朝日新聞 2020年6月13日 8時00分

屋外仮設ステージで披露されたアイヌ舞踊=2020年6月9日、北海道白老町、日吉健吾撮影
アイヌ文化発信の拠点となる国立の「民族共生象徴空間」(愛称ウポポイ)が北海道白老町に完成し、9日、地元住民や報道関係者に公開された。もともと4月24日にオープン予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大で延期となり、開業の見通しは立っていない。どんな施設で、いつになったら開業できるのだろうか。
総工費200億円 三つの主要施設
ウポポイとは、アイヌ語で「(大勢で)歌うこと」という意味。存立の危機にある先住民族アイヌの文化を復興・発展させる目的の国立施設で、総工費約200億円をかけて、北海道白老町ポロト湖畔の約10ヘクタールにつくられた。
先住民族アイヌの歴史や文化を主題とした国立アイヌ民族博物館や、伝統的なコタン(集落)を再現した国立民族共生公園、大学などで保管されていたアイヌ民族の遺骨を慰霊する施設の三つで構成されている。慰霊施設には、東大、北大など9大学が保管していた遺骨1287体・287箱と副葬品が集められ、安置されている(昨年12月公表)。
ひときわ目立つ クマつなぎ杭
9日、報道陣にその全貌(ぜんぼう)が公開された。
中核となる博物館には、1階に図書室やミュージアムショップ、2階には基本展示室(約1300平方メートル)と企画展を行う特別展示室(千平方メートル)がある。展示室には民具、工芸品を中心に約700点が並ぶ。
基本展示室には、中央に置かれた14台のケースに代表的な資料が収納されている。ここを見れば20分ほどで、アイヌ文化の概要がわかる。その周囲には、さらに詳しいことを知りたい人のために、「ことば」「世界」「くらし」「歴史」「しごと」「交流」という六つのテーマ別のエリアを配置した。アイヌの人々が展示品を選び、解説文を書いているのが特徴だ。
ひときわ目立つのが、高さ約5メートルのクマつなぎ杭だ。サハリン(樺太)のアイヌ民族がイオマンテ(クマの霊送り儀式)の際に使っていたもので、ポーランド人の民族学者ブロニスワフ・ピウスツキが残した写真があり、これを参考に北海道大学准教授の北原次郎太さんらが復元した。
板綴(いたとじ)舟は厚岸湖から出土した外洋舟。17~18世紀、道東にいたアイヌの人々は、千島列島を自由に行き来し交易していた。小さい舟だが、潮流に強い。
連合国軍総司令部(GHQ)への請願書は、北海道アイヌ協会の向井山雄・理事長が1946年5月に、送った英文の書簡だ。農地改革によるアイヌ民族が持つ農地の接収に反対する内容だったが、訴えは通じなかった。
アイヌ民族にとって身近で尊いカムイ(神)であるアペフチカムイ(火の神)の木像は、木彫家貝澤徹さんの新作。高さ約1メートル、幅約60センチで、木材はハルニレ。炎のなかにおばあさんの顔をイメージした「火の神」がのぞく木像だ。
来館者の理解を助ける映像展示も多い。伝統家屋を建築する工程や3万年前からのアイヌ民族史などの解説動画、実在の人物が登場し、自分の仕事を説明する映像などを用意している。映像を壁に大きく映し出すといった工夫も施した。
館内の案内表示は、第一言語をアイヌ語にし、日本語、英語、中国語、韓国語なども併記している。
国立民族共生公園は、自然と共生してきたアイヌの伝統的な生活様式や芸能などが体験できる場所だ。もともと町民の憩いの場だったポロト湖畔に再現された伝統的なコタン(集落)、体験交流ホール、体験学習館などが配置されている。
フィールドミュージアムと位置づけ、さまざまな体験交流プログラムを準備用意してきた。舞踊や楽器の演奏などの伝統芸能、刺繡(ししゅう)や木彫り、料理などの体験が楽しめるはずだった。
問われるコロナ対策
ただ、新型コロナウイルスの感染拡大で、プログラムの見直しを迫られている。密閉・密集・密接のいわゆる「3密」を避ける必要があり、屋内の体験プログラムは見合わせなければならないためだ。
この日の内覧会では、新型コロナウイルスの感染予防も試された。
入場者に対して、マスク着用や手指消毒、人と人との間隔を空けることなどを呼びかけたほか、入り口前のプレハブでは赤外線サーモグラフィーによる検温を行った。職員が通過した人の体表面の温度をモニター画面で確認。異状があれば別のテントに誘導して非接触型の体温計で改めて測定する。37.5度以上なら入場を控えてもらう。
この日は1グループを50人以下に制限して時間差で内覧を行った。職員はマスクをした上で透明なフェースシールドを着用し、手にはゴム手袋もはめた。
施設を運営するアイヌ民族文化財団の担当者は「感染対策は開業後も見据えている。住民に安心してもらいたい。内覧会の対策状況は国が開業時期を判断する材料にもなるだろう」と話す。
6月?7月? 開業はいつ?
ウポポイはいつになったら開業できるのか。
赤羽一嘉・国土交通相は2日の閣議後会見で、「感染状況を見て、正式なオープンにもっていきたい。(新型コロナウイルスの)専門家会合の意見を踏まえ、北海道、白老町と打ち合わせ、開業時期を検討する」とし、具体的な開業時期を示さなかった。
しかし、地元には、早期開業を求める声もある。内覧会でウポポイを見学した戸田安彦・白老町長は9日、「内覧会を通じてコロナ対策がきちんとできるのなら、早めにオープンできるのではないか。7月中には開業してもらいたい」と述べた。
判断材料の一つは、政府が示した社会・経済活動の制限や自粛要請に関する「段階的緩和の目安」だ。東京都、神奈川県、埼玉県、千葉県、北海道の5都道県については、18日まで都道府県をまたぐ往来を「慎重に」するよう求めている。ただ、感染状況が落ち着いていけば、19日以降は制約がなくなる。
吉川貴盛・自民党道連会長は5日、北海道、札幌市との意見交換会で、「6月か7月にかかるかもしれないが、6月中には動きがでてくるのではないか。一日も早いグランドオープンに向けて働きかけを強めたい」と述べた。
ただ、開業しても、お客が集まる状況とは言えない。新型コロナウイルスの影響で人の動きが止まっているためだ。年100万人の入場者を目指すという目標の達成は相当厳しそうだ。(西川祥一、磯部征紀、松尾一郎)
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