東洋経済 2025/02/06 6:00
平井 新 : 東海大学特任講師
与野党の激しい衝突と党利党略に基づく政争が続く台湾。年末に野党が賛成多数で可決した3つの改正法案をめぐっても与野党双方が抱える問題が浮かび上がる。
台湾世論の分断が続いている。台湾では2024年末に立法院(国会)で違憲判決のハードルを上げる憲法訴訟法、リコール条件を厳しくする選挙罷免(リコール)法、地方政府への交付金を大幅に増やす財政区分法の3つの改正法案が可決された。
いずれも立法院で多数派を占める野党連合(国民党・民衆党)の主導によるものだ。2025年1月に発表された台湾民意基金会の世論調査では、これら三法案への賛否が二分された。憲法訴訟法改正は賛成49.9%・反対29.2%、選挙罷免法改正は賛成45.7%・反対47.2%、財政区分法改正は賛成42.3%・反対42.8%となっている。
問題だらけの三法案
改正三法の内容と問題点は多岐にわたる。例えば、選挙罷免法の改正では公職者のリコール(罷免)条件が大幅に引き上げられた。現行では原選挙区の4分の1以上の同意票があれば罷免されるが、新制度では対象となる公職者が当選時に得た得票数を上回る同意票が必要となった。
さらに罷免投票を求める署名時には身分証明書の表裏コピーの添付が義務付けられた。市民団体は世界に前例のない身分証明書のコピー添付義務が不当な制限だと批判する。
また憲法訴訟法の改正では、憲法判断を下す定数15名の大法官のうち、定足数を定数の3分の2である10名に設定し、違憲宣告には最低9名の同意が必要となった。違憲判決のハードルが一段とあがり、性的マイノリティや先住民族の権利保障など、先進的な司法判断を下してきた司法の機能に影響を及ぼす可能性がある。
現在、台湾の憲法裁判所に持ち込まれる案件の99.1%が市民からの申立てである。そのため、この改正は人民の権利保障を実質的に制限しかねない。
しかし、これらの法案を強行採決した野党側だけに問題があるわけではない。民進党側にも注目すべき課題がみられる。
実は財政区分法改正の柱である中央財源の地方移転増を求めていたのは民進党も同様だった。2012年、当時野党だった民進党は地方政府への交付金の規模が地方の財政需要を満たせないとして、財政区分法改正を最優先課題と位置づけていた。当時台南市長だった頼清徳総統もまた地方財源の確保を強く訴えていた。
ところが、2016年に与党となって以降は一転して反対の立場を取っている。国民党と民衆党は、こうした与党政治家たちの過去の発言を引用し、民進党の政治的一貫性の欠如を非難した。
総統が指名した大法官候補を反対した民進党
憲法判断をくだす大法官をめぐっても民進党で前代未聞の事態が発生した。
先述の三法改正後に、立法院では頼清徳総統が提案した7名の大法官候補者への任命投票が行われたが、与野党の対立で全候補者が否決される異例の事態となった。多数を占める野党の国民党は7名全員へ反対票を投じ、議席数上キャスティングボートを握る民衆党も6名の候補者に反対票を投じた。
注目すべきは、与党・民進党が頼総統の指名した候補者のうち最終的に民衆党も支持した劉靜怡候補に反対票を投じたことだ。劉氏は立法院の人事審査時に民進党への厳しい批判を展開していた。そのため、民進党立法委員(国会議員)団のリーダーである柯建銘氏が劉氏に賛成票を投じた民進党議員の党籍を剥奪すると表明したのだ。
民進党さえも党利党略を優先し、総統の指名した大法官候補者に反対票を投じたこととなる。2024年10月末に退任した大法官7名の後任が決まらず、在籍大法官数が改正憲法訴訟法の定める定足数10名を下回り、憲法法廷が開廷不能に陥る可能性が高まった。
台湾の立法プロセスでは、立法院可決後の法案は総統と行政院に送付され、行政院は法案実行が困難と判断した場合、10日以内に総統の承認を得て立法院に再議を求めることができる。再議が否決か不実施の場合、総統は10日以内に公告し、公告から3日後に法律が発効する。
憲法訴訟法は本年1月25日に発効された。民進党は発効直前の23日に司法院へ2度目の仮処分と憲法解釈を請求した。ただ、司法院は大法官による仮処分の裁定がまだなく、春節休暇中の対応予定もないと回答した。
頼総統は改正内容が憲法法廷の運営妨害と司法権侵害の恐れがあるとして憲法解釈請求を指示した。それに対して国民党と民衆党は法改正に違憲の問題はなく、大法官の欠員補充が本質的な解決策だと主張している。
「選挙罷免法」については立法院が春節連休に入る前の1月24日午後5時前に送付を行ったのに対し、行政院は即座に再議の提案を決定している。「財政区分法」については国民党が公布延期を要請する一方、民進党は立法院正副院長の改選など対抗措置を示唆するなど与野党の攻防が続いている。
与党から憲法違反につながりかねない対処案も
与党民進党の立法委員の一部や支持者からは、総統が法律を公告しない、あるいは行政院長が法律に副署しないことで強行採決された法案に対抗すればいいとの意見まで出た。しかし、中華民国憲法の規定では総統の法律公告も行政院長の副署も義務である。もし総統が法律を公告せず、行政院長が副署しない場合、憲法違反となる恐れがある。
今後、難局を打開するうえでは憲法法廷による救済が考えられるが、上述のとおり改正「憲法訴訟法」が公布・発効したために憲法法廷は大法官の定数不足で機能が実質的に麻痺状態にある。これに対し専門家からは、憲法法廷が司法権を実行する独立機関として憲法上の手続き自主権を持ち、新法の制約を受けずに旧法で審査できるとの見解も示されている。
三法案をめぐっては、市民団体や与党支持者らを中心とした抗議運動が立法院の外で行われた。卓栄泰・行政院長(首相)は抗議する市民に理解を示したのに対し、国民党は行政院や民進党が市民の暴力を助長、煽動していると反発した。
美麗島電子報による2024年12月の世論調査では、政府による市民の抗議行動への支持については、43.1%が「政府による国会占拠の煽動」と否定的に評価し、34.2%が「民主主義を守るための正当な行動」と評価している。頼総統の施政に満足している層のうち53%が「正当な行動」と評価する一方、「政府による煽動」と批判的な評価を下している割合も21.4%と少なくない。
立法院で3つの法律修正案が可決されたことについて、柯建銘氏は「野党が中国に台湾の民主主義を破壊させ、台湾を滅亡させ、民進党が政権を担えないようにするためだ」と非難した。ただ、世論調査ではこれに60.0%の市民が不同意を示した。
頼総統への信頼度は54.4%を維持しているが、卓栄泰・行政院長への満足度は前月比5ポイント減の39.9%まで低下した。民進党は48.2%の好感度(前月比1.8ポイント増)を保っているが、国民党は前月比7.2ポイント減の32.0%まで急落し、民衆党も23.9%と低迷している。
なお民衆党を率いてきた柯文哲・前台北市長への信頼度は9月の汚職容疑による勾留以降、19.9%まで低下している。特に主要支持基盤であった若年層と高学歴層での下落が顕著で、2024年9月から12月にかけて、20代の支持率は41.3%から29.7%へ、30代は36.1%から27.9%へ、高学歴層は33.6%から26.0%へと、いずれも3カ月で大幅に減少している。
単純な分断でなく、個別の行動が評価されている
以上の世論調査のデータからは、台湾社会の世論動向の特徴的な傾向を示している。まず与野党の政治的対立の構図では、単純な分極化ではなく、各政治アクターの個別の行動がそれぞれ評価されている。
民進党は、野党時代からの政策転換への批判や、与党でありながら市民の街頭抗議を支持したことへの反発を受けている。一方で、野党による三法案の強行採決や柯文哲の汚職疑惑が、結果として民進党への打撃を緩和する形となり、48.2%という相対的な支持率維持につながっている。
三法案に対する市民の態度も複雑な様相を呈す。三法案可決は野党が「中国との協働による台湾滅亡の画策」とみなす与党政治家の極端な主張には6割の市民が不同意を示すなど、過度な政治レトリックへの警戒感が見られる。
選挙罷免法と財政区分法の改正法案への支持と不支持が拮抗しているのに対し、三権分立に重大な影響を及ぼし得る憲法訴訟法の改正は唯一賛成多数になっている。また三法案への認知度調査では55.9%が「わからない、または無回答」を示している。
つまり多くの台湾市民の関心は、法案の具体的内容よりも与野党の対立構図に向けられている。若年層・高学歴層における柯文哲個人への支持率が大幅に低下しているのに、民衆党の支持率は23.9%で下げ止まりの兆しを見せていることも注目に値する。
この現象は、繰り返される与野党対立の構図の中で、一人看板だった党首個人のスキャンダルの影響は民衆党にとって限定的ということだ。第三極への市民の期待が完全にはしぼんでいないのかもしれない。
党利党略が続き、憲法体制にも影響
現在の台湾政治では少数与党と多数野党の対立が新たなパターンを示しつつある。
野党連合が数の力で世論の拮抗する法案を強行採決し、与党は街頭デモで市民に直接訴えかけて対抗を試みるが、効果は限定的である。これに対し政権自体は、行政院による立法院への再議請求や憲法法廷への提訴など、憲政上の抑制と均衡のメカニズムを活用して対応している。
現在の状況が示す問題は2つある。ひとつは、政党が政策論議よりも党利党略を優先させ、政治の停滞を招いていることだ。例えば、与党民進党は野党時代に推進していた法案に反対するなど一貫性を欠く行動が目立つ。
与野党協議の場が形骸化し、建設的な議論が行えない状況も深刻だ。大法官人事の党利党略による否決、総統による大法官指名権限の不均衡などの課題も与野党ともに与党時代には放置してきた。
もう一つは、今回の法改正が台湾の憲法体制そのものに影響を及ぼしかねない点だ。選挙罷免法や憲法訴訟法は、憲法典の改正なしに憲法体制を変更できる「基幹的政治制度」に当たる。現在の与野党対立が、台湾の半総統制における立法府と行政府のバランス、そして憲法法廷の独立性にどのような影響を与えるのか。今後も注視が必要である。
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