために訪れる人も多く、毎日数百組が台湾一周にチャレンジしている。
一方、愛媛県では2012年ごろから、瀬戸内海を一望できる「しまなみ海道」というおよそ70キロの自転車道の売り込みを本格化させた。まず日本より海外のツーリストから高く評価され、日本にその評判が跳ね返る形で、あっという間にサイクリストの聖地に成長している。
気を良くした愛媛県は、いま、四国全体をサイクリングアイランド化する構想を打ち上げ、モデルとなる一周コース「環四国」のコースをこの3月に発表した。コースの選定は、ジャイアント所属で愛媛県在住のプロサイクリスト、門田基志さんが行い、PR大使には、台湾一周の経験のある女優でエッセイスト、一青妙さんが起用され、このほど新コースを試走した。
自転車による台湾一周の経験もある一青さんは、PR大使任命の挨拶で「四国と台湾はどちらも山が真ん中にあってその周囲をぐるっと回ることができる地形も似ている。どちらも9〜10日ほどかけて一周する距離でもあり、気功や風土にも共通点が多い。両者をつなげる役割を果たしていきたい」と語った。
愛媛県とジャイアントが狙うのは、将来「環島(島一周)」というコンセプトを通して、双方のインバウント観光が刺激されあい、例えば、台湾を一周した人は、今度は四国一周に挑戦する、といった流れが出来上がることだ。
筆者も台湾については半周した経験があるが、10日間かけて一つの島を一周するというのは、毎日に100キロ以上走らなければならず、場所によってはきつい坂道や逆風にあって、つらさで投げ出したくなることもある。しかし、それを乗り越えて完走したときの喜びは格別のものがあり、何年かに一度はチャレンジしたくなるような「習慣性」を生む効果もある。
台湾では、もともと台北や高雄のある台湾西部に人口密集地が多く、台湾東部に対する台湾社会全体の理解は非常に薄かった。しかし、台湾一周を通して、自然や先住民の多様な文化に触れることができる東部の魅力が知れ渡り、台湾全体の観光振興にもプラスに働き、台湾社会の一体性が高まったとされる。
一方、四国も四つの県が、外から見れば一つに島に入っているように見えるが、四国全体の県同士の連携は競争意識もあってそれほど密接ではないようだ。お遍路という強力な観光資源はあるものの、四国大の観光コンテンツで国内外に一体となってアピールすることはなかった。
しかし、この四国一周という観光コンテンツが確立すれば、おのずとそのメリットは各県に共有され、共通の施設整備やエイドステーションの設置などに取り組まざるをえない。そうなれば、お遍路で示される四国の「おもてなし」の精神がサイクリングでも発揮される舞台が整う形になりそうだ。
"地域発"の観光のモデルケースに
自転車を通して、より大きな未来図が描けるところが、このサイクリングを通して地域振興という新しいスタイルの強みでもある。
愛媛県の成功例はいまほかの自治体を刺激しており、滋賀県が最近、琵琶湖一周コース「ビワイチ」を打ち出し、ジャイアントと協力しながら、コースの売り出しに熱中している。滋賀県の知事も今年の5月には台湾を自転車で走ることにしているなど、こちらもやはりトップセール方式で台湾と琵琶湖をつなぐことに懸命だ。ほかにも、東日本大震災の被災地である宮城県などが海岸線で新たに整備された堤防を利用したサイクリングルートの開発に取り組んでいる。
愛媛県には、この1年で外部から10以上の自治体や団体からの視察が殺到しており、いまやサイクルツーリズムによる地域振興は、中央政府を経由しない「地方」と「外国」の直取引方式の最先端となっているのである。
観光とは、本来、民間の自然な好奇心が動かすものであるが、人口減少が著しく、国際的にも観光地間の競争が激しくなっている昨今、「有名な観光地がある」ことにあぐらをかいて何もしないでいては、この競争に乗り遅れてしまう。
一つの観光コンテンツを国内外に売り出すにあたっては、行政、民間、企業の三位一体の取り組みが求められる。同時に、むしろ地域が率先して海外の観光客を呼び込む努力を重ね、一定の実績を示せば、中央政府のサポートを呼び込み易くなるはずである。その意味で、四国と台湾の自転車によるサイクルツーリズムは、一つのモデルケースになりうるものである。 文=野嶋 剛
http://forbesjapan.com/articles/detail/15682